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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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【評価】藩邸の記録仕事で、私のレポートがバズった件。

投稿者:肥後の侍


 お城の廊下を歩いていると、すれ違う同僚たちの視線が、これまでとは明らかに違うことに気づく。嘲笑でも憐れみでもない。それは、純然たる「好奇心」と、微かな「敬意」であった。


 事の始まりは、私が風俗記録方として提出した第一号の報告書、『江戸食文化並びに庶民物価実態調査』である。


 私は、教科書のような退屈な文章を一切排した。代わりに、蕎麦のつゆの濃さに驚く地方武士の戸惑いや、天ぷら屋台の熱気、さらには一文字のぐるぐるが江戸っ子にどう受け入れられたかまで、徹底的に「現場の目線」で書き綴った。


 それが、どうやら江戸家老・松田様の逆鱗に触れるどころか、いたくお気に召したようなのだ。


 「瀬戸口! お主の書いたあれ、読ませてもらったぞ。江戸の暮らしが手に取るようにわかると、国元の重役たちの間でも奪い合いになっているらしいぞ!」


 「いやはや、まさか『黒い蕎麦つゆへの挑戦状』なんて見出しを付けるとはな。お主、なかなかやるではないか」


 ……まさに、藩邸内での「バズり」状態であった。


 さらには、国元の殿様からも「江戸の風気が実によく伝わる、今後も励め」との御言葉を頂いたという。その功績が認められ、私は臨時の褒美金――いわゆる特別ボーナスを頂戴することとなった。


 「……よし。今宵は、迷うことはない」


 私が向かったのは、深川の近くにある名代の鰻屋であった。


 これまでは、店先を漂う「悪魔のような香ばしい匂い」を嗅ぐだけで、涙を飲んで通り過ぎていた聖域である。


 「親父さん、一番いい鰻重を。……それから、お酒もつけてくれ」


 出てきた鰻は、重箱の蓋を開けた瞬間に、私の意識を遠のかせるほどの輝きを放っていた。


 江戸前ならではの「蒸し」を入れた鰻は、驚くほど身が厚く、それでいて箸を入れれば抵抗なく崩れるほどに柔らかい。


 一口、頬張る。


 ……溶ける。


 舌の上で鰻の脂が、甘辛い秘伝のタレと溶け合い、そのまま喉の奥へと滑り落ちていく。炭火で焼かれた皮目の香ばしさが、鼻から抜けるたびに、私の幸福度は天を突き抜けた。


 「美味い。……生きていて、本当によかった」


 贅沢に山椒を振り、さらに一口。ピリッとした刺激が脂の甘みを引き立て、また新たな感動が押し寄せる。お酒で喉を潤せば、これまでの苦労も、あのキザな旗本への悔しさも、すべてがこの黄金色のタレの中に昇華されていくようであった。


 国元のみんな。私は今日、自分の「言葉」で、江戸で一番の御馳走を勝ち取りました。


 ……お父上、お母上。私は、この江戸でしっかりと地に足をつけて生きております!


【本日の出費】 特上鰻重と冷酒。締めて一分いちぶ! 褒美金があるからこそ成せる、空前絶後の贅沢なり。


【今日の一句】 褒美得て 重箱に咲く 江戸の華


【今日のひとこと】 武士たるもの、己の仕事に誇りを持つべし。……ただ、この鰻の味を知ってしまうと、明日からの麦飯生活に戻れるか、些か不安でござる。

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