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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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17/30

【仕事】藩の重役から、突然の呼び出し。私、クビですか?

投稿者:肥後の侍


 お城(藩邸の御殿)の奥深く、重苦しい空気が漂う一室に、私は正座していた。


 私の目の前には、藩の江戸家老、松田様が威風堂々と座っておられる。さらにその横には、我が直属の上司である先輩武士が、なぜか苦虫を噛み潰したような顔で控えていた。


 呼び出しの理由は、一切知らされていない。


 私は冷や汗を流しながら、これまでの江戸生活を猛スピードで振り返った。


 江戸の蕎麦つゆに文句を言ったのがバレたのか。それとも、夜な夜な内職(傘貼り)をしていたのが不届きとされたのか。あるいは、お糸殿の店でくだを巻いたのが問題視されたのか。


 「……瀬戸口。お前が毎日、国元へ向けて書き送っている『江戸滞在日記』を読ませてもらった」


 松田様の低い声が響いた。


 終わった。私は、切腹だ。


 武士の体面を汚すような、愚痴と貧乏飯ばかりの記録。あれがお偉方の目に触れたのだ。私は覚悟を決め、畳に額を擦りつけた。


 「申し訳ございませぬ! すべては私の浅はかなる愚行、いかなる処分もお受けいたします!」


 「……何を言っておるのだ。頭を上げよ」


 怪訝そうな声に、恐る恐る顔を上げる。


 松田様の御手元には、私が国元に送り続けていた日記の写しがあった。そこには朱墨でびっしりと線が引かれている。


 「実に見事だ。江戸の物価の推移、長屋の住人の暮らしぶり、そして江戸前蕎麦や天ぷらの味覚に至るまで、これほど生き生きと、克明に記された記録は他にない。我が藩の記録方が書く報告書は、どれも数字と建前ばかりで、江戸の『生きた空気』がさっぱり伝わってこんのだ」


 松田様はそう言うと、傍らに置かれていた上等な漆塗りの重箱を開けた。中には、真っ白でふっくらとした「お饅頭」が並んでいる。


 「苦労をかけたな。これを食うがよい」


 私は呆然としながら、差し出された饅頭を手に取った。


 薄い皮を割ると、中から艶やかな小豆の漉し餡が顔を覗かせる。口に運ぶと、上品な甘みと、ほんのりと香るお酒(酒饅頭)の匂いが口いっぱいに広がった。


 「瀬戸口。明日より、藩の『風俗記録方』の手伝いを命ずる。お前のその『生きた筆』で、今の江戸の街を、ありのままに記録せよ。もちろん、これは公務であるから、手当も出す」


 ……クビどころか、大抜擢であった。


 私は、お饅頭の甘さと、胸に込み上げる熱いもので、喉が詰まりそうになった。


 これまで、ただの愚痴や、日々の貧乏生活を慰めるために書き殴ってきた日記。それが、まさかこのような形で認められるとは。


 武士としての誇りを傷つけられているのではないか、と悩んだ夜もあった。だが、私の「等身大の言葉」は、間違っていなかったのだ。


 国元のみんな。私は今日、お城で一番甘くて、一番美味しいお饅頭を頂きました。


 ……明日から、私は藩の「公式な記録武士」として、江戸の街を歩きます!


【本日の出費】 〇文(家老様からの頂き物!)


【今日の一句】 怖ろしき お城の奥で 春を知る


【今日のひとこと】 武士たるもの、一芸に秀でるべし。……それにしても、お偉方の食べるお饅頭は、驚くほど甘くて上品でございました。

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