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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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13/30

【見栄】お糸さんの前で、格好つけて高い酒を頼んで大爆死。

投稿者:肥後の侍

 やってしまった。

 今、私は猛烈な頭痛と、それ以上に激しい自己嫌悪に苛まれている。昨夜の自分を、上野の山から突き落としてやりたい気分だ。

 事の起こりは、昨夜のこと。私は再びお糸殿の小料理屋へと足を運んだ。懐にはまだ、傘貼りの内職と藩の給金で得た、なけなしの小銭が残っていた。お糸殿の笑顔を前にして、私は何を血迷ったか、「武士らしい威厳」を見せようと考えてしまったのだ。

 「お糸殿。今宵は少し、良い酒を頂こうか。……そう、『剣菱けんびし』を」

 その一言を放った瞬間、お糸殿が「あら、通ですね!」と目を輝かせた。その表情が見たくて言ったのだが、代償は大きかった。剣菱。伊丹の銘酒であり、江戸では最高級とされる酒だ。一口啜れば、芳醇な香りが鼻を抜け、米の旨味がどっしりと舌に居座る。確かに、これ以上ない名酒である。

 だが、問題が二つあった。

 一つ、この酒は一杯の値段が、私が三日食べていけるほどに高いこと。

 二つ、私は自他共に認める、救いようのない「下戸」であることだ。

 「……くぅ、美味い。やはり江戸の夜には、このキレが合う」

 などと、知った風な口をききながら杯を重ねたが、現実は無情であった。二杯目を飲み干す頃には、お糸殿の顔が二人に見え始め、三杯目には自分が肥後の侍なのか、江戸の野良犬なのかも怪しくなってきた。

 気づけば私は、熊本の郷土愛を熱く語りすぎて涙し、挙句の果てには「私は将来、江戸家老になる男だぞ」などと、大ぼらを吹いていたような記憶がある。

 ……恐ろしい。思い出そうとするだけで、顔から火が出る。

 目覚めた時、私は自分の長屋の布団の中に転がっていた。

 枕元には、お糸殿の字で「お代、確かに頂きました。お侍さん、飲みすぎには気をつけてね」という書き置き。そして、財布の中身を確認すると……そこには、数枚の文銭が寂しく転がっているだけであった。

 私の財布は、三日で再び氷河期へと逆戻りしたのである。

 国元のみんな。私は今日、酒の海で武士の魂を溺れさせてしまいました。

 ……剣菱は美味かった。だが、その後の水が、何よりも苦い。

【本日の出費】 銘酒「剣菱」と、少しの肴。締めて、今月分の自由なお金、全滅。

【今日の一句】 剣菱や 夢から醒めれば 一文無し

【今日のひとこと】 武士たるもの、己の器(酒量)を知るべし。……お糸殿、次に店へ行くときは、合わせる顔がございません。


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