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肥後の侍、江戸詰め候  作者: 水前寺鯉太郎


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給料日】三ヶ月ぶりのまとまった金。私は天ぷらを食べる!

投稿者:肥後の侍

 ついに、この日がやってきた。

 江戸詰めが始まって三ヶ月。私の手元に、まとまった給金が支給されたのだ。

 これまでの三ヶ月は、まさに困窮の極みであった。慣れない江戸の物価に怯え、夜な夜な半次郎殿に弟子入りして、内職(傘貼り)の糊の匂いにまみれる日々。武士の誇りを捨てたわけではない。ただ、生きるために必死だったのだ。

 懐に収まった給金袋の、なんと重たいことか。

 ずっしりとした小銭の重みは、私がこの江戸で、自分の手で泥を這うようにして生き抜いた証であった。

 「……よし。今宵は、贅沢をしよう」

 私は迷わず、長屋を飛び出した。

 目指すは、江戸の街に無数に立ち並ぶ「天ぷらの屋台」である。

 これまでは、香ばしい油の匂いを嗅ぐたびに「胃に悪い」「武士が立ち食いなど」と自分に言い聞かせ、足早に通り過ぎていた。だが、今の私には、この油の海に飛び込む権利がある。

 「親父さん。揚げたてのやつを、もらえるか」

 「あいよ! お侍さん、景気がいいねえ。今ちょうど、いい芝エビとキスが入ってるよ!」

 威勢のいい職人が、手際よく衣をつけ、熱々の油の中に具材を滑らせる。

 パチパチ、シュワシュワという小気味よい音とともに、香ばしい胡麻油の香りが鼻腔をくすぐる。これだけで、白米が三杯は食べられそうだ。

 揚げたての天ぷらが、竹の皮に乗せられて差し出される。

 まずは「芝エビのかき揚げ」だ。

 箸で持ち上げると、まだ油が弾けている。

 熱いところを、ハフハフと口に運ぶ。

 サクッ……。

 小気味よい音とともに、衣が砕ける。中から溢れ出すのは、驚くほどプリプリとした芝エビの甘みだ。江戸前の新鮮なエビは、火を通すことでその旨味を何倍にも膨らませている。

 続いて「キス」。淡白な白身魚でありながら、高温の油で揚げられたそれは、驚くほど身がフワフワとしていて、口の中でほろりと解けていく。

 「美味い……! なんという贅沢だ……」

 思わず、声が漏れた。

 これまで耐え忍んできた三ヶ月間の苦労が、油に溶けて消えていくようであった。

 立ち食いの屋台。決して高級な料亭ではない。しかし、汗水垂らして働いた金で食べる揚げたての天ぷらは、どんな山海の珍味よりも、私の胃袋と心を満たしてくれた。

 国元のみんな。私は今日、自分の力で、江戸の美味を勝ち取りました。

 ……江戸前天ぷら、恐るべし。

【本日の出費】 天ぷら四品(芝エビ、キス、その他野菜)で二十四文!

【今日の一句】 給金や 油の海に 咲く笑顔

【今日のひとこと】 武士たるもの、己の労働の対価を噛み締めるべし。……半次郎殿にも、一つお土産を買って帰るとしよう。

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