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妖狐お婆ちゃん  作者: 海蛙
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11.船旅 (2016)

珠詠は善仙狐組合でも割と偉い立場の白狐であり、その立場相応の仕事の質と量をこなしている。

その為多方からの信頼も厚く、よく御中元やら何かの券やらが狐塚邸に届く。

ある時届いたのは二枚の券、フェリーの往復券二人分である。

「…ふむ…辰詠、武義と行ってきてはどうじゃ? 母子水入らずの旅行と言うのも偶には必要じゃろ。」

辰詠は珠詠に券を渡され内容を見てみるが残念そうな顔をしていた。

「珠詠母さん、この日から私連勤だから行けないわ…とは言え勿体ないし縫治ちゃんに渡して武義と一緒に行かせたらどうかしら? これならあの子たちくっつけるかもしれないし。」

武義と縫治に期待を寄せながら辰詠は珠詠に券を返した。

「いや残念なことに縫治もその日だけは丁度勤務なのじゃ。」

「それじゃあ…珠詠母さんと武義で行ってきたら良いんじゃない? 武義もその日から休みの筈よ。」

「ぬ、ぬぅん…そうか、まあ折角貰ったのじゃから使わんと損じゃな、よく考えればこの日は儂も武義も連休じゃのう。そう考えると辰詠、お前の働く会社は随分とどす黒企業(ブラック企業)じゃのう。

世は連休だというのに、お前のところだけ連勤とは…。」

「うん…そうなのよね…。」

券に目を向け、珠詠は険しい顔をしていた。

「むぅぅ…船旅…海…か。」


・


鴎(かもめ)の鳴き声、船首が波を切る音、風が耳を掠める音。

珠詠と武義は大型のフェリーに乗っていた、だがしかし珠詠は乗り物酔いに酷く屈していた。

「ウボォェ…武義、お婆ちゃん船酔いで死にそうじゃ…こんなところで死ぬのは嫌じゃ…儂は武義や辰詠、たくさんの曾孫(ひまご)達に囲まれながら幸せにこの世を去りたいのじゃァウォォ…」

「酔うの早いよ婆ちゃん…しかも吐いただけで死にゃしないって、最初から外で風浴びてれば良かったものを…。」

それに対し酔いに苦しむ顰(しか)め面で答える珠詠。

「それは勘弁じゃ…だって海怖いんじゃもの…船から落ちたらどうするんじゃアブォェ」

珠詠は乗り物に弱く尚且つ海が苦手、理由は不明。しかもその二つが揃っているのが船、

珠詠にとっては悪条件の旅である。

武義は限界そうな珠詠を見兼ねて客室のトイレへ連れていく。

「惨めなお婆ちゃんの姿を見ないでおくれゥオボォ…」

武義は船酔いで弱り切った珠詠をまじまじと見て思った、滅茶苦茶惨め。

「頑張れよ婆ちゃん、えっと後…347マイル?」

インフォメーションボード的な電光板を見ながら武義は珠詠の背中を摩る。

「"まいる"ってなんじャそウエェ…横文字じゃ分からぬゥォルォ…船乗りの三半規管は化物…クォゥエェ」

「あぁあぁ…婆ちゃん…。まあ吐き続けたら楽になるでしょうよ…。」


・


船の上で夜を迎える、吐き気は収まったが相変わらずグロッキーな珠詠。

「あ"ぁ"う"ぅ"……食欲が湧かぬぅ…傍にいておくれぇ…お前だけが希望じゃぁぁぁ…孫よぉ"ぉ"ぉ"…」

「全然大丈夫じゃないな…婆ちゃん。ご飯食べないと後でまた余計に酔うぜ?」

ベッドでぐったりとして寝込み、耳と共に項垂れている珠詠の尻尾を傍に座り撫でてやる武義。

「あ"あ"あ"尻尾が気持ち良いぃぃぃ…そうじゃのう…」

「あぁ、それじゃあ俺が持ってくるから休んでてくれ。」

珠詠はコクリと弱々しく頷いた。


・


「婆ちゃん、持って来たぜ。後船員さんが酔い止めをくれたよ。」

「おぉう…ありがとう孫よ…愛しておるぞぉぉぉ…。」

流石にお腹が空いていたのか食が進んだ珠詠、食べ終わった後に酔い止めを飲み、暫くするといつもの調子が戻ってきた。

「んんぅ…流石に吐くのに体力を使い過ぎたかのう…お前との時間を大切にしたい所じゃが、儂は先に眠るとするぞ。」

「おう、お休み。婆ちゃん。」

間もなく眠りに落ちた珠詠に布団を掛けて消灯し武義は一人、客室のベランダに出て空を眺めた。広がる満天の星空、こんなの明かりまみれの陸じゃ中々見れない。

「ほぉう…綺麗だな。」

夜の海に鳴る波音だけが彼方へ響いて行く、

船の中は賑やかでも外に出てみれば以外にも静まり返るものなのだ。

眩しい程の月光が照らす夜の海は何故か寂しさを感じさせた。


・


人の笑い声の様な鴎の鳴き声で目が覚めた武義はのそりと客室のベランダへ出てみるともう港に着きそうになっていた。

「おお…早いもんだなぁ…そうだな、船乗りは夜中も船を動かすもんな。」

船に関して素人である武義はなんとなく気になり、

昨日酔い止めを貰った船員から色々話を聴かせてもらっていた。

「ふわぁぁ…っはぁ…。お早う、孫よ。」

寝ぼけ眼を擦りながら珠詠が歩いてくる。

「おお、婆ちゃん。ごめん起こしちゃったかな。」

「うんにゃ、問題ないぞ…儂ゃ十分寝た。そろそろかの?」

天候は快晴の青空、太陽の光を浴びながら逞しく突出している石の桟橋達。

「何処に行っても港と言うのは凄いのう…いろんな船が泊っておる、あの巨大な箱舟は何ぞや?」

珠詠が指をさしたのは箱型の大きな自動車専用船、PureCarCareer。通称PCCと言われる船。

船員と話した時教えてもらった。

因みに積荷の車を航海中に荷台からずらしてしまうと全て中古車扱いになるらしい。

航海士が部下の船員たちをしっかり動かし、

運航の際にも気を配り、積荷の安全を確保しなければならないのだ。

「船にも種類があるんだなぁ…俺タイタニックしか知らなかったよ。」

「おお、武義、石桟橋に着いたみたいじゃぞ。縄で繋ぎ止めるんじゃな?」

バースに接岸した船の側面前方から太くて大きいロープが出される、それを下で待機していた綱取りの人達が指示されたビットにロープの輪っかを掛けていく。

二本目、三本目とどんどん掛けられてゆくロープ。

最後に階段のようなものが港に掛けられる、係留が終わったのだ。

「んんん…長かった様で短かったのう…。」

「婆ちゃん船酔いでダウンしてたもんな。帰りは早めに薬飲もうぜ。」


・


「…はぁ、珠詠母さんと武義は今頃何してるのかしらねぇ…縫治ちゃん、

今日は私のこと遠慮せずお母さんって呼んでも良いんだからね…?」

「はい、お母さん大好きぃ…………武義ぃ~早く帰ってきてぇぇぇ…。」

珠詠と武義のいない狐塚邸で辰詠と彼女に抱き締められている縫治が

寂しそうに二人の帰りを待っていた。


・・・・・

珠詠お婆ちゃんが乗り物酔いで苦しんでる姿を書いてみたかったというのもあります。

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