12.顔知らぬ父の話 (2016)
母子の関係にある辰詠と武義の話を書こうとおもいまして。
「それじゃあ儂はこれから組合に行かなければならんから留守を頼んだぞ。」
珠詠は上司に助手として呼び出された為、家を空ける。その間の留守番を武義が預かることになった。
「行ってらっしゃい、気を付けてな。」
武義の送り出しに珠詠は振り返り手を振って歩いて行く、
いつもの如く珠詠は無表情だったが微笑んで見えなくも無かった。
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武義は珠詠がいなくなり静かになった居間で本を読んでいたが、
いつも話し相手になってくれる珠詠がいない為に暇になってくる。
それだけではなく何時もいた珠詠がいないことが違和感となり、ぎこちなさが読書を妨げる。
こうなるのは今回が初めてという訳では無いがやはりこの空気は慣れない。
外はもう日が真上だった。武義は思い出したように本に栞を挟み、
辰詠の部屋に入り未だ寝ている母を揺すり起こす。
「…母さん、起きろ。もう昼だよ。一日寝過ごすつもりかい。」
布団がもそもそと動きぴょこりと狐耳が出る。
「…うぅん……うぅん…うぅぅん……武慶…」
彼女が言ったのは夫の名、武義の父の事である。
「あぁ…もう、母さんも婆ちゃんも二人して寝惚けて口を開いたかと思えば、
いない夫の事を言い出すんだからさ…。」
寝言を気にせず辰詠を容赦なく叩き起こす、ぺちぺちと。しかし何食わぬ顔で眠りこけていたので、
武義はしゃがみ込んで布団からはみ出てる尻尾をちょっと強めに引っ張る。
「ぃッ…痛ッ、痛たッ、ちょ…やめ…痛ッ尻尾千切れる…尻尾千切rやめてッ!!」
痛みに耐えかねて飛び起きる辰詠、眠そうに欠伸をしながら自分の尻尾を摩る。
「…ふぅぅぅぅぅん……貴方のお父さんの夢見ちゃった。」
「そりゃあ知ってるよあんな恋しそうに寝惚けて言ってたらさ。」
武義の言ったことを無視する様に辰詠はもう一度布団をばふんと被り寝る体制に入った。
「もう一回、夢でもいいから逢いたい………すぅ…。」
誤魔化されんぞと布団を引っぺがす。
「うあぁぁッ武義ぃ!! お母さんの睡眠を邪魔しないでぇッ!!」
枕を抱いて蹲ってた辰詠が引っぺがした布団にしがみ付く。
「離婚した人に会いたがるってそれはヤバいだろ。それにもう昼なんだって、
婆ちゃんももう仕事に行っちまったし…ええいこの際正直に言ってやらぁ、
今凄く暇なんだ、話し相手になってくれ母さん。」
「えぇ…それだけでお母さんを起こしたのぉ? もう…いい歳して甘えん坊さんなんだからっ、キャッ♪」
うりうりと武義の頬を指で突く辰詠。それを無視して、武義は辰詠の部屋を出た。
「あぁん酷い、ときめいてよぉう。」
「母親にときめいて堪るか! 御飯は用意してあるから食べに来なよ。」
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「あ…れ…? 御飯が…冷たい。武義…?」
「今朝の余りだ。」
「…ふ…ふふ…いやになっちゃうわね。懐かしいわ…町に降りて一人で暮らし始めた時の、
あの寂しくて孤独な食卓を……うふ…うふふふふぅ…。」
顔は笑っているが涙が流れている。
「あぁもう母さんごめんって! ごめんってば母さん!! ほら、ここにいるだろ、母さんの大事な息子が。」
「……そんな愛しの息子にレンチンもされていない冷たい御飯をぽんと出され、
息子との間に何か壁を感じる狐塚辰詠101歳…これが子供の反抗期なのね…今日の御飯は…涙味。」
目に光が無い辰詠の動かす箸が機械のアームのように冷めた御飯を口にゆっくり運びゆっくり噛む、
それはそれは大層悲しそうに。
「ああぁああぁああぁ!!! 母さんそんな暗くなるなよ!! 反抗期はもう終わったってば!!
ごめんなさいってばぁ!!」
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さっきまでのあの悲しそうな辰詠の顔は何処かに消えていつもの辰詠がいた。
「ぬわぁんちゃって、雌もとい女の武器は涙とフェロモンなのよっ!」
「んん…なんか今朝から感情の抑揚が顕著じゃないか?」
辰詠は必死に誤魔化そうとしているが武義の態度を見るや否や直ぐに折れた。尻尾と耳でバレている。
「気のせい気のせい…なんて言ってられないか。
武義、貴方にはずっとお父さんとは離婚したって言ってたわよね?」
「う…うん。」
いきなり分かっていることを聞かれた為にぎこちない返事が出る武義。
「あれね、嘘よ。本当は離婚なんてご都合主義な別れ方じゃないじゃない、
事故死なの…貴方のお父さんはね、出産の時に仕事で立ち会えなくて、
分娩が終わったタイミングで仕事が終わって貴方の顔を見ようと病院に向かう途中で事故に遭った…
過失は飲酒運転のトラックの方よ。お父さんは被害者。
まだその頃は飲酒運転に対して規制がまだ強くなかったからね…。」
辰詠の言葉に重みがあった。共有するはずだった夫婦の喜びを奪われ、
母と子を残して死んだ夫への感情を哀韻しているようだ。
「じゃあ最初からそう言ってくれれば良かったじゃないか…
何もそんな嘘吐く必要無いじゃないか母さん。」
「いいえ、子供と言うのは信じ込みと思い込みが強い、
だからいきなりそんなこと伝えたら不特定多数のトラック運転手に
貴方は恨みを抱いていたかもしれない。そんなのは私嫌だったの。
恨みごとに執着し過ぎて目の前を通る全てを見逃してしまうのは非常に勿体ないって私は思ったの。
だから離婚という体にしていた。
でもさっきお父さんの夢を見たことをうっかり言ってしまったことと、
武義がさっき言った離婚した元夫に会いたがることがおかしいのは確かね、
だから言うか言わないか悩んでいたの。
確かに離婚なんて悪手を使ってまでそんな嘘を吐いたのかというと、
武慶はまだ何処かで生きているんじゃないかと思いたい私の浅はかな気持ちが
僅かながらあったからなのよ、きっと。フフ…私も珠詠母さんもつくづく男に恵まれないのね。」
泣きそうになっていた辰詠、子供の前では涙は見せまいと我慢をしているのだろうが、
素直に涙を流せない母に武義はもどかしさを感じた。
「泣きたいなら泣こうよ母さん、意地張らなくたって良いんだぞ?
涙見せたって良いんだよ…家族じゃないか。
それに親の暖かな涙を見て子供は優しい大人に育っていくものなんだぜ?」
「…うん…ッ……」
辰詠は静かに啜り泣き始めた、武義は傍に寄り添って肩を組んだ。
「脆弱な母さんでごめんね…。」
「そんなこと言わないでくれ、悲しいままで明日仕事に行っても無駄に疲れるだけだ、
元気な母さんでいてくれよ…。」
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「ただいま…む、二人してくっ付いてどうしたんじゃ。」
ぽかんとして立ち尽くす珠詠。
「いやなんともないよ婆ちゃん、母さんは疲れて寝てるだけさ。」
泣き疲れて眠りに落ちた辰詠が武義の肩に寄り添いすぅすぅと寝息を立てている。
「そうか、何か一つ打ち解け合うことができたんじゃな?
辰詠は小さい頃から一人で抱える節があったからのう。
何の話か聞くのは野暮というもんじゃから儂は黙っておくとするか。」
武義の肩で眠り続ける辰詠の頭を撫でる珠詠、それに応える様に眠りながらも辰詠は微笑んだ。
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