9.秋祭り (2016)
「そろそろ来るかな…。」
ある秋の初めの日、武義が玄関の時計を見つめる、ちょうどその時間に戸の音が鳴り、がらりと引き戸が開く。
「やっほ、武義。」
縫治が至って普通の服装で狐塚邸に来た、この間約束した祭りに一緒に行くところである。
珠詠は祭の運営に関わっているので今は屋敷にいない、辰詠も仕事でまだ帰ってきていない。
「なんだ、てっきり縫治姉は浴衣でも着てくるのかと思ったよ。」
「んん~…、浴衣みたいに着物に近い服ってさ、なんか実家思い出すからちょっと苦手かなぁ…ごめんね?」
困った顔で縫治は笑う。実家が堅苦しくて独り立ちした縫治はこういった実家に関連づく話を苦手とする。
「いや、別にいいさ服装なんて自由だ。さ、行こうぜ縫治姉。」
屋敷の玄関に鍵を掛け、武義と縫治は町に向かって歩き出した。
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町へ行くと、いつもの商店街は祭りで賑わっていた、綿飴の匂い、焼きそばの匂い、お酒の匂い、毎年いつもの祭りの匂いがした。縫治は耳と尻尾を隠している。
「確か丁度今日花火が上がるんだよな? その時間まで何する? 縫治姉。」
「ちょっと待って…ねえ、武義。あそこで歩いている人、何か隣にいない?」
縫治がこっそり指差す先にいる人は、武義にはどう見ても一人でいる人にしか見えないが、確かに何かおかしい。まるで誰かと一緒にいる様な立ち振る舞いをしている。
「ん~、流石に判んねぇ…。」
「なんて言うのかしらね、何か黒い靄が見えるのよ。人型…っぽい?」
その一人でいるように見える人を暫くじっと見てみたが、あっちも視線に気付いたようでこちらをふと見返してきたので武義と縫治はその人から顔を逸らした。二人の視線が合う。
二人は何故か顔を赤くしてまたそっぽを向く。
「…で、その靄もこっちを見た気がするの。」
「そうなんだな…」
適当に目を逸らした先にある自分の腕時計に目が行った武義。
「縫治姉、あと一時間弱だが何か食べておくか?」
「あっ、たこ焼き食べたい!」
「よしじゃあ行こうぜ! たこ焼き食いたいなら覚悟しよう、買うまでが戦争だ…!」
この町の祭で来る出店のたこ焼きは毎年謎の人気を誇っていて、品切れすることはそうないが、終始店が人の行列でどっと混むのだ。
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屋台の並ぶ商店街は夕方より静かになっていた。
「何とか買えたな…あのおっさん横入りしようとしやがってからに。一つしか買えなかったがまあ取り敢えず食おうぜ縫治姉、ほら。」
そう言って爪楊枝で刺してたこ焼きを縫治の口に運ぶ武義。
「もご…あフッ…へホフッ!!」
口に入ったたこ焼きがとても熱くてふがふがしている縫治。
「縫治姉大丈夫か…?」
熱さに耐えて何とかたこ焼きを味わって飲み込んだ縫治
「熱ぅ……けど美味しい、じゃあ今度は私の番ね。はい…あーん♪」
照れ臭いが縫治が楽しそうっだったので武義は断れなかった。たこ焼きを口に運んでもらうがやっぱり熱かった。
「グォフッ…むぐッ、ヌアッハッ………旨い。」
武義と縫治は熱さに耐えながら味わって交互に食べさせ合いっこしていた、まるで恋人同士の様だ。だけどこれは姉弟の仲睦まじい光景だ。
祭に来ていた周囲の男からの視線がグサグサと刺さり痛いが気にしないことにした武義。
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そろそろ花火が上がる時間だ、ちょっと急がないといけないと思った武義は縫治の手を引く。
「…どうしたの武義?」
「ふふん、良い場所を見つけたんだよ、行こうぜ縫治姉。」
河川敷を通り過ぎ、山の麓に着く。祭の会場から相当離れた。
「こ…こんなところまで来るなんて、離れすぎじゃない?」
「いや…これで良いんだよ、ほら上がり始めた。」
武義が視線を向けた先で花火が上がる。盛大な音を秋の夜空に響かせ儚く散っていく刹那の火の華。
「俺はな、祭の喧騒の中で見るより、縫治姉と静かな場所で一緒に花火を観たかったんだ。賑やかなところで観る花火も確かに良いけどこの景色は一年に一度しか来ない、
だから俺は縫治姉と一緒にいる思い出を作りたくてここを選んだって訳さ。」
「武義………やっぱり私は武義のことが…」
縫治が何かを言いかけたところで花火の炸裂音によって次の言葉が掻き消された。
「…縫治姉、今なんて…?」
聴こえてなかったんだと理解した縫治は少し落ち込むが、直ぐに笑顔を取り繕う。
「ううん、何でもない…手、繋いでいい?」
「え、あぁ良いよ?」
差し出して、ぐっと縫治に握られる武義の手、このまま時を止めたいと願わんばかりに縫治の手に力が入っていた。
縫治も武義も"きっと姉弟としか思われていないのだろうな"とこれ以上は考えることができなかった。
次々と花火が夜空へ翔け行き散っていく中、二人は黙り込んでしまったまま時間は過ぎていく、互いの心の中にもどかしさを燻らせながら。
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「ああっ、もう武義なんで其処で気付いてあげないのよぉっ鈍感過ぎるっ…縫治ちゃんも縫治ちゃんでもっとアプローチ掛けなさいってぇ…ああん、もどかしいわねぇ!!」
「あのじれったさこそ青春じゃのう…初々しいのう…あの感じがとても懐かしいのう。」
一方の珠詠と辰詠は二人を陰からこっそりと見守っていたのだった。
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