8.迷子の武義 (2005)
「武義? どこに行ったのじゃ? おかしいのう…。」
昼位から武義が見えない、今朝方まではいたのだが今はすっかり屋敷内では見かけない。辰詠も今朝方から仕事でおらず、珠詠しか武義を監視する目が無かった。
「確かにここらへんで遊んでおったのじゃが…んん? まさか屋敷の外へ行ったのかえ?」
裏口の戸が開いたまま"ぎぃぎぃ"と軋んだ音を立てている。
「しまった…あっちの方向は山じゃ、あんなちっさな孫の事、これは確実に迷子になってしまう!! 仕事があったとはいえしっかり見ておらんかった儂の監督不行き届きじゃったぁ!!」
珠詠は早歩きで山へ向かった。
・
「どうしよう、道が分からないよ…。」
案の定、迷子になっていた5歳の武義。屋敷の中庭で遊んでいたが、ふと裏の山が気になり一人で山の中に入ってしまった。
夢中になって歩き回っているうち、見たことない景色が周りに広がっており、右往左往していた。
「こっちかなぁ…降りれば家に着くかも。」
武義は山道を下っていくが屋敷とは全く持って反対の方向である、降りても逆に森の深くまで行ってしまうだけ。
「日が暮れてきた…どうしよう、お婆ちゃんに怒られちゃう…。」
長く続いた斜面が終わりやっと帰れると思ったが、真反対に降りてきたため全く違う景色だった。
「あれ…おかしいな、どこだろここ。」
目の前にはポツンと神社が立っているが、人気は無い。他に何もないので武義はその神社の境内に入っていった。
「稲荷様の神社だ…」
武義の見つけた神社は彼が住んでいる町にある稲荷神社の分社である、分社の割には少し大きめに建てられ立派な狐の石像が並べられている、
しかしこんな山奥、人が来るわけも無く寂れかけていた。
「おや、こんなところに人間の坊やが来るとはねぇ…迷子かえ?」
声の元に武義は振り返る、本堂の前に座っていたのはお婆ちゃんみたいに耳が生えている人だった。
「誰ですか…?」
武義の問いにゆっくりと答える。
「坊やのお婆ちゃんと似たような者かのう…。」
確かに狐の耳が生えている、でも尻尾が無い、それに何故自分のお婆ちゃんを知っているのか。
「お婆ちゃんを知ってるんですか? 初めて会ったのに。」
「神通力ってやつじゃ、それに坊やから白狐の匂いがするからのう…。」
「じんつーりき…? それでお狐様は何で尻尾が無いんですか?」
「儂は長く生きておるうちにいつしか無くなってしまったんじゃ…何でかのう?」
尻尾の無いお狐様はにこにこしながら首を傾げていた。
「いつか尻尾が見つかるといいですね。」
にこりと微笑んだお狐様。
「ふふふ、そうじゃな、いつか見つかるといいのう。儂の心配をしてくれるとは、良い子じゃ…尻尾が見つかったら坊やにも触らせてやろう。む、お迎えが来たようじゃぞ、またの。」
鈴の音がして武義が振り返ると珠詠がいた、そして再びお狐様がいた方を向くと其処には誰もおらず、閑静になった神社があった。
「武義、大丈夫か? すまぬのう、お前をちゃんと見てなかったばかりに…。」
武義はいつの間にかいなくなっていたあのお狐様のことが気になるが、まずは謝らないといけないと思った。
「ううん、ごめんなさいお婆ちゃん…勝手に山奥まで行って心配させちゃって。」
珠詠の手を握り、優しく引かれながら自宅に向かう。気になって二度、三度神社の方へ振り返ってもあの尻尾の無いお狐様はいなかった。
幻だったのだろうか、お婆ちゃんに聞きたくなった。
「ねえ、お婆ちゃん。尻尾の無いお狐様にあの神社で会ったんだけどあの人は何なの?」
それを聞かれた珠詠は驚く、その尻尾の無いお狐様とは上司の空狐だからだった。空狐とは3000年近く生き神通力を持った大神の狐である。
「その方は儂なんかよりも、もっともっともーっと偉いお狐様じゃ、会えてよかったのう、儂は会ったこと無いんじゃぞ?」
「そうなの!? また会えるかな。」
「神出鬼没じゃからなぁ、今回が最後かもしれんぞ?」
・
その後分社がそのまま取り残されて御神体は町の中の新しい分社へ移動した、それ以降道を憶えてこっそりあの分社へ行ってもあのお狐様には会えなかった。
・・・・・




