7.辞めた上司、寝惚けと色欲 (2016)
「はぁっ!? 光珠様が辞表を残して善仙狐組合から消えたじゃと!?」
札に書き込まれた連絡先に向かって寝間着姿で驚きの声を上げる珠詠。土曜日の朝の事である。
「…で、結局あの方が残していった仕事の後任は? 何、おらんじゃと?! ぬぅ…仕方がない、書類を転送して寄越すがよい…儂がやる。」
連絡札をしまい珠詠は書斎の書卓の前の座布団にぽすんと座る。
数分後、部屋の天井ほどの高さがある紙の山が書斎に固まってドサッと落ちた勢いで珠詠が僅かながらに一瞬、宙に浮いた。
「なっ………!?」
みしみしと紙の重みで畳が歪む。
「…ぁあ…あんの色欲ババァめがァァッ!!! 儂も十分ババァじゃけどなァァァッ!!?」
朝から珍しく珠詠の暴言怒号と鈴の音が屋敷を駆け巡る。
「んあぁ…? どうしたんだ婆ちゃん、こんな朝早くから叫んで…え、なんだこの紙の山は…。」
寝ぼけ眼を擦って武義が書斎に来た。書斎は珠詠の部屋と武義の部屋の間にある。
「すまぬ、起こしてしまったな。急遽仕事が入ったんじゃよ…はぁぁ…。」
珠詠の顔が青褪めている、相当な数の書類だ。こうなると二日三日程、珠詠は書斎から出てこない。
「まあ元気出していこうぜ婆ちゃん…御飯は俺が作るからさ。」
「おぉ…頼んだぞ孫よ…。」
・
仕事を齧り始めて早正午、武義が昼ご飯を持ってきてくれた。一旦書卓を離れ、別の折畳み式テーブルを広げて御飯を食べていた。因みに武義も一緒だ。
「ねえ婆ちゃん、その光珠様ってどんな人なんだ?」
御飯を飲み込み珠詠は説明し始める。
「最近若い読者の間で流行っている異世界物しりぃずを知っておるか? 本好きのお前の事じゃ、多分知っておろう?」
「ん、ああ…あれか、"異世界冒険奇譚"ってやつだろ? 知ってる知ってる、ありゃ中々面白いよ、まるで実際に行って見てきた様な書き方だ、
"行き過ぎた異世界シリーズ! 重版待ったなし!!"って帯に書いてあったな。重版になったら広辞苑以上の厚さになるんじゃねぇかな? ハリー○ッター越えだな。
しかも一巻一巻が相当に分厚い本だし、毎巻毎巻で同じ主人公が違う世界に行く話でよくネタが尽きないなって思う。著者が…えっと、"こうじゅ"って平仮名の人だったかな。」
「それを書いておるのが、名前もじって"こうじゅ"こと天狐の光珠様なのじゃ、しかも書いてあることそれ全て事実じゃぞ。
そのシリーズはその旅先での出来事を物語調に書き記しているのじゃ、ぬぉんふぃくしょんじゃぞ。」
武義が箸で掴んでいたトマトを皿に落とし、直ぐにまた箸で掴み取る。
「え、じゃあ…"半人半蛇で光珠様と同い年、俺ぐらいの歳の拾い子がいる女医"と異世界で知り合ったってのもマジか?!」
「まじもまじ…大まじじゃよ、本人から聞かされたからの。光珠様は生粋の旅好きで、妖術は中の中なのじゃが転送術に至っては次元単位の天才で、
九尾様をも超える。超越転送術師ってところじゃ。じゃがその旅好き、もとい冒険好きが災いして書類仕事が手に就かぬ方なのじゃよ。やればできる方なのにのう。」
話を聴きながら、すぅっと味噌汁を飲み終えた武義。
「…ところでさっき叫んでた色欲ってなんで光珠様に色欲云々が?」
"げっ! しもうた!!"と言わんばかりに固まる珠詠。すっごい顔に出てる。
「そ、それはのう……ええい、この場に本人がおらぬから白状する。光珠様は300年以上生きておるが一度も嫁入りしたことが無いのじゃ、雄に抱かれたことも無く、抱いたことも無い。
何れにしても何故か事の手前で逃げられてしまうのじゃ、雄に飢えておる。故に抱いてくれる雄を探して異界に行くこともある、じゃがしかしそっちでも逃げられてしまうらしい。
だから常にむらむらしておるそうな、儂より年上なのに生娘とはのう。勿論あの方は老けている訳でも無いのじゃぞ? 儂よりも幾らか若めの顔をしておるのだぞ?
きっと雄と結ばれぬ…不っ幸ぉ~な星の下に生まれたのじゃろうな…。」
「結構ザクザク言ってくんだね婆ちゃん…。」
互いに昼餉を食べ終わり、お盆に食器を置く。
「はぁ…なんで光珠様は雄に恵まれんのじゃろうな、超絶ないすばでぃなのにの…。」
"ないすばでぃ"のところを恨めしそうに言って自分の胸を両手で"ぽすんぽすん"と叩く珠詠。
そんな珠詠の様子を見兼ねた武義は後から珠詠の肩に両手を置く。
「婆ちゃんそんな落ち込むなよ…爺ちゃんに余すことなく愛されたって事実があればそれで十分じゃないか。なぁ?」
「おぉぉ…孫よ…。そうじゃな、それに辰詠もお前もおるし儂に不足はないのう…!」
やる気が出たのか仕事のペースが速くなり、日曜の早朝には他に任せられるくらいまで減っていた。
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「へぇ…へぇ…まぁこんなもんじゃろうよ…。」
珠詠は連絡札を取り出し自分の管轄へ妖波を飛ばし連絡を掛ける。
「申し申し…珠詠じゃ、書類は殆ど片付いたぞ。後はお前たちに任せても問題無いな? ああ、お前達だけでも片付けれるとも、今送ろう、切るぞ。」
連絡札をしまって、早番の部下に任せるべく残りの書類を転送した。
「ぬおぉ…終わったぞ…寝ずは流石に辛かったぞぉ…外はまだ暗いのぅ…ふわあぁ…っは。」
土曜の朝の時点で寝間着のままで仕事をしていたので"直ぐ寝れる"と、疲れ眼、眠気眼で書斎を出て布団で寝るため部屋へ向かう。
「ぅんっしょ…と…はぁぁ、お布団じゃぁ~…。」
ぽふんと頭が載る枕。眠りに落ちるのもそう難しくは無かった。
・
「…んんぅ…? ぁ"…?!!」
疲れと眠気で珠詠は入る部屋を間違えた、武義の部屋である。そんなことなどつゆ知らず珠詠は寝惚けて小さな体で武義に抱き着いたまま、すやすやと眠っていた。
「…婆ちゃん?(小声)」
顔を武義の胸に当て幸せそうな寝顔をしていた珠詠を武義は起こそうか起こさないか迷い、様子を見ていた。
「…んぬぅ…とき…よし…の…匂い…会いたかった…ぞ…すぅ」
珠詠の貴重な寝言、辰義爺ちゃんの夢だ。スマートフォンで録音したかったと、武義は悔しそうに珠詠の向こう側の現状手が届かぬスマートフォンを見て悔しそうに唇を噛んでいた。
それはさておき武義は閃いた。
「…ぅん"ん"ッん…『珠詠、俺も会いたかったぞ…愛してる。』」
珠詠の耳元で囁いてみる。
「…んあぁ…儂もじゃ…ときよ…し…我慢ならん……もぅ…儂を…抱ぃ…て……」
耳元の囁きに夢の中で反応する珠詠。
「くふぉはははッ…婆ちゃん、チョロいよッ…笑いが止まんなッははぁッ…はあ~、でもそんな婆ちゃん…ふふっ大好きッ…フフゥ…(小声)」
込み上げて止まらない笑いを堪え小声で独り言を言う武義、だが笑ってられるのは一瞬だった。武義の脚に珠詠の脚が絡む。
「…早く…ぅ……儂の…ほ…とを…その…いちもつ…でぇ……貫いてぇ…」
武義の脚に寝惚けた珠詠がすりすりと股を密着させた、武義は"ぬちゃり"と変な感触があることに気付く。
「は!? 濡れてる!? 欲じょ…やべぇ流石に、やばい!!(小声)」
寝てる癖に動きだけは本気だったので危機感を覚えた武義は珠詠を叩き起こし直ぐに反対を向き寝たふりをした。
「…んんぅ…? む?!!」
布団からばっと起き上がり自分の異変に気付く珠詠。
「…のぁッ!? ぬっ濡れとるじゃと?!」
そして布団にいる武義に直ぐ目が行った。
「ぬぁッ?! 孫とッ!? 」
予想以上の反応の面白さで武義は笑いそうになる。
「何と言うことじゃ…まさか武義と? ぬっ…ぬあぁっ儂はなんて不貞者なんじゃぁッ!! こんな妻を許しておくれ辰義!!」
珠詠の予想外の自責に笑気がブチりと断たれた武義、流石にここまで来ると不本意なので起きた、振りをした。
「ん、どうしたんだ婆ちゃんまた朝から騒々しい。ってなんで俺の部屋にー?!(棒)」
起きた振りの俺にびくりと反応してダラダラと汗を流す珠詠。尻尾と耳ががピンと立っている。
「ま…孫よ、今朝は何も無かったか!?」
「いや、寝てたぜ。今ので起こされた。」
「そ、そうか…いやすまぬな、あまりにも疲れておったんじゃ。とは言え自分の部屋と孫の部屋を間違えるとは、そろそろ儂もボケてきたかのう。」
「いやいや300年以上生きてる方もいるんだしまだまだでしょ…そろそろ昼だし御飯でも食べるか、婆ちゃん。」
武義は立ち上がり彼女の背中をぽんと叩く。
「む、むう…本当に寝てたのかぁ?」
珠詠はさっきの武義の返答に疑問を抱いていた。
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