掃除
図書館の奥深くに足を踏み入れたタツヤは、その光景に憤りをぼ得ていた。
本の扱いが悪すぎる。
見れば見るほど管理がなっていない。
本の素材、内容にかかわらず乱雑に積み上げられており本棚はその意味をなしていない。
日差しが入らない為、紙が傷む事はないだろうが湿気が多くカビがひどい。
「本を運び出すんだ。
増員してもかまわん、急ぐぞ」
声に怒気を含ませながら、タツヤはさらに奥に足を進めた。
屍食鬼は全員本の運び出しのためにとどまらせたが、全貌把握のためである。
「ここは……」
そうしてたどり着いたのは牢獄の並んだ通路だった。
その牢獄の中にも本が何冊かおかれており、管理の悪さに舌打ちをする。
だが次の瞬間タツヤは憤りを忘れて驚愕することになった。
足元からセラエノが現れたからだ。
「タツヤさん! ここの本読んでないですよね! 」
「……お前心臓に悪い」
「そんなことはどうでもいいんです!
ここの本は読んでないですよね! 」
「あぁ、読んでないが」
「……良かった、ここにある本は全部封印されているんです。
あまりに危険なんで閉じ込める事しかできなかった本。
私の原点もここにあります」
セラエノの原点、神々がついぞ消す事の出来なかった危険な知識。
それがこの場に封印されているという事実にタツヤは戦慄した、その本を読みたいと思っている自分に対して。
本、というだけで無作為に興味を引かれてしまう性分だったが、危険と分かって尚その気になってしまうというのは、恐ろしかった。
「中には読んだだけで即死するような物から、開いただけでも世界が崩壊しかねないやばい物まであるのでここは基本的に立ち入らない方がいいですよ」
「……本を無造作にしておくというのは非常に心苦しいが、触らなければ安全な兵器を放置しておくと考えればいいか」
「そうです、ちなみにこの先はその手の本がゴロゴロ転がっている区画なので気を付けましょう」
いつの間にかセラエノが案内を始めていたが、タツヤはそのことに苦言を呈することもなく先に進んだ。
そして牢屋ばかりの通路を抜けて広い部屋に出る。
そこは今まで回ってきた場所とは打って変わって非常に明るく、清掃も行き届いており、全ての書物は本棚に収められていた。
「ここは……」
「セラエノ図書館最奥、封印指定書物保管庫です。
適当な本を一冊開いてみてください」
その言葉に従い適当な本を手に取り開く。
しかしそこには何も書かれておらず、前ページにわたって白紙が続いていた。
「これがセラエノ式封印術です。
開かないとかではなく読めないんです。
これならうっかり拾われてもゴミ扱いですから安心。
盗みを目的としている輩なら下手な封印はといちゃいますからね」
自慢げにそう言ったセラエノだったが、タツヤはこの場に収められた本の量に圧倒されていた。
このすべてが封印しなければならないほど危険なものだとすれば、それは非常に恐ろしい。
「あぁ、大丈夫です。
これ全部神様が著ちょいと封印できたレベルなんでさっきの牢屋の本よりは格段に安全です。
せいぜい魔王が召喚されるくらいの被害で済みますよ」
「それは非常にまずいのでは」
「いえいえ、世界が滅ぶこともなく猶予もできるというのは非常に良心的です。
牢屋の本なんか世界もろとも一瞬で消滅させるレベルですから」
その言葉を聞いて、牢屋に押し込まれた数千冊の本を思い出してげんなりとしたタツヤだったがすぐに気を取り直し、図書館の入り口に戻った。
そこでは屍食鬼がせっせと本を運んでいたが、ふと一冊の本に目が留まった。
「あ、それは! 」
思わずセラエノが声を上げたが時すでに遅く、タツヤは本を開いてしまっていた。
「ぐっ……」
途端に頭に流れ込んできた何かにめまいを覚え、床にしゃがみ込んでしまう。
「大丈夫ですかタツヤさん、まさかこんなとこに置いてあったとは不覚でした」
「なんだいまの」
いまだに揺れる頭を押さえながらタツヤが声を絞り出す。
「今のは私が書いた一冊です。
その効果は知識の継承。
わかりやすく言うと脳みそという文書作成ソフトがあります。
人はそこに日々情報を記入していきます。
今の本は文書記入ソフトに私の記入してきたデータをコピーするんです。
上書きではなく追記です」
「……そのメリットとデメリットは」
「メリットは私の知識を無償で手に入れられる。
世界を滅ぼす魔道書を生み出すほど優秀な人間の知識をですね。
デメリットは受け入れ側のキャパシティに依存するため、限界を超える事もある。
そうなると一時的な記憶障害、めまい、吐き気等があります。
後危険な知識を得てしまったことでそれなりに罰則もつきますかね」
「……よしやっぱりお前燃やすわ。
磔刑からの火あぶりだ」
めまいの収まったタツヤはポケットからライターを取り出そうとして、ここが図書館であることを思い出してそれをしまった。
さすがに他の本に被害が及ぶとなれば火を使うわけにもいかない。
「心臓に悪いのでやめてくださいよ。
まあ私の心臓は邪神に捧げちゃってるんですけど」
「お前の発言の方がよっぽど心臓に悪いわ」
「……それはそうと、思いのほか早く終わりそうですね」
セラエノが話題を変えたが、タツヤもそれに合わせる。
周囲の屍食鬼たちの活躍によって整理整頓がなされ、積もり積もった誇りはすべて拭き取られていた。
「いやー壮観ですね。
此処こんなにきれいだったんですね」
先ほどまではホコリと本でそうこのようにしか見えなかったが、今は図書館と胸を張って言える程度には整頓されている。
一歩奥に踏み込めば物理的魔術的両方の意味で混沌とした空間が広がっているが、ひとまず満足いく状況となった。
「そんじゃ、そろそろ聞かせてもらおうか。
俺をここに連れてきた本当の理由を」
「ここの片づけ、というのも理由の一つなんですけどね」
一息、間をおいてからセラエノは語り始めた。
「この図書館、長らく司書がいないんですよ。
それで調停世界に居る間だけでもその仕事を頼もうと思っていたのですが……」
「含みのある言い方だな」
「えぇ、先ほど私の知識を転写してしまったことで罪状が増えまして。
この調子だと100回世界を救っても足りないんですよ、その贖罪が。
なのでいっそ転生をあきらめていただいて、個々の司書をやっていただこうかなと」
「あぁ、いいぞ」
セラエノの衝撃的な発言を意に介さず、あっさりと承諾したことで沈黙が流れた。
タツヤとしては大好きな本に、多少邪悪であろうと囲まれた生活は非常に喜ばしい物である。
「ずいぶんとあっさりですね」
「まあ……最悪セラエノもろとも燃やすだけだわ」
「ちょっ!? 何さらっと恐ろしい事言ってるんですか!? 」
「いやまあ案外セラエノ燃やしたら俺の罪も消えるんじゃねえかなと。
ほら、さっきお前言ってたけどやばい知識得たことで罪が増えたんだろ。
そんでもって、神々でさえ破壊できなかった本でしょ。
それを破壊したとなれば……まあ燃やせないだろうけどチャレンジし続けるのはいい事だろう? 」
「良い事ですけど人の迷惑というものを考えてください! 」
「お前が言うな、というのは口に出しちゃいけないのかな」
「出してます! 」
それからもセラエノとタツヤの夫婦漫才は続いたが、それをBGMに屍食鬼たちは仕事を続けていた。
なお、さぼっていたと気にしたのか後日セラエノから新鮮な死肉が提供され、タツヤからは死肉を使った料理が提供された。
もっともタツヤが肉が人の物と知ったのはさらに後日であり、セラエノがひもで亀甲縛りされたのは余談である。




