みにくい竜の子を心配する男とその部下。2
一方その頃、ヴァルネルさんは。
治安会議は恙無く終わった。主に王都にとって、という意味では。
ガヤガヤとうるさい廊下を歩く上司をウェストンはそろりと見上げる。これも経験だからな!と豪快に笑っていた課長を思い出し、細く息を吐く。
なんの経験になったというのだろう。この超人の交渉術が!
治安会議は簡単に言えば犯罪件数やら今年の学院卒採用率やらを分析して話し合われる会議だ。年に数回行なわれるそれは、今回、王城の予算会議前とあってどの地域も前のめりで出席している。ここで現状を訴えられれば、来年の予算が大幅に変わる可能性があるからだ。
とはいえ、王国各地から代表が集まり様報告をあげ、王城の官吏がそれをまとめて国の方策を打ち出していくのがこの会議の目的である。つまりはいくら王都代表で来ているとはいえ、一地方の役人にできることは報告をあげ、小さな要求をねじ込むことくらいで、国の方策に大きく口を出せないのが現状である。
それをこの上司は有無を言わさず、ジリンの毒花が大量発生していたことを理由に来年の環境整備の予算の増加と王城騎士の定期派遣の約束を取り付けてしまった。もちろんここでの決定はこの後王城の大臣たちの会議にかけられるから、そのままOKということではないが、この会議で頷かせておけば多少なりとも配慮される。
この上司のすごいところは誰もがそれはそうだ、そうしたほうがよかろうと思えるよう会話をもっていけるところだ。だから、はじめは反対の声が上がっていても、上司の話を聞くうちにたしかにそうするのがよさそうだと態度を軟化させる。つまるところ頭がいいのだ。意見がぶつかっても自分の案を曲げすぎず、相手の案もくみながらよいところにおとす。
とてもじゃないが、配属6ヶ月の新人に真似できることではない。まだまだそれには力が足りない。
「あら、ヴァルネルじゃない」
後ろから聞こえた涼やかな声に、美貌の上司が小さく舌打ちする。昨日もまったく同じパターンで学都ケートのじい様につかまり、あれよあれよというまに宴席を設けられたのだ。昨日はお土産を買うことを心に会議に臨んでいたらしい上司はにこやかにしながらも冴えた空気を発していた。
「エレナ、お久しぶりですね」
学院時代の同級です、とヴァルネルが簡単に説明してくれた。
亜麻色の髪とそろいの瞳。猫らしいアーモンド型の瞳がちろりとウェストンを見て、なんの感情もなく逸らされる。
エレナ・ハリウィル・ネージュ。オーハンの役所に勤めながら、その美貌で王都まで名前を轟かせる女性である。オーハンへの出張が決まって周りの同期たちはエレナ・ハリウィル・ネージュに会えるかもしれない可能性を羨んでいた。ウェストンにしてみれば猫なんて鼠を追いかけまわす天敵でしかないから適当に流していたのだけれど。
しかし、実際に目にするとたしかに美人である。長い亜麻色の髪は1つに束ねられ首元で揺れている。猫なので決して大きいわけではないが、それでもしなやかな手足と漲る自信がこの女性を大きく見せていた。
でもまあ、美人度でいったらうちの上司のが上だよなあ、とウェストンは隣に立つヴァルネルを見上げる。仕事終わりに声をかけられ昨日と同じく冴えた空気を発しているが表情には欠片も出ていない。口元に薄く笑みを刷いてゆったりと首を傾ける様は鳥肌が立つほど美しい。
「こちらに来るなら連絡をくれればよかったのに。治安会議ね?」
「すみません、必要を感じなかったので。」
素っ気ないヴァルネルの言葉に細い眉が不機嫌そうに上げられる。学院時代、それぞれ美貌でそれこそ親衛隊ができるほどだった噂を聞くが、本人たちはそれほど仲がよくなかったらしい。
「相変わらず優秀なのね。この時期の治安会議を任されるなんて」
「まさか。先輩が育休中でして。代打として声がかかっただけです」
「それでもよ。さすが学院の首席は違うわね」
終わりの見えない世間話に小さく上司の眉が上がる。明らかに目的をもって誘われているのだろうが、この上司に応じる気はないらしい。
となれば、ウェストンのすることは1つである。
「ヴァルネルさん、次のお時間が……」
そっと声を上げたウェストンにヴァルネルの黒曜石の瞳が向けられる。ゆったり細められたそれに、よくやったと言われているようでむず痒くなる。
「すみません、エレナ。治安会議以外にも予定がつまっていまして。これで失礼します」
「それなら夜のご予定は?食事でもどうかしら」
「すみません、明日も早くから視察なんです。失礼します」
美女の誘いもさらりと断って歩き出す上司にウェストンも慌ててついていく。ちらりと振り返った先、美人の猫はおもしろくなさそうに眉を寄せていた。
「すみません、ヴァルネルさん。余計なこと言いましたか?」
「余計?まさか。おかげでこの後の予定を思い出すことができました」
次の予定など嘘っぱちである。会議さえ終わればこの後はなんの予定も入っていない。今日こそはお土産を見に行きますとヴァルネルは朝から壮絶な笑みを浮かべていたのだから。明日が視察で早いのは事実だが。
「なぜ自分が視察に、と思っているでしょう?」
常よりやわらかな声で突然問われて、ウェストンは薄青の瞳をぱちくりさせる。
「そりゃまあ、俺はまだ新人ですし……」
「関係ないですよ、勤めた年数なんて」
それをいうならわたしだってまだ4年ですし。
と自慢なのか分かりかねる言葉を付け足しながら、ヴァルネルは続ける。
「エレナを見てどう思いました?」
「どうって……噂どおり美人だなあとか」
そうではなくて、とヴァルネルの薄い唇に笑みが浮かぶ。
「わたしと仲が悪そうだと思ったでしょう?」
「いや、まあ、」
「いいんです。わたしが一方的に苦手なんです。昔から好意を寄せてくれているのは分かるんですが、どうにも。ウェストンはそれを汲みとって声をかけてくれました。どちらにも角がたたないように」
どう反応したものかと眉を寄せるウェストンに、くすくすと機嫌良さげな笑い声が降ってくる。
「あなた、ヴィズーガとわたしの言い合いも程よいところで声をかけてくれますね。あの狼は気づいてないでしょうけど」
それはヴァルネルの発する冷気に周囲が凍りつきそうだからだ。自分の保身と泣きそうな同期たちのためである。
「空気を読んで、それを変えることがうまい。だから今回も同行はウェストンでと頼んだんです。あなたは鼻もいいし、頭もいい」
「頼んだって……ヴァルネルさんがッスか!?」
都庁始まって以来の天才と名高いこの上司が?たかだか鼠の俺を?
「誰か1人連れて行けと言われたので。鼠だと馬鹿にされることも多いでしょうが、あなたは優秀な役人になれます。気にすることはないです」
都庁は実力を重視するところですから。
そう付け足して歩き出した上司の後をウェストンも跳ねるようにして追いかけた。お世辞を言うような人ではないから、本当に認められたようでむず痒い。
なんでもないように歩くスラリとした背中を追いかけながら、緩む口元を抑えた。
そうして、この上司に人がついていく理由を身をもって実感した、のだが。
「我が家に女の子がいまして」
「おんなのこ」
「ええ。とても可愛らしい子なんです。まあるい目がくりくりしていて。わたしの後を一生懸命ついてまわるんです。この出張の前も玄関までお見送りをしてくれました」
「はあ。おみおくりを」
パステルカラーのふわふわしたお菓子屋さんで俺は何を聞いているのだろう。完璧超人、どんな美女も玉砕すると言われる上司の恋人の話か?いや、それにしては、なんだか相手が若いというか、幼いような……。お見送りの話を聞くとペットかとも思うがペットにこんな糖分の塊をお土産にはしないだろう。
「ここのお菓子は有名なんですか?」
「え、あ、はい。最近オープンしたとかで、学園の女の子を中心に流行ってるらしいッス」
売られているのはクッキーのようなパステルカラーの焼き菓子にクリームが挟んであるお菓子である。見るからに甘ったるそうでなにがいいやらウェストンにはさっぱりだが、可愛らしい見た目が人気の理由らしい。中のクリームが選べるようで、何味を何個と何味を何個と、と細かな注文を姉から承っていた。
「バタークリームがいいでしょうか。それともショコラ?ああ、でもさっぱりしたものがいいかもしれません。あの子は食が細いから食べやすいものでないと」
ぶつぶつ言いながら可愛らしく並べられたケースを眺める美貌の青年。きゃあきゃあと周囲の客が熱い視線を送っているが当の本人は、恋人なのか妹なのか判断に難しい『女の子』のためにお菓子選びに必死である。
「あの、ヴァルネルさん。さっぱり系ならこっちだと思います」
あまりに真剣なヴァルネルに拍子抜けしたような、人間らしさが見えたことにホッとしたような気持ちになりながら、空気が読めるウェストンはとりあえず上司のお土産選びを手伝うことにしたのだった。
学園は小中学校、学院は高校大学です。




