みにくい竜の子、孤独な子。3
風邪をひいたみにくい竜の子。
「風邪ですね」
げろげろ吐くわたしをビズーガさんがお屋敷の中まで運んでくれ、心配を顔いっぱいに貼り付けたメイルちゃんがお医者さまを呼びに行ってくれた。そうして診察に来たいつもの白衣のおねーさんがくだした診断は『かぜ』だった。
かぜってなんぞ。メイルちゃんの安心した様子を見るに大したことはなさそうだけども。食べすぎか?たしかにお昼のサンドイッチはおいしくていっぱい食べちゃったけど。でもでもさっき吐いたらだいぶスッキリしたよ!
「リーシャ様、熱があります」
「ねつ?」
「はい」
伝わっていないことを察して白衣のおねーさんがわたしのおでこに手のひらを当て、自分のおでこにも手のひらを当ててみせる。
おお、これは熱を測っている!もしやわたし発熱してるのか!『かぜ』って風邪か!
我がことながらようやく理解してふんふん頷く。
「痛いところはないですか?」
「いたい?……あたま、すこし、いたい、です」
言われてみればちょっぴり頭が痛い。そうかこれは風邪をひいていたからか。昨日もまた寝ている間にベッドからおっこちたのかと思っていた。お庭で吐いちゃったからなにやら大ごとになっているけど体感としては微熱だろう。決しておバカだから風邪をひいたことに気づかなかったとかそういうことではない。断じてない。
白衣のおねーさんはわたしの返事になるほどと頷いてさらさらと手元の紙にメモを残している。
ベッドから落っこちたり、お風呂で足を滑らせて転んだりする度に派遣されてくる白衣のおねーさん、すなわちお医者さま。ミディさん、というらしい。お名前は?という質問に「ミディとお呼びください」と言っていたからたぶん。ミディさん以外がお医者さまとして呼ばれたことはないから、ここのお抱えのお医者さまなのだと思う。バルくらいの美人でお金持ちでそのうえ優しい完璧超人ともなると医者に行くのではなく医者がくるのだなあ、と毎回感心してしまう。まあ、わたしもそのおこぼれにあずかってるわけだけど。
ミディさんは桃色の髪と瞳を持つこの世界ではわりと小柄なおねーさんだ。わたしより頭2つ分大きいくらい。そして、なんと、頭の上ににょっきりとうさぎ耳を生やしているとっても異世界味溢れるおねーさんなのである。お尻にはまあるいしっぽも生えていてコスプレかとも思ったがお屋敷の人たちは気にする様子がないし、なによりうさ耳は物音に反応して頭の上でぴこぴこ動くのだ。とても可愛い。
いわゆる獣人という種族なのだと思う。そのほかわたしの見たことのある人たちには尻尾も耳も生えていないから、あんまり人数はたくさんいないのかもしれない。魔法を見たときに一生分のびっくりを使い切ってしまったので、うさ耳おねーさんくらいではもう驚かなかったけれど、初めて見たときわたしの目は可愛いうさ耳に釘付けだった。りあるばにーがーる!
「吐き気があるのが心配ですが、この様子だと腹痛はなさそうですし様子を見ましょう。解熱のお薬を出しておきます」
てきぱきとお薬の準備をするミディさんをぽやぽやと眺める。今日も今日とて、髪とそろいの桃色のうさぎ耳はぴこぴこ動いている。
可愛らしいお耳と可愛らしい色をしているミディさんだが、その正体はクールビューティである。基本的に冷静で、椅子から落っこちただけで呼び出されても嫌な顔ひとつしない。丁寧に患部を見て、心配ありませんねとさらりと診断結果を告げる優秀なお医者さまなのだ。
「夜になると熱が上がるかもしれません。本日、ヴァルネル様は?」
「出張で、お戻りは明後日です」
「では誰か付き添いが必要ですね。リーシャ様は小柄なので薬も半分にしておきますが、どれだけ効くかわかりません。熱が上がったり、吐き気が止まらないようならいつでもご連絡ください」
いつも通り凪いだ調子で話すミディさんと安心したのかいつものふんわりした話し方に戻ったメイルちゃんの声を聞いているとなんだか眠くなってくる。
昨日はバルが帰ってくるのかと思って遅くまで粘ったから寝不足なのだ。どうやら熱もあるみたいだし、ここは寝てしまおう。
もぞもぞと寝る体制を整えたわたしに「おやすみなさいませ、リーシャ様」というメイルちゃんの優しい声が落とされた。
自分の荒い息遣いでぼんやりと目が覚めた。どのくらい寝ていたんだろう、体がものすごくだるい。熱が上がってきたらしい。
「しんどそうだな。ヴァルネルには?」
「連絡いたしました。すぐには帰れないから頼むと」
「そうか。医者に連絡は?」
「いたしました。薬をお持ちくださるそうです」
ぼんやりした意識の端にぼそぼそとしたおしゃべりが耳に入る。メイルちゃんとビズーガさんだ。
ビズーガさんは診察の邪魔だからとわたしをベットに横たえてから姿が見えなかったけど、まだお屋敷に残っていたらしい。目の前でげろげろしてしまったから心配させてしまったかもしれない。
「ミディといったか。話には聞いていたが本当に先祖返りなんだなあ。あの見た目じゃ医者になるのも大変だったろうに」
「旦那さまの幼い頃からのお知り合いですから。先祖返りというだけで力を発揮できないのはおかしいと屋敷付きで雇われたのです。旦那さまは丈夫な方ですから、リーシャ様がいらっしゃるようになってよくお見かけするようになりました」
異国の言葉は熱に浮かされた頭では1つも理解することができない。耳慣れないおしゃべりはただのBGMとなって通り抜けていく。日本が恋しいなあ、と夢の狭間を漂いながら思った。
「竜人の子なのにそんなに何度も医者にかかっているのか。こんな小さな体でかわいそうに」
「わたしがきちんとお声がけするべきでした。庇護の証をお持ちでないのだから余計に注意してさしあげなくてはいけなかった。リーシャ様は昨日も遅くまで旦那さまのお帰りを待ってらしたんです。旦那さまはリーシャ様の元へお戻りになるから大丈夫です、と何度お伝えしてもお聞きにならなくて」
「こんなに幼いのになあ。親はなにをやっているのか」
涙ぐむメイルちゃんの声がして、ビズーガさんってば泣かせてる!と夢の狭間から唸り声をあげると、メイルちゃんのあたたかな手がおでこにのった濡れタオルを替えてくれた。
「朝も旦那さまが朝食に見えられるのをずっと待っていらして。置いていかれたのではないかと不安なのでしょう。こんなに幼いのにジリンの毒花の中に置き去りにされて、そのうえモウにまで襲われて、どれだけ恐ろしかったことでしょう。それなのにリーシャ様は泣きもしないのです。どんなに転んで痛くても、置いていかれたのではないかと不安でも泣かないのです。わたしそれが本当に切なくて」
もしわたしに天才的な言語能力があり、メイルちゃんたちの会話を理解できたなら、自分のあまりの悲劇のヒロインっぷりに赤面して床を転がったにちがいない。言葉も教えられずロクな常識も持ち合わせず育児放棄された幼子が、美貌の青年に拾われ愛を知る。なーんだ帰ってこないと思ったらバルは出張だったのね!うひゃーあの美貌で社会人とか、めくるめくオフィスラブかしら!と適当に流されていたとか恥ずかしすぎる。しかし、幸か不幸か平凡な女子高生であるわたしにはなにを話しているのやらさっぱり分からなかった。
なので取り替えてもらった冷たいタオルに癒されながらわたしが思ったのは、こんなに深刻な声で、しかもメイルちゃんが涙ぐむほどの話をするなんて、もしかしてこの2人病人の横で別れ話でも始めたんだろうか、という、なんとも的外れなことだった。
補足
主人公はまだ分かっていませんが、この世界は文明をもった生き物は獣人しかいません。獣は獣でいますが、獣人とは別ものです。
すべての獣人は始祖とされる獣から種族を分けます。始祖によって受け継ぐ色、得意分野が異なりますが、姿形は人間と同じです。
ミディさんのような耳やしっぽまで受け継ぐ人たちは先祖返りとよばれていて数は多くありません。古い時代は獣に近いとされ迫害されていました。今は表向き差別はされていませんが、まだまだ平等とはいえないのが現状です。
今後、主人公もちゃんと学ぶ予定ですがまだそこまでの語彙力がないので、ひとまず補足でした。




