5-8 ウンディーネ攻略組
ブリュージュへの移住が着々と進められるなか、プレイヤーの間には大きな変化が起こりつつあった。
ゲーマーとしての自信を取り戻しつつあるらしい。
絶対安全圏だと思われていた街が崩れ、やむを得ずフィールドを横断し新たな都市へと向かう間、何人ものプレイヤーが犠牲となり、あるいは誰かを守るための囮となったり、覚悟を固め敢然と立ち向かったり、そうしたなかで新たに指導者として目覚めるものが次々と現れたのだ。
極限状態におかれたとき、人は大きく成長する。大切な何かを失い、大きな過ちを犯し、壁にぶち当たったとき、人はそれらを乗り越えるために自らの限界を破る。
それはブレイクスルーと呼ばれる力だ。
プレイヤー層が若かったのも、原因の一つかもしれない。
Mobに対する有効な対策も発見された。
どのMobにも固有の攻撃パターンがあり、癖を見つければなんとか攻撃を切り抜けられる。
AIの行動ロジックを見破り、パターンにはめ込んでしまえば、たとえソロであろうと、攻撃ダメージが1ずつしか与えられなくても、いずれ撃破できる。それはBOSSとの戦闘でも変わらないはずだ。戦闘は長時間に及ぶだろうが、いずれ倒せるという希望が持てる。
アヤカの話によるとブリュージュへ移住できたプレイヤーのうちの多くが自分も攻略に参加したいと申し出てくれたらしい。そのため今回は攻略組の裾野を広げるためにも、主力以外のメンバーで攻略を実行することになったのだ。
対ウンディーネ戦は高度な連携を要求すると予想されたため、VRMMO歴の長い古参ギルド【ハッピィ・キャンパー】に一任されることになった。ヘイト管理、HP管理、頻繁な陣形変更の三つが作戦の要となる。
メンバーの構成比率は36名中、騎士6、魔剣士3、ハンター3、魔術師15、治癒術師9。
ALSは十分な運用データを基にノウハウを作成し、最大36名までのバックアップが可能になっている。
【ハッピィキャンパー】には新たに作成したALSを与え、強力なアビリティを取得させている。
もっともALSによるアビリティ模倣は不完全だ。コードを書き加えている分、誤差が生まれているのだ。
攻撃無効化能力をもってしても、わずかながらダメージは受け続けるし、状態異常も完全に防ぐことはできない。基本パラメータが低すぎるため、良くて五分の戦いに持ち込めるかどうかというところだ。今回の作戦は持久戦になるだろう。
防御の要である騎士のHPはもっとも高いキャラでさえ128しかない。通常攻撃を喰らえば一撃で瀕死に陥るが、ウンディーネはMPがある限り、魔法か特殊攻撃しか使ってこないという読みだ。そしておそらくINT型のBOSSともなればMP総量は半端じゃなく、削られない限り尽きることはないだろう。そもそも詠唱妨害によって魔法も極力撃たせないつもりだ。
【ハッピィ・キャンパー】のメンバーは魔法吸収アビリティを備えているため、攻撃を喰らう度、HPを回復できる。それにウンディーネの場合、属性も明らかだ。PT防御力は十分に安全マージンをとっている。
あとはこちらの攻撃が通用するかどうかだ。弱点が消えていないことを祈るしかない。
◇◇◇
攻略チームがウンディーネとの戦闘に入ってから、すでに30時間が経過していた。
ウンディーネの耐久力が想定の範囲内であれば、8時間前には決着が付いている予定だった。倒しきれず泥沼化した戦いによってかかる精神的な消耗は計り知れない。
俺が街にいながらにして戦況を把握できているのは、PTから送られてくる音声通信をレシーバー側がスピーカー機能をオンにしてBOSS戦の実況放送を流しているからだ。
戦況分析をリアルタイムで行い、攻撃パターンを予測して、こちらから指示を出している。
音声実況のみによる姿の見えない戦闘はブラインドチェスに似ている。
「波が来るパターンだ。騎士は盾構えろ」
「隙ができるぞ、波を防いだら集中攻撃だ」
いくつもの声が交錯し、戦場の緊迫感が伝わってくる。
ウンディーネの放つ水属性の全体攻撃は魔法ではないため、ガードして防ぐしかない。属性防御を掛けていてもなお、完全に防御しきれない。
ブリュージュの中央広場に陣取った作戦本部では総指令を努めているイーガンが険しい表情を続けている。長引く戦いでも思考能力が衰えないのはさすがだが、疲労は隠せないようだ。
「まだまだ終わりそうもないな。少し休ませるか?」
俺の隣で実況を聞いているオレアリアが疲れた様子のイーガンを気遣う。
「言っても聞かないだろう。戦闘メンバーはもっと疲弊している。休むわけにはいかないのは、アイツが一番わかってるよ」
「せめて倍の数がいれば、もう少し楽に戦えるんだがな」
オレアリアがそう呟くのも無理はない。だが、戦力の増強は一朝一夕には行えない。戦闘経験の蓄積、装備の強化、バックアップ班の育成。
問題はそれだけではない。最短で攻略ルートを開拓するためにどのクエストをこなしていけばいいかのか、予想されるリスクを回避する方法など、少ない戦力をどこに投資するかが最重要課題になっている。
「マジか、また一人ヤられた。ペース落ちるぞ、計算急げ!」
「誰!? 誰が死んだの、教えて!」
「そんなの後回しだ。ヤられたのは治癒術師だ。MP残りいくつよ?」
戦況が動き、にわかに慌ただしくなる。誰かミスをしたのだろう。能力を対等近くにまで引き上げていても、もともとのレベルが低すぎるのだ。些細なミスが命取りになる。
戦況分析班の焦りを見て、俺は首を傾げた。
やけにモタモタしているように感じられる。
「慌てる必要はないんだがな。このまま攻撃を続ければダメージの収支でこちらが上回る。勝ちは確定だ」
「計算が速いんだな、レオン」
「え?」
「ダメージ計算。分析班はまだ計算が終わってない」
「疲れているからじゃないか。もう30時間だろ」
「それもあるだろうが・・・」
オレアリアは釈然としない表情を浮かべた。
それから二時間ほどで予想通りBOSSを撃破したとの報告がもたらされ、合計32時間に及ぶ長期戦は終わりを迎えた。
結果的に36人中29人が生き残った。損害は少なくないが少数PTでBOSSを攻略した意義は大きい。
戦闘メンバー並みに気が張りつめていただろうイーガンは、一息入れて眼鏡を外そうとし、それが現実世界での癖だと気づいて伸ばした腕を下ろした。
戦闘終了報告の後、第二報でBOSSドロップの内容が明らかになり、続く第三報で想定外の報告がもたらされた。
「イーガン、俺たちのところに援軍を送ってくれたのか?」
PTのリーダーを努めるハヤトから、そんな質問が送られてくる。後ろで話を聞いていた俺たちは揃って首を傾げた。
「ハヤト、誰かそこにいるのか?」
「ああ、10人くらいかな。こっちに近づいてくるよ。アイツら、どこのギルドかな?」
短い沈黙が流れ、後ろを振り返ったイーガンと目が合う。俺は首を横に振った。
「俺たちに用があるなら街のほうへ来るはずだ。岬のほうへ行くってことは・・・」
イーガンが俺の言葉を聞き終える前に、マイクに向かって叫んだ。
「ハヤト、そいつらは別サーバの攻略組だ。逃げろ!」
「そんな、まさかだろ・・・、だって、笑って手ぇ振ってるぜ。きっと俺たちの味方・・・」
音声通信が不自然に途切れる。メッセージの最後、かすかに悲鳴が聞こえた。
「まずい、戦闘に突入した。ハヤトたちは消耗してる」
BOSS戦用にアビリティを組み直したせいで物理ダメージは無効化できない。
イーガンの声が落ち着きをなくしている。みな、顔を見合わせ視線がさまよっている。
再び、通信が送られてきたのは、それから一分近く経ってからだった。今度の内容は正体不明のPTと交戦に入ったことを告げるものだ。もう疑いようがない。問答無用で襲ってきたのだ。海外サーバの連中は俺たちを標的にしている。
数分前まで興奮しつつも誇りに満ちていたハヤトの声が悲憤の叫びに変わっている。
「ちくしょう、さっきから俺たちの戦い方を覗いてやがったんだ! それだけじゃねえ、こいつら絶対にチートを使ってるっ、アビリティがジャミングされてる。もう駄目だ、どんどん殺されてく。俺ももうやばい。イーガン、レオン、仇をとってくれ、ちくしょう、アイテムが奪われちまうよ・・・すまねぇ、すまねぇ、みんな・・・」
音声はそこで終わっていた。
誰一人、声を発しないで新たな通信の到着を待っているが、それが届けられる様子はない。
「全滅なのか、まさか」
どこからともなく、呆然とした呟きが聞こえてきた。
口々にざわめき、怒りや悲しみの声が広場を押し包んだ。
「あれだけ苦労してウンディーネを倒したっていうのに、奴ら本当に人間なのか? 卑怯すぎる、なんなんだよアイツら」
「狂ってる、きっと狂ってるんだ」
俺は肩を落とし呆然と佇むイーガンに声をかけ、撤収を急いだ。今に広場は混乱に陥る。破れかぶれになった者たちが自分勝手な行動に出る前に治安を立て直さなくてはならない。
「レオン、どうしてこうなった?」
宿の一室にこもって扉を閉めた後、イーガンが沈んだ声で問いかけてきた。だが、俺にも状況はさっぱりだ。
「最初から狙ってたんだ。BOSS攻略直後ならアイテムも経験値もどっさり入ってくる」
危険な駒は俺たちに取らせ、漁夫の利を掠め取る。ゲームクリアを目指す者同士でも、リスクを負うものと負わないものに分かれる。生き返りなしのデスゲームではすべての所持品がその場に落とされる。プレイヤーの数が減ると攻略は難しくなるが、今はまだメリットがデメリットを上回っている。
「俺たちは無用心すぎたんだ。狙われて当然だった。気づくのが遅すぎた」
「だが、どうして連中にそのタイミングがわかる?」
俺はイーガンの問いかけに対する答えを持っていなかった。だが、それに答えられそうな人間ならば知っている。
「井嵜を呼ぼう。奴ならば、たぶんその理由を知っている」
この謎を解く鍵は井嵜が握っている。GMとしてこのゲームに参加している唯一の運営側プレイヤーとして、知っていることを洗いざらい吐いてもらう。




