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おそらく、これが折り返し地点になります。できるだけ早く完成に漕ぎ着けたいところですが、用語が多くなってきたので、その整理と設定の見直しのために少し時間を頂きたいと思います。
夢を見ているのだと思った。
身体が宙に浮いているからだ。
空撮映像のように青々とした草原やなだらかな丘を飛び越え、どこまでもまっすぐに進んでいく。
視界はやがてエメラルドグリーンの大地に築かれた都市と都市を結ぶ街道にぶつかる。それからしばらく街道に沿って飛んでいくと、草原の海にたゆたう小島のような都市が姿を現す。
煉瓦によって築かれた中世の街並みだ。
そこからさらにいくつもの街を越え、海を渡り、不気味な連峰の周囲を巡った。
ここはどこなのか?
自由に空を飛んでいるのではなく、進む方向は常に一定だ。地形の起伏に合わせて視界が上下するだけで、後は流れる景色を延々と見せられている感覚。
俺は自分の意識がVR世界に囚われていることを思い出していた。
ブレインゴースト。
かつてどこかで聞き覚えた言葉が脳裏に浮かんだ。
VRMMO黎明期に報告された仮想空間侵入の際、ごく稀に起こる症例のひとつだ。
まるで記憶や人格を司るデータの一部が書き換えられてしまったかのように、自分が自分であるという感覚を喪失してしまった人たちのことを指す。症例数が少なく、VRMMOとの因果関係も不明。原因などは分かっていないが、聞いた話によると彼らの多くは、VR空間で特異な体験をした痕跡が残されているという。
信じがたいことだが、彼らはVRの世界でアバターと意識が引き離される状態、いわゆる幽体離脱を経験しているらしいのだ。
あまりに突飛な話なので、ネット上ではなかば都市伝説として囁かれているが、ブレインゴーストには自覚症状がなく、潜在的な患者数は知られているよりも多いと聞く。
俺の意識はいま、大地に沿って飛ぶのを止め、ひたすら上に向かって上昇している。雲を突き抜け、太陽に向かって突き進む。熱は感じない。視界が真っ白い光に包まれるだけだ。やがて上昇する感覚も消え去り、時間も空間の感覚も麻痺していくなかで、俺は一点のさらなる光を見た。
意識が落下していく。一転して真っ暗闇に閉ざされた意識は、夢が終わったことを知る。
感覚が戻ってきた証拠に、ざわざわとした人の話し声が聞こえる。
俺が寝ている横で誰かが会話しているようだ。
「レオン、レオン・・・まだ目が覚めないのか」
今度の声はさっきよりはっきりしている。人と距離を置くような冷静な声音には聞き覚えがある。だが、それはこの場にはいないはずの人物のものだ。
俺は目を開け、思った通りの人物がすぐ横に立っていることに気付く。
「う・・・なにか、夢を見ていたみたいだ。ここは、ヴァネサリアなのか。イーガン」
今しがた見ていた夢がなんだったのか、もう思い出せなくなっていた。まだ少しぼやける頭を軽く振って目覚めさせる。
「目を覚ましたんだな、レオン。安心してくれていい。ここはブリュージュだ」
「イーガン、なんでお前がこっちに?」
「アンタが倒れている間に移ってきたんだ。この二日間で160人、とりあえず戦えるメンバーから移動させてる。アンタたちがルートを開拓してくれたおかげで犠牲者は思ったよりずっと少ないよ。全員がこっちに移れるかはまだわからないけどね」
イーガンたちはVR世界の故郷ともいえるヴァネサリアの放棄を決定したようだった。あの街はすでに魔物の手に堕ちたも同然だから仕方がない。
「これからどうするつもりだ?」
「すでに新しいクエストが発生している。エリアBOSSのウンディーネを倒しに行けば、大陸がつながる」
「次の街へ進むのか」
「そうだ。GMの話によれば、このゲームはモンスターの討伐率が低いと襲撃イベントが発生するらしい。本来の仕様ではあんな大掛かりな戦いにはならないはずだと言っていたが、いずれにせよプレイヤーが住む街はどこも安全じゃない。だったら、どんどん先へ進んで攻略ペースを上げていったほうがいい」
「俺たちを襲ったアサシンはどうなった?」
「話を聞き出している最中だ。あのクレハとかいう女はモスクワサーバの生き残りらしい」
「外国の連中もログインしてたんだな。アイツ、クレハの仲間はほかにいなかったのか?」
SOは世界中にオンラインで繋がっているため、外国サーバとの交流はあり得ない話ではない。
だが、俺たちの間では外国サーバからの参入はないという意見で一致していた。なぜなら、サービスが開始されるのは、そのサーバが設置されている地域時間に依るはずだから当然、時差がある。
大昔と違って現代では光の速さで情報が伝わる。ログインしたプレイヤーが一万人もいれば、SOがログアウト不能のゲームだということはすぐに伝わるはずだ。たとえ俺たちの側から情報を送れなくても運営している人間やプレイヤーの家族はすぐに異変に気づくはずだ。
海外でのサービスが開始される前に情報が伝わっていればログインしなくて済む。
だが、情報が国内で止められ、海の向こうに流出しなかったのなら、それは情報の隠蔽が行われたか、伝達手段になんらかのトラブルがあった可能性が高い。
もっとも情報が伝わったのに誰も本気にしなかった可能性だってある。話題づくりだと思われたか、あるいはすぐに修正される類のバグだと思われたかもしれない。
真実がどうかはわからないにしても、俺たちはこの状況がアローンAIによって仕掛けられた目的不明のロールプレイであることを知っている。
通信ネットワークを支配下に置くアローンならば、情報制御くらい簡単にやってのけるだろう。
そうなると人類側の伝達手段は限られてくる。ロシア国内には情報が行き届かなかったと考えられる。だが、先行サービスが開始された日本から緯度が離れている国ならば、水際でログインを食い止められた可能性は高い。配信が予定されていたイギリスや北米はプレイヤーの数も少ないはずだ。
「クレハが持っていた情報をすり合わせてみたら、いろんなことがわかったよ。モスクワサーバの人間も自分たちの置かれた状況を理解しようと必死だったらしいな。連中はどうやら早い段階で襲撃イベントの発生を察知したらしい」
襲撃イベントの理不尽さは、すでに嫌というほど思い知らされている。ヴァネサリアを襲ったのはゴブリンの大群と、それを率いる奇形種のハイゴブリンだったが、ブリュージュを襲ったのは出口を封鎖するアビスオクトパスと街中を徘徊する無数の死霊だったらしい。
エリア全体の討伐数が条件に達しないまま特定のクエストを消化してしまうと、イベントが発生してしまう。
未然に防ぐには、雑魚を倒して討伐数を稼ぐか、エリアBOSSを倒すかしない。
俺たちなりに、かなりの数のゴブリンを倒してきたつもりだったが、攻略に参加するメンバーが少なすぎたせいもあって、ノルマには達してなかったのだろう。
通常ならそうした情報は運営サイドから流れてくるものだが、運営はログインが開始された時点でとっくに機能していない。その頃はゲームマスターも囚われの身でイベント発生のフラグが明らかにされなかったのだろう。
イーガンは暗殺者クレハから聞き出した情報を、改めて整理して語った。
まず俺たちとモスクワサーバの連中が決定的に違う点は、モスクワサーバでは初日からPKが解禁されたらしい。ロシア、韓国、アメリカは殺人ゲームの規制が緩く、PK慣れしている。
日本では、ファンタジー世界でまったりと過ごすのを楽しみにしている人間が多いが、海の向こうの連中はクエストそっちのけで最初から殺し合いの快感を求めてプレイする者もいる。
VR世界でまったりとした日常を楽しむのがメインのはずのゲームでさえ、戦争できる場所やら、銃乱射事件が起こるくらいだ。
俺たち日本人が草食動物なら、海外のプレイヤーはさながら肉食獣といったところか。
PKした場合の経験値加算が大きかったのもPK数増加に拍車をかけた。失うものの大きさがボーナスに反映されているのかもしれない。
モスクワサーバの開始地点マダネスクはたちまちバトルロイヤルの舞台へと発展した。
約8000人のプレイヤーが一ヶ月半で29人にまで減り、そこからは実力者同士で牽制し合う膠着状態に陥った。
そのうちの何人かが手を組んで攻略を進め、転移門を開放するに至ったが、たった29人、それも互いに敵同士であれば、ゲームクリアは絶望的だ。生き残ったプレイヤーは、その頃すでに転職可能なレベルに達していて、より強い装備や必須アイテムを欲していた。
そして一週間前、襲撃イベントを迎えた。
二つの都市は同時に襲われた。マダネスクは群生相バッタに、このブリュージュは死霊の大量発生にそれぞれ見舞われる。
群生相バッタの能力はわからないが、死霊との遭遇経験は俺たちにもある。不可視・即死攻撃・物理ダメージ完全無効・魔法吸収といういくつかの厄介な能力を持っている。
策敵範囲が極端に狭く移動速度も遅いため、数が多くなければ生き延びられる相手だが、大量発生で逃げ場を失った29人のプレイヤーはほとんどがHP全損によりゲームオーバーを迎えたのだろう。
イベント終了時まで生き残ったのは暗殺者に転職したクレハただ一人。
「クレハからの情報でひとつ、特に気がかりなものがある。海を挟んで向かい側にある大陸で、街を襲う巨大な飛竜の姿が目撃されたらしい。炎で街を焼き払い、黒い煙が立ちのぼっていたそうだ。話が本当なら、まず全滅しているとみて間違いないだろうが、ログインしているサーバはほかにもあるはずだ」
「たしかSOは六カ国対応だったな。ひとつはサーバごと絶滅しているとして、クレハの所属するモスクワサーバも実質的に壊滅している状態だ。残っている可能性があるのはあと三つか」
「もしほかの海外サーバが生き残ってるとしたら、コンタクトをとるか?」
「いや、俺は・・・協力し合わないほうがいいと思う」
サーバが置かれているのは日本の他に韓国、ロシア、フランス、イギリス、北米と、全部で六つ。
ゲームクリアを最優先に考えるなら、他サーバのプレイヤーとは協力関係を築いたほうが無難だ。だが、目的が同じだからといって、必ずしも利害が一致するとは限らない。
相手の狙いがゲームクリアではなく、生存を第一に考えているようならリソースの奪い合いになるのは明らかだ。とくにHP成長の伸び悩みは今後、大きな足かせになる。
もし海外サーバの連中が接触してきた場合、俺たちはいったん攻略から手を引いて様子を探るのが得策だ。
仮に他のグループが攻略を進めるつもりなら、レベルを離されないようにしつつ、慎重にトラブルを避けるべきだ。
反対に向こうが協力的なときは疑ったほうがいい。表向きは友好を装いつつ、攻略を押しつけるつもりかもしれない。それで済めばいいが、下手すれば主力が街を離れたときに戦争を仕掛けられる可能性だってある。残存勢力がどれだけ残っているか、パワーバランスが重要になるだろう。
最大の懸念はいまだに誰が敵になるかわからないことだ。
協力し合えればプレイヤー側にとっては大幅な戦力UPになるが、これまでの状況から推察すれば、そこになんの落とし穴も用意されていないとは考えにくい。この先の展開を予測できる人間は数少ない。
公式サイトでは天空の城にいる《人に仇なす神》を倒すことがプレイヤーの目的であるとされているが、天空の城に行く方法は謎のままだ。それというのもGMとして手がかりを握っているはずの井嵜が口を割ろうとしないからだ。井嵜は雑魚を狩って地道なレベル上げをするべきだと繰り返すばかりで、俺たちが物語を進めることを恐れている。それは命懸けで攻略に挑む俺たちと、街に留まり身の安全が保たれている井嵜との意識の違いだろう。
だが、俺たちもβテストである程度の情報は集めている。おそらく各地に散らばるエリアBOSSを倒し、封印を解くことが鍵となるだろう。
「フィールドのどこかに死霊がいるはずだ。ウンディーネは死霊からコピーしたアビリティで倒す。レオンは街に残って身体を休めてくれ。この先、ALSだけでは倒せない敵がきっと出てくる。そんときには、またアンタの力が必要になる」
「ああ、無事を祈るよ、イーガン」
俺は拳を突き出し、イーガンと腕を交わした。
MMORPGでトップを目指すプレイヤーならば、誰でも自分の力で仲間を引っ張っていきたいという願望を持っている。だが、このゲームにおいて俺の力でみんなを引っ張っていける時代はもう終わろうとしているのかもしれない。だったら、それもいい。
部屋をあとにする怜悧な風貌の魔術師を見送って、俺はもう一度目を閉じた。




