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南側にわずかに残った個人工房から鉄を打つチントンというリズミカルな音が聞こえてくる。
ブラックスミスがアイテム作成を行っている音だ。
NPCショップが消滅し、アイテムの供給能力が著しく減少したため、ブラックスミスの連中は休みなしで働いている。
BOSS戦から一週間近くが経過したが、耐性アイテムや攪乱系アイテムなど装備の充実に加え、アビリティ開発もあと一歩のところまで迫っていた。デバッグが終われば、いよいよ実装だ。
周囲はそれなりに忙しそうだが、逆に俺のほうは気を遣われているのか、なにもやることがない。
フィールドに出ることも控えるよう忠告されているため、レベル上げや素材集めもできない。
暇なので街のなかを適当にぶらついていると、同じく暇そうな人間に声をかけられた。
「やあ、レオン。調子はどうだ。恋人がいなくなって寂しそうじゃないか」
オレアリアが俺の背を叩きながら話しかけてくる。届かないわけじゃないが、背の低い彼女には、肩の位置まで手が遠すぎるのだろう。
「まさか、ベルのことを言ってるんじゃないだろうな」
「うん? 違うのかな? お互い意識しあっているように見えたんだがね」
「ライバル心だろう。特に向こうからすれば」
「ふむ。実はさっきまで彼女と会ってたんだよ。新アビリティのテストプレイヤーとして頑張ってるみたいだったが、どうしてもノイズが解消できないらしい。開発が行き詰まってると言っていたよ」
「それが解決できないとどうなる?」
「使い続けると負荷が蓄積されていくから、それだけ脳に負担がかかるんだろう。AIのプログラムを人間の処理能力で再現するようなもんらしいからね。詳しいことが知りたければ、彼女に会ってきたまえ」
「遠慮しとく。オレアリアから伝えておいてくれ。使えればそれでいいとな」
「ノイズを抱えた戦闘する気かい? けっこう痛いらしいよ。鋭い針で脳を突き刺されたようだと言っていたな」
「ゲームの枠を超えたことをやるんだ。それくらいは甘んじて受けるさ」
「Mならばそれでいいかもな。しかし、そうなるとアビリティを使える人間にも優劣が出てくるね」
「俺はべつにMじゃ・・・」
「痛みへの耐性を持った人間ということだよ。考えてもみたまえ、命懸けの戦闘中だぞ。痛みをただ我慢すればいいわけじゃない。覚悟が必要だ。普段から痛みに耐えているような人間、もしくは心と身体を切り離すすべを持った技術をもった人間なら、耐性があるかもしれない」
「傷を抱えた人間のほうが強いと?」
「そうとまでは言わない。案外、そういう人間にも適性があるかもってことだよ。男より女のほうが痛みに強い、とかそんなレベルだよ。俗説の域を出ない仮定の話さ」
女性は出産の痛みに耐えるため、痛みに対して強いと聞いたことがある。オレアリアは微妙な相槌で答える。
「状況にもよるし、人にもよるだろう」
結局のところ、オレアリアの狂言回しに付き合わされただけなのかもしれない。
ふと前を見ると、群衆の合間から緑槍が一本、揺れながら動いているのが見えた。この街に残っているプレイヤーで槍を持っている人間はさほど多くない。
「暇そうな奴をもう一人見つけた。声をかけてくる」
俺はそう言って人ごみをかき分けた。幸い緑槍が目印となり、目当ての人物にはすぐに追いついた。
「レジアーネ。暇そうだな、ちょうど良かった」
俺が声を掛けると魔槍士と呼ばれるそいつは面倒くさそうに振り向いた。
「アンタさぁ、人の顔見るなり暇そうって・・・」
「レオン、そいつを仲間に加える気か?」
後から追いついてきたオレアリアが顔を合わせるなり小さく舌打ちをする。レジアーネもいつものような憎まれ口を叩くでもなく、挙動不審に視線をあさっての方向に向けている。
オレアリアが露骨に人を遠ざけるのも珍しい気がした。どちらかといえば癖の強い人間と付き合うのが得意なイメージだったが、レジアーネとは仲が悪いということだろうか。
「なんだ、顔見知りか?」
「レオン、そいつにPTプレイは無理だ。いないほうがいい」
「なんでだ? 今のPTでは俺が前に出たらお前を守る者がいなくなる。レジアーネがいれば欠点を補える。なにか問題があるのか」
魔法射程の短い治癒術士は前線寄りに位置せざるを得ないため、前衛が薄いときには攻撃の矢面に立たされやすい。
その分、魔術師よりHPも防御力も高いが弱点を補うには到底足りない。だからこそ、攻撃範囲が広く中衛というポジションに位置できる槍使いとは相性がいい。それくらいのことはオレアリアもわかっているはずだ。
「とにかく、そいつはなしだ。アビリティリンクのこともある。私たち三人で充分だろう」
すると、黙ってオレアリアの言葉を聞いていたレジアーネが怒ったように口を開いた。
「なんだよ、俺が力不足だって言いたいのかよ。ふざけんな、俺はこのゲームのなかじゃ一、二を争うレベルだぜ」
「お前がPKを重ねてこれたのは技量の差じゃない。命を軽んじているからに決まってる」
対するオレアリアの言葉はいつになく辛辣だ。ほとんど感情を剥き出しにしているようにも思える。
「そこのレオンだって同じなんじゃねぇのかよ」
「救いがたい馬鹿だな」
「ンだよっ!」
オレアリアとレジアーネが街頭で喧嘩をおっぱじめたおかげで、周りに野次馬が集まってきてしまう。
二人の間でなにがあったか知らないが、この相性の悪さではたしかにチームを組むわけにはいかない。俺はオレアリアの手を掴むと、さっさと野次馬の輪のなかから連れ出した。
アビリティ開発チームから、ALSの最終調整に立ち会ってもらいたいという連絡があったのは、この騒動から一夜明けたあとだった。
◇◇◇
開発ギルドの室内に一歩足を踏み入れると、いくつもの屍が横たわっていた。
徹夜作業で精魂尽き果てたチームメンバーだ。ALSのプログラムをわずか一週間で実用レベルまで組み上げるのは並大抵の技術力じゃない。TASメンバーで現在起動中なのは、リーダーのフックスとルカ、ディラックの三人だけになっている。テストプレイヤーとして参加しているはずのベルもこの場にはいないようだ。
「しかし、すごい光景だな」
俺が床を眺め回して呟くと、フックスは自慢げに髭をなでた。
「褒めてやってくれ。普通なら一千万円はもらえる仕事だ。たいした連中だったぜ」
「システムは使い物になると見ていいんだな」
「おう、バッチリだ。その代わりいくつか注意点がある。まずひとつはアビリティをリンクさせるのに数秒のタイムラグがあることだな。戦闘開始時間をできるだけ遅らせてくれ。リンクが完了すると、コピー元の能力を97%まで再現できる。残り3%はテクで埋めてくれ」
そう言うと、フックスは部屋の中央の机から小さな種を拾い上げた。
「こいつがALSだ。アローンを欺くためにシードに偽装してある。中身もバッチリ迷彩を施してあるが、それでも十中八九、向こうも対抗ワクチンを打ち出してくる。いくらALSが優秀でもバッグアップがなけりゃ、すぐに効力が途切れるから、戦闘が終わったら必ずログを送信してくれ。こっちのほうでもAIを監視する。覗かれてばかりじゃ不公平だからな」
「戦闘ログの送信はどうやる? 俺にはC言語なんてわからん」
「みっちり鍛えてやるから心配すんな。良かったな今日から覚えられるぞ。社会に出たらプログラマーとして食っていける」
俺はフックスに渡されたシードをまじまじと見つめる。見た目は乾燥した梅干の種とよく似ている。この世界には味覚がないから、酸っぱい思いをすることだけはないだろうが。
試作品だからだろう。その数、全部で四つ。
「四つ?」
俺の呟きに疑問符を感じ取ったか、フックスがわけを答える。
「四人PTだろ。まあ、増えるんなら言ってくれ。基本はできてるから種を増やすこと自体は簡単だ。問題はバックアップ側の人手不足が深刻だってことだ。ご覧の有様だしな」
フックスは眉間にしわを寄せ、倒れ伏した男たちを指し示す。
だが、それよりも俺は昨日のレジアーネとオレアリアが喧嘩したときのことを思い出していた。
「PT人数は三人だ。ひとり減った」
そのことを告げるとフックスは口をへの字に曲げて、さらに眉をひそめた。
「プレイヤーキラーと治癒術士ギルドのトップが知り合い? 真逆の組み合わせじゃねぇか」
「ともかく、あの二人は同じPTには入れられない。まあ、オレアリアが抜けると言い出さないだけでも良かったよ」
「だな。じゃあ、オレアリアとアヤカにはお前から渡しといてやってくれ。後の調整は遠隔でやる。戦闘ログを送るのを忘れんなよ」
フックスから種を受け取ると、俺はギルドを後にした。今から使うのが待ち遠しい。
俺は早速コールで二人を呼び出し、ALSの完成を伝えた。
すると実地で試したいとアヤカが言い出し、オレアリアもそれに賛成した。もちろん、俺に異論はない。
南門に集まり、二人に使い方を説明する。手渡された種を見てアヤカが感心したように言う。
「これがALSシードですか。もっと機械っぽいものを想像してました」
「中身は高密度のウィルスプログラムだ。そこいらの機械よりよっぽどハイテクだ」
「飲むんですよね、これ?」
ウィルスと聞いて、アヤカが引き気味になる。俺は心配ないことを示すために自分から飲んでみせる。
「レオン、なにか変化はあるかい?」
オレアリアが横から尋ねてくる。
「ああ。すごいな、これは」
「どうしたんですか?」
「服が透けて見える」
「っ!? だから、そういうセクハラは」
「嘘だと思うなら確かめてみろ」
俺がアヤカの全身を上から下まで眺め回してやると、アヤカは身体を杖で隠しながら種を飲み込んだ。
「・・・なんにも起こらないじゃないですか」
「えらいえらい。よく飲めましたー」
素の反応を見せるアヤカをオレアリアがからかうように拍手をする。
「もうっ、さっさと行きますよ!」
ようやくハメられたことに気づいて、アヤカはすっかりむくれた様子で南門を出ていき、俺たちは苦笑しながらその後を追いかけた。
キラービーとの戦闘では、てんとう虫のブローチ《効果:即死耐性》が必須だ。
数が少ないので使いまわしているが、南フィールドの攻略が進めば、そのうち素材が手に入るかもしれない。
一番厄介な攻撃はもちろん即死効果だが、それ以外にも、すぐ仲間を呼ぶ、AGIが異常に高いという性質を持っている。
攻撃力は高くないが、一撃ごとに死の確率がつきまとうのだから、注意しなければならないのは、むしろ攻撃回数の多さだ。
俺は40m先にキラービーが二匹いるのを発見し、二人に合図を送る。
「二匹か。戦闘開始を遅らせる。一旦下がるぞ」
すると、アヤカが声を潜めて答えた。
「出鼻をくじけばいいわけですよね」
アヤカが杖を掲げ、詠唱をはじめる。詠唱時間の消化は一瞬。ほかのパラメーターを無視して鍛え上げたAGIとDEXの効果だ。完成した土属性の魔法弾が40m先の蜂一匹をショットガンのように吹き飛ばす。
アヤカはすでにキャンセルを実行、術後硬直を解いての連続詠唱に突入している。攻撃を感知して超高速接近してきたもう一匹のキラービーに対して勘を頼りに拘束魔法の網を張る。初級拘束魔法は射程の短い展開型だ。飛び込んできた敵が不可視の網に触れると発動する。
ゆえに網を張る位置どりが重要なのだが、アヤカの場合、目標を補足してからトリガーを引くまでの時間が恐ろしく短い。
拘束魔法は見事に蜂を捉え、敵戦力の分断に成功する。
魔法は決定力を担う殲滅用の一打という既存のイメージと決別し、先制制圧攻撃に特化している。
与えたダメージはそれほど多くないが、出鼻をくじくには充分なようだ。おかげでリンクするための時間は稼げた。
ラーニングアビリティ《加速》
ラーニングアビリティ《即死効果》
キラービーからのラーニングは二種類。そのうち《加速》を選択し、実行。
世界が一瞬にして水中に潜ったような景色に切り替わる。
同時に脳に電気針を刺されたような鋭い痛みが走るが、恩恵は絶大だ。
周囲の景色がはっきりと遅れを見せ始め、キラービーの動きがはっきりと眼で追えるようになる。
青色のレンズをかけたように、目に映る全てが青みがかり、そのなかをキラービーがいつもよりゆっくりとした速度で直進してくる。
俺は相対速度を意識しながら側面に回り込むように動く。
《加速》によるGの変化はほとんど感じられない。ほんの少し重たい感じがする程度だ。
そして、スローになった世界で見るとキラービーの機動は「雑」の一言に尽きた。
俺が横に動いたにも関わらず、キラービーは直前まで俺がいた位置に直進している。
実際の速度はキラービーのほうが速いはずだが、敵の動きを予測する能力がないせいで行動がストップ&ゴーの繰り返しだ。
このエリアに自分たちと同じ速度で動ける存在がいること自体、まったくの想定外なのだろう。
俺は背後に回ると同時に、動きが止まったような蜂の背中に捻くれた剣を突き刺す。
《即死効果》のほうは発動させなかったが、攻撃力700のヴァージニティーピアサーによる一撃はオーバーキルを起こした。
18人がかりで一匹を仕留めるのがやっとだったキラービーをわずか三人PTで撃墜に成功する。
ALSは期待以上の効果を上げてくれそうだ。




