第五章 支配
「ひどい有様ね」
二人きりで川沿いのベンチに腰掛けていると、隣に座っていたベルが対岸の光景を見つめ、ため息をもらした。
これまでの経緯から、まるっきり期待もしていなかったが、防戦イベントのあと獲得アイテムを調べてみると、今までの素材不足を一気に解消できるほどの大量のアイテムが、インベントリに収められていたことが判明した。装備品のランク引き上げや念願だった耐性アイテムの作成もでき、戦略の裾野を広げることにもつながる。
しかし、それを知っていてもなお隣に腰掛けるベルの表情は浮かない。
視線を前へ戻せば、河向こうに見えるのは廃墟と化したヴァネサリア市街。
崩壊した城壁、爪跡の刻まれた街路、原型を留めない建築物、そして今なお街のなかを徘徊する無数のゴブリン。
先の攻防戦によって街の大部分はMOBの巣窟に様変わりし、東門、北門、西門の三つは通行不能となった。さらに悪いことに街の北側ではNPCが消滅したとの情報もある。MOBの攻撃対象ではないはずのNPCがなぜ消滅したのか、詳細は不明だがこれでスキルショップ出現の望みは断たれた。
大量発生したゴブリンはノンアクティブ状態へと移行し、こちらから近づかない限り襲ってくることはなくなったが、それでも街の北半分は立ち入ることが許されない不可侵領域に変わった。下手に刺激すれば再び侵攻が繰り返されるおそれがあり、この先しばらくの間、攻略可能ルートは南側フィールドに限定されることになった。
それは即死攻撃スキルを持ったキラービーと戦わなければならないことを意味する。
俯き気味だったベルは顔を上げ、俺の目をじっと見つめてから、話を切り出した。
「私、PTを抜けるわ」
俺はどう答えるべきか迷った。街は大きく変わり始めている。そうなれば当然、人の流れも変わり、出会いと別れも生まれる。ベルをつなぎとめておく理由はそもそもなかった。
「・・・強くなったじゃないか」
「私が?」
よほど予想から外れる答えだったのか、ベルはキョトンとした顔になる。
「あなたよりは強くないわ。それじゃ意味がないの」
なぜ、とは問わない。
思い返せば、魔導書庫攻略の際、俺がヴァージニティピアサーを手にするのを見たときのベルの反応は不自然だった。
俺がどんどん強くなっていくのを、黙って見過ごせなかったのだろう。
おそらくベルはリーゼの死の理由を知ってしまった。後から真相に気がついたのか、女の勘というやつなのか、はっきりとはわからないが、かなり確信に近いところまで上り詰めたのだろう。
もしベルが敵討ちを狙っていたなら、自分よりレベルも装備の質も高い相手を殺すには不意打ちだけでは難しい。だから俺と行動を共にすることによって、同じくらい強くなろうと考えたはずだ。
そして自分が命を狙っていることを相手に気づかせるわけにはいかなかった。なにも知らないふうに演技していたのを、どうして今になって突然やめたのか、俺にはベルが理屈抜きに行動しているように思えてならない。
「私はこの世界では浮いてるんだわ。少しだけ、みんなとは気持ちが合わないの」
彼女は俺の反応を気にする様子もなく、淡々と話し始めた。
「行動の基準っていうのかな。私には、みんなが生き死にをサイコロで決め合っているように見える。善悪がわからないから、とりあえず賽の目で決めよう、みたいな。最初はそれもロールプレイなんだと思ってた」
ベルはPTのなかではとくに経験が浅い。知り合いをなくし、頼れる知り合いもいないままネットゲームでの人間関係にさらされて戸惑っているのかもしれない。この世界とは相容れないままの視点を持つがゆえに、気がつくことがあるのかもしれない。
「今の状況は巨大隕石が衝突した後の地球みたい。恐竜が滅びて、新しい地上の支配者を待つ時代へと突入した時代の」
「新しい、支配者?」
「そう。環境の変化で大量絶滅が起こったけど、もともと人類の祖先は隕石衝突に備えて進化してきたわけじゃないわ。たまたま環境に適応して生き残っただけ。それはどんな進化も結局は幸運に左右されるってことよね。賽を振ってランダムに決定されるみたいに。・・・プログラムがヒトの手を離れて進化してるっていうけど、私にはあなたたち自身が、この環境に適応するために急激に進化していってるように思える。好運と力量を備えた支配者を選ぶための、まるで幼年期の・・・」
ふと思いを止めたようにベルが口をつぐむ。憶測は人を惑わす。それ以上のことは語る気が起きないのだろう。
「お前はどうするんだ、ベル?」
「周りの人たちはなんか新しいことやろうとしてるみたいだし、私もそれに参加してみる。レオン、これだけは覚えておいて。私はあなたを許すつもりはないわ。あなたは多くの人を犠牲にしてきた。けど、同時に希望の光でもある。それを背負うことが、あなたに与えられた唯一の役割よ」
かつて俺がキープレイヤーなると予言したのは先代のGOEマスター、謙信だった。その遺言をイーガンが引き継ぎ、今では街の連中はほぼ全員が俺をキープレイヤーと認めてくれている。
そして現在、街では生き残りを懸けた能力開発に注力している。
NPC消滅により、スキル拡張の道がなくなったことを受けて、スキルに代わる能力を模索することが優先課題となり、その試みの一つとして敵の能力の二次的な利用が提案された。特別な差はないがスキルとは区別してアビリティと呼ばれている。
井嵜のマスター権限を利用し戦闘ログを閲覧、解析し、暗号化されたMOBの情報コードを取得。仮想エミュレータを使って敵のアビリティをコピーし、対象を変更して実行。それまで考えもしなかった夢のような話だが、それに近いことをやらなければ、どのみち攻略は不可能だ。
「でもアビリティ開発なんて本当に可能なのかしら。それができるくらいなら、ログアウトだって可能になるんじゃない?」
「それも真っ先に確認したさ。だが、外部からやっても無理なくらいだ。相当強固にプロテクトされている。アビリティ開発のほうがまだ現実味があるらしい。そっちのほうは数学的合理性さえ伴っていれば可能なんだとさ。ようするに無茶苦茶はできないってことだろうな」
俺はそれだけ言って立ち上がった。
どうせ狭い街のなかだし、いずれまた顔を合わせるだろうが、ベルとはここでお別れだ。
俺たちは互いに手を振ることもなく、それぞれの方向へ歩き出した。
◇◇◇
BOSS攻略後に開かれた作戦会議では今後の方針が決定され、新たに3つのギルドが創設された。
血盟工廠のなかでも特に資質の高いものを集めたアビリティ開発集団『TAS』
フィールド上に探索網を張ることでMOBの襲来に備える情報機関『アイギス』
今後必須とされるアイテム群やクラスの調整を担う戦略開発チーム『ミネルヴァ』
これらはギルド制度を利用するために作られた専門開発部署であり、ギルドチャットや共同倉庫の利用など、各部署内で行い専門性を高めるのが目的だ。
これにより、俺のPTの戦力はそれぞれの部署に引き抜かれた。
『アイギス』隊長にガゼルが就任し、『ミネルヴァ』へはホセイが出向中。そしてベルが抜ければ残るのは俺とアヤカ、オレアリアだけになる。
作戦会議は今なお継続中だ。議場に専門用語が飛び交い、門外漢は必要ないと判断されてしばらく休憩をとることになったのだが、そろそろ結論に達する頃合いだろう。俺は新しい作戦本部となったギルドハウスに戻ることにした。
扉を開けて室内に入ると、激しくテーブルを叩く音が聞こえた。
「断固反対だ!」
気勢をあげているのはアビリティ開発集団の一人、ディラックだ。
俺はイーガンの隣へ行き、ひととおり会議内容の説明を受ける。その間にも喧々諤々の議論が交わされ、室内は静寂とは縁遠い状態だ。
アビリティ開発には時間がかかる。そのためには方針をひとつに決め、集中的に時間と労力を注ぎ込まなければならないのだが、なかなか意見が一致しない。制限されたなかでアビリティを強化すればするほど、難易度が上がり開発が遅れる。一筋縄ではいかないらしい。
基本能力の向上は最優先課題の一つだが、魔導書庫で出会ったように、MOBのなかには常套手段だけでは倒せそうもないものもいる。物理攻撃も魔法も弾き返すような相手にどうやって対抗するか。敵の攻撃無効化アビリティを打ち消す手段が必要だ。
その解決策の一つとして、もっとも有効とうたわれるのがALSだ。
「ALS?」
「俺は鵜呑みにするだけだが、開発屋が言うには敵とリンクすることで対象の能力にアクセスする仕組みらしい。開発は難しいが、後々まで応用が効く、と。ルカの解析能力を借りられれば、実現可能だと思う。俺にはあの子が本物の魔法使いに見えるよ」
「まさか、ルカをフィールドに連れ出すのか?」
「開発屋はその気だ。兄貴のほうはルカが戦場に連れ出されるのを渋ってるみたいだが、アンタのほうでマコトと話し合っておいてくれ」
「嫌な役回りだな。ところであの生意気そうな槍使いはどうしてる?」
「レジアーネのことか。奴がどうかしたか?」
「ベルがPTから抜ける。代わりに中衛に使えるキャラが欲しい」
頭越しに議論が炸裂するなか、内政を取り仕切るイーガンとひそひそ話を進め、会議内容を一通りまとめる。
今後行われるALS開発の流れは、ラーニング→暗号解析→プログラムの組みあげ→テストプレイヤーによる試験操作→デバッグ→アビリティ実装という順に進んでいく予定だ。
それだけ確認すると、会議は再び専門性の高い内容に進んでいった。もはや日本語らしきものは、たまにしか聞き取れない。俺の隣で会議の様子を眺めているイーガンも内容まではちゃんと把握していないだろう。
こうなったら俺にできることはなにもない。戻ってきて早々に退室する俺をイーガンが恨めしそうに見送っていた。
ALSの詳述については後ほど。




