12
地下通路脱出の際、しぶとく生き残っていたホセイを回収し、俺たちは地上へと上がった。
その矢先、眩しい光とともに小柄な影が襲いかかってきた。暗闇に順応していた瞳は相手を捉えていなかったが、身体は敏感に反応した。
手応えを感じると同時にクリーチャー特有の絶叫が鼓膜に響く。その叫び声で刺した相手がゴブリンだと気がつく。
「MOBが街に入ってきてる? まさか壁が崩れたの?」
背後に立つベルの声が聞こえる。
ゴブリンの爪が俺の肩口にかすっていたが、相打ちで突き刺したヴァージニティは圧倒的攻撃力でゴブリンを一撃のうちに葬っていた。
だが、喜んでもいられないようだ。
城壁を失った街は今や視界に収まるだけで何百という数のゴブリンが侵入し陥落寸前になっていた。あちこちで建物が崩れる轟音と絶叫が響いている。
「6時間は猶予があると思っていたが、違ったのか」
俺が呟く横でオレアリアがイーガンへの通信を試みる。
その間にもベルが東の方向を指差し、叫ぶ。
「レオン、見て。アレのせいだわ」
ベルが指を向けた方向には街のなかでも一際目を見張る巨大建築、マルコ大聖堂がある。
だが、今はその建物のすぐ近くに見慣れない巨大な怪物が蠢いていた。姿形はゴブリンと深海生物を掛け合わせたようなグロテスクな外見だが、その巨大さは大聖堂と肩を並べるほどだ。
「アイツはなんなんだ? BOSSなのか」
「レオン、イーガンと合流しよう。奴は河を挟んだ南側に退避して指揮をとっているそうだ」
おそらく状況の変化が激しすぎるせいで通信できる余裕がなかったのだろう。
ここからもっとも近い中央橋は素材確保のために破壊されているらしく、俺たちは迂回して小さな木造橋へ向かった。
その橋の真ん中では緑槍を携えた魔剣士がただ一人敵の前に立ち、押し寄せる敵を圧倒していた。治癒術士たちから強力な支援を受けているのだろう。降り止まないアシッドレインによって、立っているだけで刻一刻とHPが奪われていく状況下、辺り一面を屍山血河に変えて敵の侵攻を食い止めていた。
彼が立つ橋の向こう側には前線から撤退してきたと思しき数百人のプレイヤーたちがいる。
俺たちが橋にたどり着くと、そいつが叫んだ。
「今頃のこのこ来やがって、さっさと渡れ!」
俺たちは頷き、急いで橋を駆け抜ける。
後を追うように迫っていたゴブリンは槍使いによって串刺しにされ河に突き落とされていった。
名は知らないが、恐らくプレイヤーキラーの一人なのだろう。レベルは俺と同等かそれ以上のはずだ。
橋を渡りきると、部隊長に指示を出しているイーガンの姿を見つけた。
「戻ってきたか、レオン」
合流するや、イーガンは俺たちが地下に潜ってから現在に到るまでの状況をまくし立てた。
街のすぐそばでモブの異常湧出が起こったため、予想より早く敵が攻めてきたこと。
東城壁は例のBOSSによって破壊され、そこから一万匹を超える数のゴブリンがなだれ込んできたこと。
BOSSは限りなく不死に近い特性を持っていること。。
「現時点で確保できたのは街の南側だけだ。今では北と西もMOBの巣窟だ。正直言って、打つ手がない」
ヴァネサリアは街の下半分を運河が流れており、城壁が崩れた今、この河が最終防衛ラインとなっている。
いずれにしろ、あの巨大BOSSを倒さなければ残った南地区も徹底的に破壊されるだろう。
俺は万策尽きたと告げるイーガンの前にゲーム開発者である井嵜を引きずり出した。
「俺たちが生き残るには、こいつの知識が必要だ」
できれば会話は聞かれたくない。俺たちは自然と声を潜める格好になった。
「何者だ? いや、詳しいことは後で聞こう。今、役に立つことは?」
井嵜は地下を脱出してからも依然として廃人同様の気配だったが、言語能力にはそれほど支障がないようだった。
妄想に囚われてはいても、考える力は残っている。
「あんなクリーチャーは設計してない・・・。たぶん、自律進化だ・・・」
「進化だと? プログラムが?」
当然かもしれないが、イーガンは井嵜の言葉がすぐには信じられないでいるらしい。
「イーガン、こいつの言うことはたぶん本当だ。井嵜、あれを倒す方法はないのか?」
俺の詰問に井嵜は少しの間、頭を悩ませる。すぐには方法が思い浮かばないのだろう。それでも、井嵜は降りしきる雨を見上げ、呟いた。
「・・・オーバーフロー」
井嵜の呟きはこの降雨現象と関係しているのだろうか。井嵜は手のひらに熱い雨を受けながら、少しずつ言葉を紡いでいく。
「・・・ドレインレインなんだ。対象のHPを奪う無差別広範囲攻撃・・・」
「さっきから何を言おうとしている? 順序を繋げて話せ」
要領を得ない話し方に苛立ちが募るのか、イーガンがしびれを切らしたように言う。状況は逼迫しているのだ。たしかに一刻の猶予もない。俺自身も焦る気持ちを抱えながら井嵜の言葉の続きを待った。
「・・・HPドレインは回復とは違う。オーバーフローが起こる・・・255回を超えると、カウンターがリセットされる」
「この雨が無差別にHPを奪ってBOSSに供給してるっていうのか。つまり、雨を止めればいいと?」
「止めることは・・・難しい。・・・だから、オーバーフローダメージで相殺する」
井嵜の説明を待たずして、俺たちは部隊に指示を出した。
ここまで聞けば、井嵜の言わんとすることはわかる。
まず編成を変え、MPを残している魔術師を集めさせた。魔術師隊のリーダーはアヤカが務める。
必要なのは支援魔法だ。
魔術師Lv1から使えるアタックブーストは効果時間中、攻撃力を1.5倍にする。
公式には効果は累積しないことになっているが、井嵜によればアタックブーストでもオーバーフローは起こせるという。
一度のオーバーフローに必要とされる回数は256回。
そのうち255回はカウントを満たすだけに掛けられる無駄打ちだ。普通なら255回分のMPを無駄にするくらいなら直接攻撃に回してしまったほうが効率がいいが、BOSS相手では常識が異なる。
クジラと呼ばれるBOSSの特性はオーバーフローを利用した過剰再生にある。最大HPに関係なく、吸収した分だけHPが加算されるのだ。この分厚いHPの壁を打ち破るには一回の攻撃で限界無視の大ダメージを叩き出し、回復インターバルを断ち切らなければならない。最初に1.5倍された攻撃力が一回のオーバーフローでさらに1.5倍され、次のオーバーフローでさらに1.5倍。これを延々繰り返していけば指数関数的に数値が上昇していき、理論的には無限に攻撃力を上げられる。
「アヤカ、今のMP残量で何回分のオーバーフローが起こせる?」
「魔術師は全部で1465人いますけど、総攻撃でMPをほとんど使い果たしてます。魔法を使えるのは一人当たり、多くても一発か二発。三発目が撃てるプレイヤーになると全体の約1/4くらいです。ざっと計算しておおよそ2450発。オーバーフローでしたっけ? 2450を255で割って・・・9回。それってどれくらいのダメージになるんですか?」
俺の攻撃力はヴァジニティピアサーのおかげで大きく上昇している。とはいえ、1.5の9乗倍のブーストをかけてもようやく10000を越す程度だ。どんなにレア装備に身を包んでも、これだけの攻撃力を得ることは不可能だろうが、クジラを殺るには全く足りてない。
「せいぜいゲージを1/100減らせる程度か。奴にとっちゃゴミみたいなもんだな。まだ普通に攻撃したほうがマシなくらいだ」
「とはいえ、一斉攻撃で倒しきれないのは証明済みなんだ。アンタが戻ってくる前に散々試した。こうなるとわかってたら温存しておいたんだが、下策をやっちまった。俺の判断ミスだ」
「こうして街の南側を死守できただけでも、よくやってくれてるさ。とはいえ、それも時間の問題か」
俺たちが話している間にもクジラは街を破壊の渦に飲み込み、大部分は瓦礫の山と化している。その周りではゴブリンが跋扈し、こちらは侵入を防ぐだけで手一杯。
頭を抱える俺たちに声が投げかけられたのは、まさにそのときだった。
「魔術師を揃えられれば、みんな助かるんだな?」
「ネシェル・・・、そうか、まだ残ってる部隊があったな。連中のMPなら回復済みか。だが、連中は河向こうに残してきた。どうやって心が折れた連中を外に引きずり出す?」
作戦会議に割り込んできたのは、イーガンに部隊長を任されていた男のようだった。事情を聞けば、彼の部隊は戦闘恐怖症とでもいうべき状態に陥り、まともに剣を握ることすらできないらしい。井嵜と似たようなものだろうか。
悪いことに彼らは部屋に引きこもった挙句、敵のいる向こう岸の宿に取り残されているらしい。
河の向こう側は次々と建物が破壊され、一歩外へ出ればたちまちゴブリンに囲まれる状況だ。戦っても戦わなくても、取り残されたプレイヤーはもう助かる望みはないだろう。
「もう一度、チャットで説得してみる。それでもアイツらが協力を拒むなら、そのときはレオン、お前とお前の仲間たちでここにいるプレイヤーを残らずPKしてくれ」
「どういう結論だ? 話が見えないんだが」
「極端なのはわかってるさ。だが、このまま待っていても死ぬのは確実だ。現実の死となるかはわからないが、どうせ死ぬならAIなんかじゃなく、人の手にかかって死にたい。俺たちをPKした後のレベルなら街の外でも生きていけるはずだ。ゲームクリアはアンタらに任せる」
ネシェルの提案はプレイヤーの総意というわけではないのだろうが、恐らくチャットを通じて少なくない数のプレイヤーが同意しているのだろう。PKされたほうがマシというのは、ひどく不思議な感じがするが、現実ではありえない選択が意味を持つのもゲームならではだ。
「十五分だけ説得にあたらせてくれ。それでダメなら諦める」
本当いうと命が惜しいからな、とネシェルは本音を告げて俺たちに背を向けた。
理にかなう見方をするなら命懸けの説得をすることで、相手の心を決めさせるのが狙いなのかもしれない。
連絡を待つ間、俺はまだ崩されていない南塔に昇り、BOSSの動きを観察していた。ここからでも東城壁から街の中心部にかけてローラーで押し潰したように破壊の道が広がっているのが見える。
BOSSがまっすぐ俺たちのほうへやってこないのは、奴の攻撃対象が街そのものだからだろう。あれほどの巨体となると俺たちの存在は眼中にも入らないらしい。目に付く建造物をその巨体で片っ端からなぎ倒していく。通り道は地面が陥没し、地響きを立てながら連鎖的に周囲の建物が倒壊していく。
一振りで東塔をへし折ったという太い尾が大聖堂の横腹に叩きつけられる。激しい振動が大地を揺さぶる。
「レオン、時間だ。剣を抜いてくれ」
イーガンが時間を知らせてくると同時、街の中央に残された宿の屋根に魔術師たちが姿を現した。彼らはすでに詠唱状態に入っており、ネシェルと彼の仲間が詠唱中の魔術師たちを敵から護るために戦っているのが見える。
「支援を送る。しっかり構えていてくれ」
ネシェルは説得の大役を果たせたようだ。おかげで勝利の望みが見えてきた。
支援魔法は誘導型だ。プレイヤーを指定すれば動き回っていても魔法が届く。俺はBOSSに近づいていくために城壁の上を走り出した。
高く掲げた剣に向かって街のあちこちから山吹色のエフェクトが飛来する。光が集約されていく。
一斉に重ね掛けされた約二千発の支援は瞬く間に7連続のオーバーフロー現象を引き起こし、爆発的に威力が増大するのが手応えとして感じられた。
密度が高まったことによって、エフェクトが一段と強い輝きへと変化し、処理速度の低下が剣を重く感じさせる。
7回のオーバーフローによって得たATK値はわずか7973。この値は指数関数的に増加していくから、オーバーフローを繰り返すごとに飛躍的に上昇する。
間を置かず唱えられた二度目の支援によって、光を集めた刀身が目も眩むような黄金色へ変化する。
そして第三波。輪郭が見えなくなるほどの輝きが剣を包む。流星を一カ所に集めたような神々しい輝きを放ち、ATK150万超えの絶大な威力を秘めた剣へと変貌させる。情報処理が追いつかなくなっているのか、数値の増大に伴って空間が歪曲し、剣が燃えるように熱くなっている。
俺は魔剣士Lv7スキル《エクステンション》を発動させる。
たった一撃でBOSSを屠れる驚異の威力を身に宿す剣をさらにスキルで底上げし、攻撃力が一気に300万超えへと到達する。
さらに俺の攻撃は辻斬りのスキルによって初回攻撃時に25%ダメージが加算される。
AIにも本能的危機のようなものがあるのか、BOSSの眼が俺を捉え、敵意にたぎった雄叫びをあげる。鈍重だった動きは力を蓄えた俊敏な躍動へと変化し、俺をめがけて大重量の突進をぶちかました。BOSSが河に迫ろうとする直前、俺は奴の頭を越えるように大跳躍し、空中へ躍り出る。
処理遅れのエフェクト光がジェット雲のように空に光跡を描いていく。
全身全霊を込めた一撃を延髄に突き立てた。岩盤を砕くような手応えは一瞬。剣は飲まれるようにしてBOSSの外皮を貫いていく。
激しいライトエフェクトを散らしながら、もの凄い勢いでクジラのHPを喰らっていく。
クジラが雄叫びをあげながら巨体を暴れさせ、俺は振り落とされないように必死に剣の柄を握り込んだ。
敵味方無差別にHPを奪い取っていたドレインレインが一瞬大粒の雨へと変化し、そして夕立の雨上がりのごとく唐突に止んだ。
BOSSの身体が真っ黒な炎に焼かれながら崩れ落ちる。
再生は始まらず、その代わり高らかなファンファーレが街中に響き渡った。
レオン:魔剣士Lv11
獲得称号【アルティメット・スター】効果:STR増加。
獲得条件 TOTALダメージ100万突破。
新たな獲得スキルなし。
構想は以前から出来上がっていたのに、実際に書いてみるとちっともイメージ通りにならない。
本当はBOSSは不死設定にする予定で、それを設定上不可能な一撃でBOSSをバグによって自壊させるという攻略法にするつもりでしたが、プログラム知識がないせいでどうにも上手く書けません。
勉強して後で書き直せればいいなと思います。
次から新しい章に突入します。
街がなくなってスキルシステムも新しいものに変わります。




