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11 地上パート

何度か書き直していたので投稿が遅くなりました。

次回もしばらくかかると思います。


人が落ちていく。

小隊長を任せていた男だった。

壁を登ってきたゴブリンを突き落とそうとして、身を乗り出しすぎたのがいけなかった。ゴブリンは槍で串刺しにされながらも、持ち前の生命力でそのまま相手の腕を掴み、自分もろとも地面に落ちていった。


ゴブリンが下敷きになったせいか、落ちた剣士はまだゲージの半分近くライフを残していたが、ゴブリンの群れに取り囲まれ、両腕を押さえ込まれてしまった。そのまま、両腕をぎりぎりと引きちぎられていく。

「ああっ・・・!」

太ももを鋭い乱杭歯で噛み付かれ、四肢を完全に潰されてしまう。もはや這って逃げることさえもできない。

「ぎゃあっ、痛ぇ、痛ぇよ、ちくしょう!」

戦闘不能に陥ったプレイヤーを複数のゴブリンが噛み付き攻撃で止めを刺していく。

HPが尽きるまでは意識を遮断することもできず、フィードバッグする激痛から逃れるすべはない。猛烈な酸の雨が皮膚を焼き、胴体を生きながら貪り喰われていく様はバーチャルとはいえ正視に耐えない光景だ。


「あっ、ぎゃぁ! やめろっ、喰うなっ・・・!」

地面に落ちてから数分間、戻ることの叶わない高い壁を見上げたまま、ひたすら苦痛の叫び声を上げて彼は息絶えた。

悲痛の叫びはいまや、あちこちで上がっていた。押し込めきれずに城壁を乗り越えてきたゴブリン一匹に対して、十数人の犠牲を出したり、ゴーレムによる壁の破壊で外壁の一部を崩されてしまったりと、受身な状況が続いている。


壁際の攻防は重要な局面に突入していた。

ゴブリンの本隊が見えたという報告はつい先ほどもたらされた。交戦中の第一陣と合流すれば、総数一万余を越えて防衛側の人数を大きく上回る。

ただでさえ、防衛側に余裕はないのだ。

長い爪を石積みの隙間に食い込ませて壁をよじ登ってくるゴブリンに対して、防衛側の人数は少なすぎた。

守備隊はもっとも攻撃の集中している東側に2000を集め、残りの三方を700ずつの兵で守っている。

戦闘中の兵数およそ4100。600人を工兵に回し、残り1500は予備兵力。とはいえ、この予備兵は即座に投入可能な部隊ではない。


なぜなら、この隊は戦端を切った当時、最前線に投入された者たちだからだ。

攻防に突入してからわずか一時間でHP、MPの両方を著しく消耗し、回復のため後方に下がらせ、500名ごとに順次スリープ状態に向かわせていた。目的はHP&MPの補給。スリープ中はよほどのことがない限り、設定した時間になるまで目覚めない。

全回復に必要な時間はおよそ四時間。

そろそろ最初の休息を終えた部隊が戦線に復帰する頃合いだ。現在、最前線に立っているメンバーはMPを使い果たし、攻撃は純粋な物理打撃と罠に頼っている状態だ。回復に至っては比較的攻撃の薄い西側の治癒術師部隊との流動性を確保することでなんとかHPを保っている。


「くそっ、交代の部隊はまだか」

イーガンは前線の戦いを見守りながら、今か今かと交代要員の登場を待ちわびる。皆、必死に戦っている。采配を振るうばかりで実戦の場に立てない自分がもどかしい。

「来い、来い、早く・・・!」

イーガンは指揮に立つ東塔から雨の降りしきる空を見上げながら、いつの間にか祈りを唱えていた。

そのとき、塔の階段を上ってくる足音が聞こえた。

「イーガン、遅くなってすまない」

その言葉を聞いたとき、イーガンは祈りが通じたのかと一瞬思いこんでしまった。

次の瞬間、希望は絶望に変わる。声の主は部隊長ネシェルだった。彼には1500の予備兵を預けてある。ネシェルは言った。


「交代が・・・来ない・・・?」

「すまない、イーガン。部屋の外から何度も呼びかけたんだが、もう戦えないの一点張りだ。足がすくんで身体がいうことを聞いてくれないと、それしか言わない。部屋から引きずり出しても、おそらく役に立たないだろう」

「前線は限界だ。今すぐ、戦力を補充しないと崩壊する」

「すまない、本当にすまない」

ネシェルは何度も頭を下げるが、これは彼の責任ではない。

命を預けられるほどの信頼はいくつもの実戦と長い訓練期間を経てようやく得られるものだ。

急造の軍隊で部下を掌握するのはそもそも無理な話だった。

「戦場から遠ざけたのは俺の判断ミスだ。危険から引き離れたことで現実に引き戻されたな。俺は数字に囚われすぎて、人の心が見えていなかった」

今更悔やんでも、状況は良くならない。次に交代に入る予定だった部隊は、敵の攻撃が少ない方面に回し、自然回復に任すしかない。とはいえ回復系スキルがない以上、戦闘中の全回復は見込めない。文字通りの意味で気休めにしか

ならない。


工兵を指揮していたフックスが現場からコールを掛けてきた。

街の中心近くにある石橋を破壊し、現在はその瓦礫を使って内側から壁の修理を行なっているところだ。

状況を話すと、さすがのフックスも絶句した。

「こっちもギリギリだが、そっちへ兵隊を送ったほうがいいか?」

フックスの下には鍛冶職人たちが集っているが、サブキャラクターにチェンジすれば即席の魔術師や騎士になれる。

だが、大事なのは城壁上で戦う兵士よりも壁そのものなのだ。

「工兵の数は減らせない。壁の維持を優先してくれ」

「わかった。そっちもなんとか凌げよ」

状況は刻一刻と悪くなっている。懸念したとおり、MPの消費速度が著しい。どれだけ温存するように指示を出しても、迫ってくるゴブリンたちの圧力に抗しきれずに、魔法に頼ってしまう。

時間はすでに五時間が過ぎていた。

すでに空は白み始めている。



開きっぱなしのギルドチャットを通じて、いくつもの情報が交錯する。

『毒を食らった! 猛毒だ、回復してくれっ』

『くそっ、そっちもか。まずい、こっちはMP切れる!』

魔術師のMP切れにより否応なしに接近戦が増えたため、人的被害は増え続ける一方だった。回復に専念する治癒術士はさっきから大忙しだ。全体に対して数が少ないため、ひっきりなしにヒールを唱え続けている。治癒術士の詠唱終わりを待ちきれず、死んでゆく者もなかにはいた。

『おい、なんかデカイの来たぞ』

なかでも一際イーガンの危機感を煽ったのは、巨大なモンスターの目撃報告だった。

イーガンもチャットに呼びかけ、詳しい情報を探る。

その影は朝日が登るとともに東の森の方角から姿を現した。緑泥色の鱗で覆われた四足の獣で醜い顔を持つ。全高は地上に現存するいかなる生物よりも大きい。

深海から引き上げられてきた海洋生物のようにグロテスクな姿をしていて、頭部はゴブリンの特徴を残しているが後頭部が不自然に大きく膨らみ、乱杭歯の生えた顎が剥き出しになっている。

重すぎる体重を二本足で支えきれなくなったとでもいうように四足を蜘蛛のように広げ、腹ばいになって前進している。

いくつかの身体的特徴はゴブリン種に類似しているが、誰も見たことのないモンスターだ。

その巨大さ、そして雰囲気から察せられる敵の強さは尋常ではなかった。


「あんなのを、どうやって食い止めればいい?」

イーガンはアヤカに連絡して、急遽魔術師部隊を東側に回すよう指示した。

迎撃体制が整う頃には、新種ゴブリンの姿もはっきりと目に見えるようになっていた。イーガンは新種を指差して問う。

「アヤカ、お前ならアイツをどう叩く?」

「一斉集中砲火に賭けるしかないと思います。1000人で攻撃すれば相当減らせるかも。ただ魔法攻撃だけだと、ターゲットはこっちを向いたまま・・・。あれがこっちに来る前に仕留めきれないと一撃で潰されます。誰か接近戦で足を止めてくれる人が必要です」

「単体戦闘力の高いプレイヤーが必要だな。しかし、あんな化け物に向かって行ける奴はそれこそレオンくらいしか・・・」

現在、街の出口はゴブリンに包囲され塞がれている。よしんば、囲みを突破できたとしても、新種の周りには少なくない数のゴブリンがいる。向かっていくのは自殺行為に等しい。


「心当たりならあるぜ」

口を挟んできたのはアヤカと同じく魔術師部隊の一翼を担っている元【カサンドラ・クロス】幹部ヒューイだった。

「俺たちがPKKをしていたのは知っているよな。そんなかでも特に危険視されていたのがレオンのほかにもう一人いる」

「誰だ、そいつは?」

「魔槍士レジオーネ。一度だけ殺りあったがすぐに逃げられた。純粋にPKだけで経験値を稼いだくちだ」

「魔槍士?」

「槍が主武装なんで、そう呼ばれてる。強さならレオンに匹敵するはずだ」

「だが、そいつとどう連絡をつける? 隠れ潜んでいるんだろ」

「プレイヤーキラーはどいつもメインとサブを使い分けてる。たぶん、すぐ近くにいるはずだぜ。アンタが呼びかければレジオーネも応えてくれるかもしれない」

迷っている暇はなかった。イーガンは即座に情報網を使って、レジアーネとやらに召集をかける。


当のレジアーネから返信があったのは10分後のことだ。

二人は東門屋上で会うことになった。こうしている間にも新種ゴブリンは街に近づいている。新種はその巨大さからいつの間にかクジラと呼ばれるようになっていた。

「イーガンって言ったっけ。アンタ、俺に用があるんだってな」

「来たか。お前がレジアーネだな」

たった一人で最上階まで上がってきた男は鋭い目つきをしていた。世の中を蔑んだような、ふてくされた態度で壁に寄りかかっている。

手には緑槍を携え、軽装の革鎧を身につけている。だが、意外だったのはレジアーネがまだ変声期前の少年の声をしていたことだった。

「若いな。中学生か」

「ンなことカンケーあるワケ? ゲームんなかじゃ実力がすべてだろ」

「実力? 得意がってPKを繰り返しているだけじゃないのか。お前は命を軽んじているだけだ」

「あー、説教とかマジ勘弁だわ。用があんならさっさとしてくんない?」

「いいだろう。こっちも無駄話をしている時間はない。お前にやってもらうことは、クジラの足止めだ」

「おいおい、マジかよぉ。俺にあのデカブツを相手しろって? 誰がンなことするかよ」

「アレを止めなければ、街は壊滅だ。お前だって生きていけないだろう」

「はっ、何のために俺がここまで強くなったかわかってんの? 俺は一人でも生き残るし、さっさと次の街へ行くだけだぜ」

「だったら、素直に俺の前に現れる理由もないはずだ」

「ンなの気分次第だよ。気まぐれに決まってんだろ」

「次の街へ行くのに、問題があるんだな?」

「・・・・・・」

「キラービーか。即死耐性がなけりゃレベルがいくつあっても足りないよな」

次の街へ行くためには南下する必要があった。それはキラービーの出現するフィールドを通過することを意味している。

「チッ、あんな化け物相手じゃ命がいくつあっても足りねぇよ」

「どうかな、動きはそんなに速そうじゃない。嫌なら嫌でいいさ。やるのかやらないのかだけ、はっきりしてくれ」

「俺がやらなきゃ、ほかにアレを止められる奴がいないんだろ?」

「いいや。正直、お前でなくても別にいいんだ」

ハッタリだった。レジアーネがNOと言えば、決死隊を送るくらいしか対抗策がない。それさえ渋れば全滅のリスクが高まる。


「やりゃいいんだろ、やりゃあ。そん代わり、このイベントが終わったらドロップの割り当ては多くしてもらう。それと今後、責任もって俺のサポートしてくれよな」

商談が成立するとレジアーネは壁ギリギリのところまで下がり、緑槍を担ぐように構える。

「おい、お前まさか」

「城門開けるわけにはいかねぇんだろ。だったらこうするしかねえじゃん。よっと」

止めるまもなく、レジアーネは助走をつけ棒高跳びの要領でゴブリンの群れを飛び越えていく。

「ヒャッホーゥ!」

超人的身体能力にものを言わせ、鮮やかな放物線を描いて数十メートルも空を駆け抜ける。

ゴブリンをクッションにして着地し、頭を踏みつぶした後、囲まれる前に群れの間を走り抜けていった。

クジラはその巨大さゆえ、辺りに群がるゴブリンをまとめて踏み潰してしまう。そのせいかゴブリンはクジラへ近寄るのを避け、クジラ周辺だけは雑魚のいない空白地帯になっている。

レジアーネはクジラの足下へわずか25秒で到達、先制攻撃でランスを放つ。2m近い長大なリーチを持った槍がクジラの前肢に突き刺さる。


「チッ、やっぱ硬ぇ!」

レジアーネの攻撃は予想通り、ほとんどダメージを与えられなかった。だが、物理攻撃で傷が付くだけでもたいしたものだ。レジアーネの攻撃力の高さを窺わせる。

攻撃はヒット&アウェイが主体となっている。トップスピードを維持しつつ、円を描くように回り込む。時折叩きつけられるクジラの舌攻撃は棒高跳びのようにジャンプしてかわし、注意力を研ぎ澄まして攻撃を避け続ける。

「すげぇ、鬼のように回避してやがる」

「アイツ、PK野郎なのか?」

「PKなしじゃ生き残れねぇってことだろ」

城壁の上からレジアーネの闘いを闘いを見守るギャラリーの間から歓声があがる。表面上は一対一で対等に渡り合っているように見えるからだろう。しかし、あれだけの攻撃力とスピードを有しているということは、そのぶん犠牲にしているステータスがあるはずだ。おそらく、一撃でも喰らえば崖っぷちに立たされるだろう。


こちらも黙って見ているわけにはいかない。レジオーネに合図を送り、彼がその場から離れると同時に魔術師956人による集中砲火を浴びせる。これまでの作戦で何度も決定打を放ってきた攻撃だ。あれだけ的が大きければ外すわけがない。鬼のように降り注ぐ怒濤の魔法攻撃がクジラのHPをぐんぐん減らしていく。

「効いてる、思ったより効いてるぜ!」

クジラは思った以上に魔法耐性が低いのか、上限の見えなかったHPゲージが一度の総攻撃で目に見えて減った。

魔法を撃ち終わった後も蓄積された多重攻撃によってゲージの減少が続いていた。ゴブリン種の再生能力もアシッドレインのおかげでほとんど相殺されるはず。このまま総攻撃で押し切れば倒し切れるかもしれない。

だが、ダメージ量が1/4近くまで迫ったとき、急にダメージの伸びが消えた。

「なんだ、急に効かなくなったぞ」

ゲージはまるで拮抗し合うようにある一定のポイントで伸び縮みしている。


「回復している? まさか1000発の攻撃だぞ、あんな速度で再生するなんて、そんな馬鹿な!」

魔法攻撃が完全に止んだ途端、クジラは恐ろしい速度で回復を始めた。あっという間に減らしたダメージが0になり、それどころか最大HP量の限界を突き抜けてぐんぐんHPゲージが増大していく。過剰再生だ。このままだとクジラのHPはあっという間に数万を超えてしまうだろう。

「食い止めろ、レジアーネッ!」

すかさずレジアーネが槍で斬りつける。

だが、圧倒的な再生能力の前では津波に押し流される砂の城同然だった。

『意味ねぇ! 滝みたいな勢いで傷が塞がっちまう!』

レジアーネから攻撃が焼け石に水であることを伝える通信が入る。レジアーネの攻撃がダメージを与えられない以上、クジラはレジアーネの存在を無視して街へ向かって突き進んでくるはずだ。


「マズイ、こっちにくるぞ」

一縷の望みをかけて再度の一斉攻撃を敢行する。激しいエフェクトがクジラの全身を包むが、足止めにすらならない。

イーガンは城壁で迎え撃とうとするプレイヤーに退避命令を出す。しかし戦力の集中でごった返す城壁上は人の波がぶつかり、ある者は転げ落ち、ある者は踏み潰されるなどして、大量に逃げ遅れる結果となった。

その間にも悠然と間近まで迫ったクジラは足元のゴブリンたちを踏み潰しながら城壁の前までやってきた。そして柱のように巨大な乱杭歯が並ぶ口を大きく広げたかと思うと、いきなり城壁を噛み砕いた。

バリバリと破砕音が響き、口元からこぼれ落ちた城壁の一部が大地に突き刺さり、重い衝撃が轟く。

たった一撃で喰い破られた城壁を見て、皆が唖然とする。あんなものが街に入ってくれば、瞬く間に市街地は壊滅してしまう。

迎え撃つすべはすでに尽きていた。



次回はパートを統一して、レオンの一人称で話が進みます。

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