10 魔導書庫パート
ちなみに地上編でゴブリンがブレスで壁を攻撃しないのは、ブレスの発動条件が複数のターゲットが範囲内に存在しないためです。
「また扉か」
俺は行く手を塞ぐ巨大な鉄扉の前で足を止めた。
ここへたどり着くまでの間、レアドロップはひとつもなく、敵も数えるほどしか倒していない。
どうやらこの通路はアンデッド系MOBの出現エリアらしく、恐ろしい破壊力は持たないまでも倒しにくいのが特徴のようだった。
不可視・即死攻撃・物理ダメージ完全無効・魔法吸収の習性をもつ死霊を倒す方法はなく、これには徹底的にエンカウントを避ける以外に対処しようがなかった。
また、HP9800というBOSS級のタフネスを有するゾンビウルフを即死トラップ地帯に誘い込んだりしながら、どうにかここまでたどり着いたのだ。リセットできない状況で無事にここまで来れたのはルカの働きによるところが大きい。
「ここにも鍵が必要かな?」
どこか疲れた声でオレアリアが問いかける。
魔導書庫の鍵は一度使った時点で消失している。だから、扉に鍵がかかっていれば、ここで引き返すしかない。
オレアリアには、MPが残っていない。そして俺たちのHPはすでに半分を切っている。MPの補充が見込めない状況下では、ヒーラーの精神的負担も大きいのだろう。
願いを込めて扉に手をかけると、ゆっくりと内側に開かれていく。オレアリアがホッとしたように息を吐くのが聞こえた。この先も敵がいるかもしれないが、なにも収穫がないまま戻るよりはマシに思えるのだろう。
完全に扉が開かれると、部屋の全貌が露わになる。
そこは魔導書庫の名にふさわしく、部屋一面が膨大な量の書物で埋め尽くされていた。
天井を支えるアーチと柱の間に整然と並ぶ棚は立体的な迷宮を思わせる。
金銀を用いた古書の装丁が壁面を彩り、まるで鏡合わせの世界のように無限に本棚の列が続いている。
書物そのものが書庫内を飾る壁画となり、オブジェとなり、シャンデリアとなって魔術的威圧感を放っている。
「ここが書庫か・・・」
目的地にたどり着いたのはいいが、これだけ本が多いと困惑してしまう。片道だけで四時間が経過している。帰りはルートを覚えている分、早いとはいえ調べものする時間は限られてくる。
「ルカ、このなかから必要なアイテムを見つけ出せるか?」
「・・・わかんない」
「そうか」
「でも、だれかいる」
ルカは何者かに導かれるように、どんどん奥へ進んでいく。
そして部屋の一番奥に灯りの点った一角を見つけた。
棚の並んだ向こう側から人影が伸び、動きにあわせて揺らめいている。俺たちは慎重に近寄り、様子を探る。
そいつは治癒術師のフード付き短衣を身につけたキャラクターだった。フードから覗く白い顎髭を伸ばした容貌は老人のように老け込み、頬も痩せこけている。瞳だけが妙に生々しく闇の奥から俺たちを見つめ返していた。タロットカードに描かれている隠者のような雰囲気を持っている。こんなところにプレイヤーがいるのは奇妙に思えた。
扉は鍵がかかっていたし、そもそもどんなに強くても、たった一人であの通路を通ってこれるとは思えない。
俺たちが近寄ると、老人の瞳がぎょっとしたように細められた。
「人・・・お前たちは・・・」
外見に反して声は若々しい。NPCと考えるには違和感がある。
「ここまでたどり着いたか。・・・4ヶ月、いや5ヶ月か。長かった、ようやく出れる・・・」
老人。そう言っていいのかわからないが、彼はどこか精神的におかしい喋り方で、ぶつぶつと口のなかで呟いていた。
「アンタは? NPCじゃないのか」
隠者の正体を問いかけると、彼はあからさまにうろたえた。
「私は・・・ゲーム・・・開発者だ。いや、もう違うな。うん・・・旧いゲームマスターだ。舞台から追われた男だ・・・」
開発者。男は確かにそう口にした。その言葉を聞いて、俺たちが動揺しなかったと言えば嘘になる。けれど、あまりにも唐突すぎたせいで、彼の言葉に対する俺たちの反応は間抜けなものになってしまった。
「もしかして・・・ゲーム終了か?」
開発者、井嵜はやはり精神に変調を来しているようだった。会話の受け答えはするが、時折、とりとめもない言葉を囁いたかと思うと、宙を見上げ、しきりに何かを気にしていた。まるで、誰かに見張られているかのように。
「ログ、ログアウトできない・・・仮想に閉じ込められた・・・」
井嵜のぼそぼそした喋り声に耳をすませていた矢先、オレアリアの鋭い声が響いた。
「よせ、ガゼル! 落ち着くんだ!」
振り返った先に拳が飛んでくるのが見えた。黒い革グローブに包まれた拳は吸い込まれるように井嵜の顔面を捉え、殴り飛ばした。
「ガゼル、話を聞き出してる最中だぞ!」
オレアリアが興奮するガゼルに駆け寄って、彼を諌める。気持ちはわかるが、感情に身を委ねすぎだ。俺は倒れた井嵜を助け起こし、念のためHPを確認する。
「どうやらゲームマスターってのは嘘じゃないらしいな。攻撃してもダメージを受けないらしい」
俺が後ろの仲間たちにそう告げると、井嵜は声を上げて否定した。
「違う・・・ゲームは・・・すでに私の手を離れている。アローンが舞台を操ってるんだ・・・」
「アローン?」
「レオン、早くそいつから脱出方法を聞き出せよ。街には敵が迫ってんだぜ」
「わたってるよ、ガゼル。だが、これはもしかしたら重要なことかもしれない。井嵜、いったいこれは誰が仕組んだデスゲームなんだ?」
「全ては、アローンによる、ロールプレイなんだ。彼が世界を演じている・・・」
「誰だ? そいつが黒幕か?」
「プログラムなんだ。アローン=ハッコーデシュ・プログラム。彼が一人歩きしてる・・・」
PTメンバー全員で井嵜の言葉に傾聴しているなか、オレアリアが小さく呟いた。
「アローン=ハッコーデシュとは、また都合のいい身代わりを見つけたものだな」
オレアリアは冷ややかさを感じさせる眼で井嵜を見下ろしていた。さっきから井嵜が繰り返し口にしているアローン=ハッコーデシュは、2028年以降に出現した最悪のコンピュータウィルスに冠された名称だった。爆発的な繁殖力を持ち、あらゆるワクチンを呑み込んでしまう。いかなる障壁もすり抜け、感染したら最後、宿主は完全に支配下に置かれてしまう。
そして未だにアローンは生き残っている。アローン=ハッコーデシュを殺せるワクチンはアローンだけだからだ。というより、もとは自立進化する完璧なワクチンとして登場したのがアローンの生い立ちだ。
ちょうど凶暴すぎるウィルスが自ら共食いを始めてしまうように、アローンも同型のプログラムでしか殺せない。最近ではイスラエルが強力な電磁波搭載無人偵察機を開発し、敵の有人戦闘機を無線でハッキングしたことでも知られている。そのため軍事衛星から小型自動車の電子システムに至るまで、2028年以降のコンピュータ・プログラムには全てアローンが内包されている。
「いくらなんでも荒唐無稽すぎるとは思わないかね? アローンといってもただのプログラムにすぎないじゃないか。それがデスゲームを仕組み、人間をVR世界に閉じ込めて殺し合わせるなんてすると思うかい?」
オレアリアは井嵜を問い詰めるが、井嵜は妄想に取り憑かれた男のように主張を曲げようとはしなかった。
「アローンは娯楽という概念を理解している。この状況は・・・彼によるロールプレイなんだ。プレイヤーを閉じ込め、人間と対決するというロールプレイなんだ・・・」
「アローンがコンピュータを乗っ取って、自らゲームマスターを務めていると言いたいのか。悪役を演じてしていると。人間と同じように」
「・・・舞台を廻している。世界を演じている・・・」
井嵜の言葉にはぞっとさせるような真実味が篭っていた。彼自身、アローンによって放逐され、この地下の魔導書庫に封じ込められた存在なのだろう。数ヶ月に渡ってたった一人で地下に閉じ込められている間に、少しずつ精神が蝕まれてしまったのだろう。
そう考えれば、地下通路にいた幽霊コウモリがなぜアバターではなく、プレイヤー本体を狙って攻撃するのか説明がついてしまう。
不死的存在であるゲームマスターを聴音拷問によって足止めするのが、連中の役目なのだ。
不死身の肉体なら、心を折ればいいわけだ。
「だとしても説明がつかないことが残るな。なぜ、外部からの助けが来ない? 井嵜が仕組んだことでないのなら、VR機は取り外しても大丈夫なはずだ」
俺は井嵜ではなく、PTメンバー全員に対して問いかけた。井嵜はさっきから同じことを繰り返すばかりで、答えを聞いても正しいという確証が得られないからだ。
「デスゲームというのはハッタリではないと思う。もしかしたら、デスゲームの舞台にあげられているのは我々の方じゃないのかもしれないな」
含みを持たせたオレアリアの言葉は、無人戦闘機にアローンが積まれているというエピソードを思い出した。
「まさか現実のほうが人質ってんじゃないだろうな。だとすると、ログアウトしても命が握られている状況には変りがないのか」
「MMOとはいえ、我々はRPGをしているんだぞ。筋書き通りなら世界を救うのが、本来の我々の役目なんだ。ただ漫然とモンスターを狩って暮らしていればいいわけではない。アローンがロールしているというのなら、『世界』を救うのが我々の役割なんだ」
「ねえ、私たちの家族は? なんで誰も助けてくれないの?」
聴力が回復したらしいベルが遅れて会話に加わってきた。それにオレアリアが答える。
「恐らく、このゲームに閉じ込められた我々のうち、誰かがクリアしないとアローンネットワークが現実世界に手を下すのだろう。アローンの性質を考えれば、同時多発テロだってありえそうだしね。いずれにせよ外界との連絡手段はないわけだな、うん」
「結局、ここも行き止まりのようだし、アイテムもなかったな。まあ、ゲームマスターと会えたのはいいが、地上へ引き返すしかないか」
すると、井嵜が弱々しい手つきでアイテム欄を開き、一本の剣を実体化させた。少しおかしくなっているとはいえ、善意は残っているようだ。
「ヴァジニティ・ピアサーだ・・・君が持つといい・・・私はもう戦えない」
その剣は、斬るための道具と言うにはあまりにも歪な形をしていた。白い大理石のような刀身は角のように捻れていて刃がなかった。突き専用の細身剣なのだろう。
「すげぇな、攻撃力700だぜ」
現在、俺が使用している剣が攻撃力120だから一気に七倍も攻撃力が上がる。これならBOSSも一撃で葬れるかもしれない。
「アローンは人間の力を過小評価してない・・・これから先、敵は際限なしに強くなるだろう・・・アルゴスの神眼を使え、他人の戦闘がのぞき見れる。攻略法を探すんだ・・・」
俺たちは井嵜から他のアイテムを譲り受け、一気に戦力を底上げした。受け取ったアイテムのなかにはテントもあり、HPも全快できた。収穫としては予想以上だったといえるだろう。アイテムの分配をすると、俺がヴァジニティ・ピアサーを持つことに異を唱える者がいた。ベルだ。
「ちょっと待って。なんでレオンが持つの? あなたはもともと強いじゃない」
「一番早く動けるのはレオンなんだぜ。その分、多く倒せるだろ」
平然とした顔で答えるガゼルに、ベルはなぜか早口になってまくし立てる。よほど俺に持たせるのが嫌なんだろうか。
「だってAGIならガゼルも同じくらい速いじゃない。私だってそんなに劣ってないわ」
「俺は遠慮しとくよ。だったらベルが持てばいい」
ガゼルが辞退し、所持者候補は俺とベルの二人に限られた。だが、ステータスを開くと武器の説明が表示され、一つの事実が明らかになる。
ヴァジニティ・ピアサー:ATK700/毒・猛毒耐性/自然回復/自動修復/HP増強
ユニコーンの角から作られた剣。突き専用/男性専用武器・・・・夜のお供にどうぞ
ファンタジーによく登場する一角獣ユニコーンは清らかな乙女に抱かれて初めておとなしくなるという。ユニコーンの一本角は情欲の象徴だ。純潔を貫く者というだけあって完全にネタに走っている。
「悪いな。ベル、コイツは男性専用らしい」
「っ・・・! そ、そう。わかったわ。・・・もうわかったから、いいからしまいなさいよ、それ!」
「レオン。嬉しいからってそんなに見せつけるのはどうかと思うぞ」
「そいつでゴブリンをファックしまくるわけか。アンタ、漢だな」
ベルが顔を逸らし、オレアリアとガゼルがそれぞれ感想を口にする。最後にルカが不思議そうに呟いた。
「よるのおともってなーに?」
中身は10歳児のルカの疑問には誰も答えず、俺たちは地上へ戻ることにした。
刻限まで残り二時間。急げば戦闘開始には間に合うはずだ。




