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9 地上パート

戦闘が地上と地下の二手に分かれる関係で、視点を分割してます。

ここでの登場人物はイーガンがメイン。

地上組はイーガン・アヤカ・フックス・その他です。

その頃、地上のヴァネサリアでは押し迫った戦いに向けて、防衛の準備を進められていた。

突然降って湧いた事態に指揮系統は充分な機能を果たせず、自暴自棄になったプレイヤーがPKに走ったり、群衆が門に詰めかけたりと街は未だ混乱のただなかにある。

街の治安を託されたイーガンは山積みとなった問題の解決に頭を悩ませていた。

目下、一番の問題は外壁を修復するのに必要な素材が手に入らないことだ。

SOに存在するオブジェクトにはそれぞれ耐久度が設定されていて、それが0になるとオブジェクトは破壊され、残骸に変わる。


外壁の崩壊を防ぐにはブラックスミスのスキル【修復】で失った耐久度を戻さなければならないが、そのためにはオブジェクトを形成しているのと同じ素材が必要だ。外壁の場合は花崗岩が基本素材となっているが、調べてみたところ花崗岩が採取できそうなオブジェクトは街のなかにわずかしか存在しない。

現在手分けして素材集めに奔走しているが、巨大オブジェクトである外壁は必要とされる石材の数も大量だ。建物を一軒二軒壊したところで到底追いつかない。ましてやHPダメージのある雨のなか作業を行うとなれば、命懸けにすらなる。

イーガンは街の地図を睨みながら、事態を打開する方法を主要メンバーたちと話し合っていた。

ギルドメンバーとの話し合いなら、ギルド内の音声チャットでもできるが、他のギルドとの合同ではそうもいかない。

今、この場には【血盟工廠】、【クリムゾン・クロイツ】の幹部を始め、他の大手ギルドのメンバーも顔を見せていた。


「橋を壊す?」

【血盟工廠】代表、フックスの発言をイーガンは怪訝な面持ちで尋ね返した。

「そうだ。街の真ん中にある石橋には城壁と同じ建材が使われてる。街んなか駆け回って地道に建材集めするよか、あの橋をぶっ壊しちまったほうが手っとり早い」

フックスは必要なことをよく理解している。圧倒的に時間が足りていない今、無駄なことに人手と時間を割いている余裕はない。

建材のほかにも用意しなければならないものは山ほどある。

回復薬はもちろんのこと、武器に防具、それからゴブリンと戦えるように戦闘職のプレイヤーに訓練を施さなければならない。


今現在、戦闘訓練を行っているのは魔術師アヤカとゴブリンの谷攻略に参加したメンバーたちだ。

60人にも満たない人数の彼らが分担して6000近い数のプレイヤーにゴブリンの攻略法をレクチャーしている。

とはいえ、Lv1のプレイヤーでは、ゴブリン相手にどれだけ粘れるか、不安は消えない。

直接剣を交えない魔術師や治癒術師は良いとしても、前線に立たなければならないメンバーはすでに顔面蒼白だ。

壁があるぶん、フィールドでエンカウントするよりは有利に戦えるだろうが、能力値を覆すほどの地形効果はない。


「橋は一つだけじゃねぇんだ。木製の小さい橋が二本ある。それに、城壁は街の周りを一周しているから移動にはそれほど支障ねぇはずだ」

「壊せば、城壁の修復に必要な素材はまかなえるのか?」

「完璧とは言えないが、フルゲージの六割くらいはまかなえそうだ」

「外壁は生命線だ。工作隊を派遣する。アンタのほうでうまくやってくれ」

「おう、任せとけ」

フックスは工作に取りかかるため、右手を挙げて執務室を後にする。入れ替わるようにして、今度は治癒術師ギルドの幹部、連翹とボルゾイが発言する。

「僕らは雨で負傷した人たちの治療に当たってる。今のところ敵を倒すのに貢献してるわけじゃないからEXPは入らないけどね」


連翹のいう戦闘貢献とはMMORPGにおける基本概念の一つだ。

敵を倒すとそのEXPが振り込まれ、貢献度に応じて振り分けられる。

あくまで敵を倒すことでしかEXPが得られないが、戦端が開かれれば、今行っている治療も戦闘貢献の対象となる。

「僕らの見立てでは、一番HPの低い魔術師がこの雨のなかで活動できる限界は約二時間。ローブ系はとくに防水効果が高いから、HPが減らないんだ。ただ濡れている間、装備の耐久度が下がり続けるから、長時間の戦闘は無理だ。防具がなくなったらHPダメージも増える」

「そこで俺からの提案だ。メインだけじゃなくサブキャラクターも考慮に入れた部隊編成を用意しておけ。HPもMPもすっからかんになったら回復させるのがもったいない。後方に下がってキャラクターチェンジさせた後は、そのまま支援に回す」

ボルゾイは自信満々に胸を張って言った。猛将タイプで部隊の士気を高めるにはちょうどいい人材かもしれない。

イーガンは言った。

「戦闘中のキャラクター変更はできないんじゃなかったか。戦争イベントでは街全体が戦闘領域に指定されている。籠城戦の開始と同時にキャラは固定されたら、その案は使えないな」



「イベント中でも宿に入れば変更操作できると思うぞ」

ボルゾイの言葉を連翹が丁寧に補足する。

オレアリアがギルドを放任している間も、二人で協力しながらギルドを運営していたため、今では役割分担も板についているようだ。

「たぶん、僕らのMPは戦いが始まればあっという間に使い果たすと思うんだ。回復ポーションもないしね。ただ、彼の案も一時しのぎにしかならないよ。サブはほんとに一時しのぎなんだ。一度は宿に戻ってHPを全開にしないといけない。でも宿で回復すると、どんなに短く設定しても最低四時間は戦線復帰できない。何千ものゴブリンを相手に四時間も持ちこたえるのは厳しいと思う。なんせ、6人PTがたった60秒で全滅するような相手だからね」

全体の戦闘能力を鑑みれば、白兵戦では確実に劣る。魔法は強力だが、弾切れが早い。どちらも一長一短だが、連携が噛み合えば、短所は補える。このような場合、守備隊の末端まで作戦を理解してもらうことが重要だ。

個々の力では対抗できないが、補助戦力が組み合わさることで戦略は立体的になる。


「罠はどうだ?」

「焼け石に水だ。少しの間、敵を足止めするのが関の山だろう」

現在、用意されている罠は二種類。

落とし穴は成功すれば敵に落下ダメージを与えられるが、高さがない分、効果は微々たるものだ。

落石も城壁の真下にいる敵に対しては効果があるが、手数に欠ける。

罠系のアイテムは一個や二個仕掛けたところで、単発ダメージで終わってしまい、面倒なわりに効果が薄い。

複数組み合わせた罠を連鎖させてこそ、大きなダメージを与えられるのだが、今の段階ではコンボを繋げるための罠がない。

「せめて、もうほんの少し素材が揃えられれば、合わせ技が使えるんだが・・・」

攻略はまだ始まったばかりで、武器の強化にしろ、アイテムの作成にしろ、結局行き着くところは素材不足という問題だ。

残る希望は魔導書庫だけだ。レオンたちが何らかの収穫を得て戻ってくることを期待するしかない。


イーガンは壁に掛かっているアナログ時計を見上げた。レオンたちが地下に潜ってから、もうすぐ一時間が経とうとしている。

情報もないダンジョンでの戦いに、きっと苦戦しているだろうと、彼らの身を案じていたとき、イーガンの耳にコールが聞こえてきた。回線を開いているギルドチャットからの呼びかけだ。


『もしもし、こちらアヤカです』

「どうした。訓練は順調か?」

『それどころじゃないんです! 東塔まで大至急来てください。もう、戦いが始まってます!」

「馬鹿な!」

イーガンは思わず椅子から立ち上がった。

予想ではゴブリンの大集団が動き出すのは5時間後のはずだった。

現在、訓練のためにプレイヤーの多くは外壁の上に集まっている。ギルドハウスの周辺は閑散としていたため、事態の把握が遅れた。

「きっと新たにポップしたんだ。街のすぐ近くに」

状況を知った連翹が呆然とした口調で呟く。ボルゾイも腕を組んでむっつりと黙り込む。

「あちこちでMOBの湧出が起こってるのか。アヤカ、敵の数は?」

『どんどん増えてるけど、もうすぐ千匹を越えると思います。最終的にどれくらいになるかは・・・』

「これから何が起こるのかは誰にも予測がつかない。まずは最初の敵を迎え撃つことからだ」

状況が悪いときほど冷静に振舞うべきだ。


防衛戦では魔術師が攻撃の起点となる。魔術師部隊を率いるのはアヤカのほかにもう二人、【カサンドラ・エクス】の幹部ヒューイと、古参プレイヤーの劉邦で、それぞれが千人のプレイヤーを率いている。そのほかに遊撃部隊と【血盟工廠】のメンバーのみで構成された工廠部隊がいる。遊撃は守りの薄いところを固めるため、工廠は外壁の修復とアイテム製造が主な役割だが、いよいよ後がなくなったときに投じる予備兵力でもある。

イーガンは連翹とボルゾイを連れ、東塔へと急いだ。



塔の最上階へたどり着くと、そこから見下ろせるフィールド一面に緑泥色の怪物たちが蠢き、街を取り囲んでいた。

それを阻む外壁の高さは10メートル。厚みは4メートルあり、外壁の上は二車線道路くらいの道幅がある。それでも、数千の部隊を展開するには少しばかり狭い。

壁の上から真下にいるゴブリンに向けて攻撃を仕掛けているのは、案の定、魔術師だけだ。

「アヤカ。戦闘の様子はどうだ」

イーガンが尋ねるとアヤカは深刻そうな表情で振り返った。成果が芳しくないのは、そのしかめっ面を見れば一目瞭然だ。

「魔法の集中攻撃で倒すには倒せてます。でも、このままだとMPがすぐに尽きてしまいますよ」

「魔法は確実にトドメをさせるときだけ使うんだ。温存して戦えるようにしてくれ」

「温存するにしても敵がこれだけ多いと限界があります」

アヤカは無茶を言うなとばかりに、すぐさま反論した。現場と作戦本部とで認識の違いが生じているかのようなやりとりだ。

しかし、計算に沿って動かなければ、いずれ戦線は崩壊する。現場レベルの判断は厳しく諌めなければならない。MPコストは徹底して管理する必要があった。


イーガンは胸壁の合間から身を乗り出してフィールドの様子を観察する。

10メートル下の壁の向こう側には飴玉にたかる蟻のようにゴブリンの群れが外壁の周囲を取り囲んでいる。

辺りが暗いせいで壁自体が生きて脈動しているかのように見える。

ビルの3,4階に相当する高さは頼りないが、今はこの壁が心の支えだ。

また一匹、落石を喰らったゴブリンが地面に落ちた。そこへすかさず氷の槍が降り注ぎ、二匹を串刺しにする。

そこそこLvの高い魔術師が放った攻撃だったのか、二匹はまとめて絶命し、暗い炎に呑まれていった。

MOBの死骸はすぐに消えていき、外壁の外に積み重なることはない。ゴブリンには土嚢を築く知恵もなく、攻城兵器なども持っていない。今はなんとか10mラインで戦線は維持できているようだ。

「アイテムは手に入ってるのか?」

「釣竿でアイテムが拾えないか試してますけど、ものすごく効率悪いし、遊んでるみたいで士気が下がります」

「それでも必要だ。矢がないことには守りを固められないからな。五時間後には予想通り敵の本隊が来るだろう。今のうちに白兵戦闘に慣れさせろ」

「剣で倒すのはレオンさんやホセイさんならともかく、Lv1の魔剣士や騎士では無理ですよ」

「ギリギリまで登ってきたら突き落とせ。高いところから落としたほうがダメージを与えられる。この雨ならゴブリンの再生速度は落ちる」

そのとき、横の方角から驚愕に満ちた大声が響いてきた。

「おい、あっちのほうでMOB同士が戦ってるぜ!」

「こっちもだ。ゴブリンがゴーレムを攻撃してる。はは、潰れちまえ!」

あっちこっちから似たような声が伝わる。イーガンが目を凝らすと、その先ではたしかに一体のゴーレムに対して、複数のゴブリンが攻撃を仕掛けている。ゴーレムの巨体の前では、ゴブリンも赤子同然で一撃で腐りかけのトマトのように潰されている。それでも、ゴブリンは無限に湧出する数の利を活かして、次々とゴーレムに攻撃を仕掛けては、ちょっとずつ後退している。

まるで子供と大人が目隠し鬼をして遊んでいるような光景だ。

「だんだんと近づいてきてるじゃないか」

イーガンの横で身を乗り出して光景を眺めていたボルゾイが不審げに呟いた。

鬼を囃すようにゴブリンが素早く懐に潜り込んではヒット&アウェイを繰り返す。対するゴーレムは無敵だ。身体には傷一つつかないが攻撃されると怒って防御力無視の攻撃を放ってくる。そしてやがて、ゴブリンは壁際に追い込まれた。

ゴーレムの一撃が唸りを上げてゴブリンの顔面を叩き潰す。勢い余った拳が止まらずに壁面にめり込み、砲撃を食らったかのような振動が外壁上にいるプレイヤーたちの足元を揺さぶった。

轟音が静まった後はパラパラと外壁が崩れ落ちる音が聞こえてきた。物静かな音がやけに大きく響くのはプレイヤー全員が押し黙っているからだろうか。

「まさか、このためにおびき寄せたってのか? ゴーレムを攻城兵器にするために」

ボルゾイの言葉に応える者は誰一人いない。

ただ、同じようにあちこちで轟音が響き出し、後に悲鳴が続いた。

アヤカが心配そうに問いかける。

「壁はほんとに保ちますか?」

「ああ。解決方法は見つかった。フックスが素材を調達しているところだ」

「このこと、レオンさんに連絡は?」

「伝えてもどうにもならない。それより、なにか収穫を持って還ってくることのほうが大事だ。ここは俺たちだけで乗り切る」

怒号と悲鳴が混じり合い、今や外壁の上は騒然としていた。。プレイヤー側の死傷者はまだ出ていないようだが、パニック寸前の気配がひしひしと伝わってくる。絶望が蔓延すれば、たちまち総崩れになるだろう。

「アヤカ、ゴーレムの動きに惑わされるな。あれは攻撃して倒せる相手じゃない。それにゴーレムは壁を狙って攻撃してくるわけじゃない。あくまで誘導されているだけで壁への命中精度は低い。いいか、これは命令だ。俺の指示通りに動け。絶対に戦線を崩されるな」

イーガンの指示に対して、アヤカは困り顔のまま頷く。これから指揮下の人間との板挟みに置かれることになるだろう。同情はするが、甘い顔を見せるわけにはいかない。

イーガンはMPの温存を念押ししたあと、戦況を整理するために外壁へ降りて戦場を視察する。

階段を下りる途中、思わずボヤキが口からこぼれ落ちた。

「まさか、自分が軍を指揮する立場になるとはね。命令違反者にはレオンの名を使って処刑を言い渡すか。でなきゃ統率できない」

最悪、PKしてもEXPは手に入る。高レベルのキャラクターを量産できれば、戦略も自ずと変わってくるだろう。

「やれやれ、俺が年下だと知ったら、アヤカは怒るだろうな」

イーガンは先行きに不安を感じ、塔の窓から月のない空を見上げた。



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