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魔導書庫のある旧【カサンドラ・エクス】のギルドハウスは現在、三大ギルドの協定合意の下、封鎖されている。
突入メンバーのなかでもっとも緊張しているのは、騎士のホセイのようだ。
敵の攻撃を真っ先に喰らう確率がもっとも高い職業だけに未知のダンジョンへ赴く恐怖も人一倍あるのだろう。
つい先ほどまで地上に残るア・リュウと義兄弟水入らずで話し込んでいて、今し方合流したところだ。
ロールしている間は気が大きくなるようで、普段からふざけた口調で喋っているのだが、ふとした拍子に素の性格が顔を出すことがある。
地下通路へ続く梯子を降っているうちに、だんだんと怖くなってきたのだろうか。
「やけに口数が少ないわね。いつもの変な喋り方はどうしたの。今日はシリアスモード?」
気が滅入っている様子を見かねたのか、ベルがホセイに声をかけて緊張をほぐそうとする。
「そうかも・・・しれないでごわす」
「べつに無理して語尾をくっつけなくてもいいんだけど」
「ロールプレイとは、そういうものではないのでごわす。一度決めたキャラは、やすやすとは変えられないでごわす」
呟くようなホセイの声を拾ったオレアリアがしたり顔で同意する。
「ふむ、キミもなかなかの筋金入りだね」
「オレアリアさんの話し方もロールなの?」
「それは秘密だよ、ベル。でもまあ、たいていの人間はゲームの世界で演じたいキャラを演じている。PKに走ったり、ヒロイズムを発揮したりとね。リアルでヒーローの仮面をかぶるのが許されるのは、せいぜい五歳児までだろう。でもVRMMOのなかでは仮面どおりの自分を演じられる。悪であれ、正義であれ。・・・愛着が湧くんだよ。そうしているとね」
「私の親友にもそういう子がいたから、二人がそういうことを話してくれると、あの子の気持ちが聞けたみたいで、少しホッとするわ」
ベルたちが会話している間に、俺たちは書庫の扉の前に到着していた。
固く閉ざされた扉越しに漂う重苦しい雰囲気に仲間たちも本能的危険を感じ取ったようだ。
「レオンの言ってたとおり、危険な香りがするわね。それに暗すぎるわ。これじゃ、近くまで忍び寄られてもわからないじゃない」
このところ、ベルは嗅覚が鋭くなってきたようだ。それくらいのゲーム勘がなければ、この先へは進めない。人は必要に迫られるとイヤでも成長するものだ。
長くゲームの世界に身を浸したプレイヤーのなかには常人を超えて気配に敏感な者たちがいる。ルカの攻撃予測とは違い、彼らの感じるそれはもっと漠然とした経験に基づくものだ。最前線に身を置き続けたことで、ベルもそれだけの経験が身についたということだろう。
「どこに罠が仕掛けてあるかわからない。ルカ、お前の眼が頼りだ。最短距離で奥の部屋にたどり着くルートを指示してくれ」
「うん、いいよ」
ルカは気負いない調子で言った。
キャラクターの成長が十分でない今、プレイヤー自身の能力で敵との戦力差を埋めなければならない。
俺はひとつ深呼吸して決意を固めると、鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
押したわけでもないのに扉が自然と開かれる。
誰からともなく、緊張した息づかいが聞こえる。
扉の先の通路は深い暗闇のためどれくらい奥まで続いているのか判然としない。
目を凝らしてようやくアーチ型の天井と石畳の足下が見えるくらいで視界はせいぜい半径2mしかない。
タイムアタックにはかなり不利な条件だ。
だが、もたもたしていれば街がゴブリンの巣窟と化してしまう。
極力、敵とのエンカウントを避けるため、ガゼルが習得しているスキル【キャットウォーク】を連続使用し、足音を消して駆け抜ける。無謀と知りつつ、タイムアタックをかけるのは、速く走ることで敵をスルーできることがあるからだ。スキルで気配を断てば、MOBに取り囲まれるという最悪な状況をとりあえず回避できる。
扉が開いてから2分15秒経過したところで、ルカが敵の到来を告げた。
「てんじょうのとこ、モンスターたくさんいるよ」
「本当? 私にはなにも見えないけど」
ベルが小声でささやく。たしかに目を凝らしても敵の姿は見つからない。
「めに、みえない。かたち、ない・・・くる!」
微かな羽ばたきの音が聞こえたかと思うと、突然ホセイが奇声を発し、耳を抑えてうずくまった。
尋常じゃないうめき声をあげ、悶え苦しんでいる。
「がぁっ、ひっぎぎ、くっ!」
「くそ、攻撃を見逃したっ。オレアリア、回復頼む!」
咄嗟にホセイを身体でかばうが、すでに攻撃は止んでいる。
「大丈夫。HPへのダメージはたいしたことないようだよ。状態異常もない」
だが、ダメージを受けたホセイの様子は明らかに異常だった。まるで狂ったように頭を地面に打ち付け、のたくっていたのだ。
絶叫は止んだが、本人はまだ立ち上がれない。気絶しているのか、周囲の状況にも無反応のままだ。
「聞こえる? 聞こえたら手を握って。・・・ダメみたい。オレアリアさん、回復できる?」
俺とガゼルが見えない敵を警戒している後ろで、ベルが声をかける。敵MOBもタイミングを測って攻撃を仕掛けてくるタイプのようだ。小さな物音が何倍にも跳ね返って反響する地下通路を羽ばたきの音がいくつも横切っていく。
「いったい、なにをされたんだ、彼は? 異常がないんじゃ治しようがないよ」
二人が負傷者に気を取られている間、わずかな光を頼りに目を凝らし、敵の気配を探る。
「ガゼル、どこから攻撃してきたか見えたか?」
なにがどこに潜んでいるかわからない状況では、敵をいち早く認識することが生存の鍵となる。
また、羽ばたきが耳元をかすめた。咄嗟に身を伏せ、なんとか攻撃をかわす。
頭のなかで映像を再生し、同時に闇の奥に目を凝らす。
「ルカ、さっきの攻撃はなんだ?」
「おと。キーッっていうおと」
「音の攻撃? なにも聞こえなかったぞ」
だとしたら、ホセイの鼓膜に直接、大音量が流し込まれたということか。
痙攣したような異様な倒れ方はおそらくプレイヤー本体に直接与えられた攻撃のせいだ。
高周波の音を鼓膜に直接ぶつけられたのだろう。ヘッドホンの出力限界があるから、死には至らないだろうが、不快な音を大音量で叩きつけられたときの肉体的ダメージは想像にかたくない。
「ルカ、頼む。次の攻撃を予測してくれ」
我ながら無茶な要求をルカに突きつける。ルカの妖精視野でも敵のデータがないことには予測は難しいことはわかっていたが、聴覚だけを頼りに攻撃をかわし続けるのは限界がある。
「キャァァァーー!」
耳をつんざくような絶叫が今度はベルの喉からほとばしる。ベルの位置は列の真ん中だ。なら、前からくる攻撃ではない。
おそらく敵は上から襲ってくる。やぶれかぶれにベルが立っていた辺りの空間を薙ぐ。
すると、剣の先端にほんのかすかな手応えを感じた。
「ヒットした!」
「当たったのか? なにも見えなかったぜ」
追うように戦況を見つめていたガゼルが不思議そうな声をあげる。だが、手応えがあったのは事実だ。
さっき剣で斬った感触を思いだし、敵の姿をイメージする。柔らかく、軽い。小型のMOBだ。
唯一、敵の姿を眼で追えるルカの視線をたどって攻撃線を予測し、天井近くの空間を斬りつける。ふたたび剣がかすめる。
「くそ、惜しかった」
「ルカ、次はどこからくる?」
「みぎにいっぴき、とおくににひき」
ルカの指差す方向に目を凝らすが、相変わらずそこに敵の姿はない。まずは近くの敵から倒すのが先決だ。
なにもない空間めがけて闇雲に斬りつけるが、今度は外した。
「くそっ、敵の姿が見えないっ」
「そこ、すぐそこだよ」
「どこだっ!」
「レオン、落ち着くんだ。壁を背にして動け、的を絞らせるな。ダメージはそうでもないが、食らったら即、戦闘不能だ」
冷静さを失った俺の代わりに、オレアリアが的確な指示を出しフォローに回る。さらにスピードUP効果のバフを発動し、PT全体の行動速度が上がる。
「ガゼル、探索で補足できるか?」
「ダメだ、レーダーは完璧に沈黙しちまってる。敵のステルスが半端ない。鼓膜までやられたら、後はずっと敵のターンだ」
探索レーダーに目を落とすガゼルが敵の姿を推測する。
「ルカ、私たちには敵が見えない。攻撃が来るタイミングをカウントしてくれ」
「みぎからくる。2・・・1・・・0。HIT、ドレインかいふく、ひだり3・・・2・・・1・・・」
マッチを擦るような音とわずかな手応え。敵の狙いは俺たちの鼓膜だ。必ず、右か左の側面から襲ってくる。
視認不可能なMOBを相手に聴覚を研ぎ澄ます。
「ひだり、3,2,1,0.HIT。地面に落ちた」
いくつかの断片的なヒントをもとに推測すると、敵はコウモリのような習性を備えているらしい。
攻撃方法は三種類。被ダメージの少ない超音波攻撃と、相手の血を吸って回復するHPドレイン。それと噛み付き攻撃だ。
視覚では捉えられないという特性を活かすため、音波攻撃で聴覚をズタズタにし、完全に姿を眩ませるのが、こいつらの必勝パターンなのだろう。
だが、異常ステータスの項目には、聴覚を奪われるような状態異常は存在しない。敵はまるで不足を補うかのようにアバターを通り越し、プレイヤー本体を狙ってきたかのように思える。
まるで、弱点を克服するためにAIがシステムそのものを乗り越えてきたかのようだ。
しかし、システムを逸脱した攻撃ができるのは敵だけじゃない。ルカの妖精の眼がすべてを捉えている。
ガゼルがあえて当たらない攻撃を仕掛けることで敵を狭い場所に退避させ、ルカの合図で俺が攻撃を仕掛ける。
必要なのは手数と、イメージだ。蚊を退治するときのように敵の行動を推測し、暗闇のなか羽音を頼りに剣で斬りつける。
敵の防御はさほど高くない。飛んでいるからか、羽に直撃すれば移動できなくなるようだ。
オレアリアにルカの護衛を頼み、俺とガゼルで徐々に敵にダメージを与えていく。
敵の攻撃はルカがタイミングを知らせてくれるから、避けるのは容易い。
「そこか!」
検討をつけた一撃が過たず、敵の背に吸い込まれていった。クリティカルの手応えだ。飛び回っていたのは、その一体が最後らしく、地面に落ちた敵はなんなく片付けることができた。
合計3匹の敵を倒し、経験値とアイテムを手にする。
どうやらこの不可視のコウモリは幽霊コウモリというらしく、霊属性のアイテムが手に入ったのは一つの収穫だ。これでアイテム製造の幅が増える。
戦闘で傷を負ったのはベルとホセイだけだったが、二人ともいまだ聴覚は回復していないらしく、耳鳴りが響いているようだ。
なんとか一人で歩けるくらいには回復したみたいだが、平衡感覚が狂わされたのか、だいぶフラついている。
「二人とも、まだ戦えそうか?」
「大丈夫といいたいとこだけど、これじゃ足でまといね」
「せめて、壁くらいにはなるでごわす」
やはり戦列に復帰させるのは難しいか。
本体が喰らったダメージである以上、治癒術では回復できない。
しかし、時間は刻一刻と迫ってきている。四時間で書庫の最奥までたどり着かなければならないのだ。休ませているわけにはいかない。
「つぎのてき、くるよ」
ルカが示したのは二つに分かれた道の左側だ。不気味な羽ばたきの音が二つ、通路のむこうから高速で近づいてくる。
「休む間もないな。ガゼル、オレアリア、迎え撃つぞ!」
俺が通路に広がる闇の向こうに対して剣を構えると、突如、ホセイが俺の前に立ちはだかった。
地面に斧を突き立て、仁王立ちする。
「連中の相手はわしが引き受けるでごわす。さあ、ここはわしに任せて先へ行くでごわす!」
「マジでその台詞を聞ける日が来るとは思わなかったな」
「お約束だね! おめでとう!」
ガゼルが羨ましそうな声で呟き、オレアリアもなぜか拍手している。せっかく死亡フラグを立てても、ホセイは色物キャラにしかなれないようだ。
ルカ、奥へ行くルートはどっちだ?」
「こっち」
ルカは右のルートを指差す。いよいよホセイを足止めに置いていくしかないようだ。
「よし、俺たちは先へ進むぞ。ホセイ、俺たちが戻ってくるまで死ぬんじゃないぞ」
俺は通路を塞ぐ大きな背中に最後の声をかけ、先へ進む決断を下した。
奴のキャラクターならいつか、こういうことをする日が来ると思っていた。
だから、最高のロールプレイをさせてやる。
分かれ道を右に進んだ俺たちの後ろから、大きな雄叫びと、孤独な斬撃の音が聞こえてきた。
「このままでは死ねんでごわす!」
次回更新も遅くなります。




