6:革命前夜
ギルドに向かって走る俺の耳に、再びコール音が響く。
『戦闘が始まっているようだな。できれば戦って欲しくはなかったが』
「悪いな。好戦的な性格なんだ」
『始まってしまったものは仕方がない。うちでアンタを保護しよう。走ってこられるか?』
「羽が生えてりゃ飛んで行くんだが、仕方がないから徒歩で行くよ」
そのとき、頭上を通過した炎弾が民家の石壁に直撃し、轟音が地面を揺るがした。
街の一角に巨大な炎柱が芽生え、闇が駆逐される。低射程、高威力のLv3炎系魔法【フレイムピラー】だ。
今の攻撃で俺の位置を確認したか、それともまだ見失っている最中か。だが、建物の影に身を潜めているわけにもいかない。
多少の誤差はあるだろうが、マップレーダーには俺の位置が映っているかもしれない。囲いを作られたら集中砲火を浴びせられるのは確実だ。
『どうやら順調に近づいて来ているみたいだな』
「ああ。そろそろヤバそうだが」
『あと何メートルくらいだ?」
「そうだな。ざっと400メートルってとこだろう」
『OK。あとは人ごみに紛れてくれ』
「人ごみったってな。猫一匹いないぜ」
なんせ、今の時間帯は市街全域が【カサンドラ・エクス】が仕組んだ狩場に変貌している。これだけ派手な戦闘をやらかしているのに、のこのこ出歩くプレイヤーがいるとは思えない。
ところが、確認のつもりで通りに目を向けると、PTらしき数人の男女が通りをぶらついているのが見えた。
さらにその後ろにも、数組のPTがぞろぞろと続いている。偶然にしてはタイミングが良すぎる。
『これでも一応、ギルドマスターなんでね』
イーガンがギルドメンバーに指示を出したのだろう。
【カサンドラ・エクス】の連中もPKによる攻略を否定している以上、無差別に攻撃するわけにはいかないはずだ。俺はPTの背中に張り付くようにして通りに出た。空を見上げても魔法が飛んでくる様子はない。
『騎士が二人、扉の前で待っている。そこから先は俺たちが防ぐ』
「助かった。恩に着るよ」
俺は通話を切って、前方に見えてきたギルドハウスを見据えた。
なるほど、酒樽にゴリラの手足をくっつけたような大柄な騎士が二人、金剛力士像さながらに門前で斧を構えている。
俺が歩み寄ると、二人は斧をガチンと突き合わせ、行く手を阻んだ。
「槍が降ろうと、矢が降ろうと!」
「何人たりとも通さんでごわす!」
鼓膜が破けそうになるほどの大音声で見事にハモる。こんなタイプの騎士がまだ生き残っていたとは知らなかった。
「イーガンに呼ばれて来たんだが、招待状が必要かい?」
「もしや、鉄血殿でありますか!」
「ああ、今はレオンと名乗ってるが」
「どうぞ、席は暖めておきましたゆえ!」
ザッと音がしそうな勢いで二人が左右に分かれ、頭を垂れる。いったい誰に何を吹き込まれたのやら、気になるところだが、こっちも追われている身だ。細かなことはさておき、ギルド内部へ入ることにした。
一階のロビーで俺を出迎えてくれたのは、イーガンとほか数名の治癒術士たちだった。アヤカの姿はここにはない。
イーガンの目配せで、治癒術士が俺にヒールをかけた。HPはほとんど減っていなかったから、挨拶代わりだろう。
彼と最後に会ったのは、俺がまだ騎士でいた頃だ。
「ずいぶん変わったな」
「ギムレットにはまだ早いかな」
俺の言葉に、イーガンは珍しく微笑を浮かべた。
「いや、いつだって飲めるよ」
俺がイーガンやその仲間たちと話していると、なにやら外が騒がしくなってきた。
「来客が来たみたいだ。少し席を外すよ」
招かれざる客が、外の騎士たちと揉めているようだ。イーガンは俺に断って入口のほうへ近づいていく。
そのとき、ドアの向こうから男が喚き散らす声がホールにまで響いてきた。
「貴様ら、PK野郎を匿う気か!」
「俺はここの責任者だが、うちの部下たちがなにか失礼を働いたようだ。用件を聞こう」
イーガンが騎士たちを押しのけて、入口の前に立つ。
「貴様がマスターか。ここに追われてたPK野郎が逃げてきたはずだ。マップで確認している。間違いはないはずだ」
「友人を招待しただけだ。彼がプレイヤーキラーだとは知らなかったものでね」
イーガンに詰め寄っているのは【カサンドラ・エクス】の実働部隊を率いている男のようだ。
【カサンドラ・エクス】がゴブリン討伐から帰還したときに先頭に立っていたから、見覚えがある。
「とにかく引き渡してもらおう。奴は危険な男だ」
男の言い分にイーガンは困ったような素振りを見せた。相手の言うとおりにすべきか、悩んでいるようにも見える。
「できれば、彼の身柄はこちらで預かりたい。大切な友人なのでね」
「ダメだ。せっかく、ここまで追い詰めたんだ。いまさら引き下がるわけにはいかん。俺たちに寄越せ!」
「だが、殺されるとわかっていて、引き渡すことはできない。こちらの気持ちも察してくれないか。こんな状況でなければ、PKするような人じゃないんだ」
「奴のレベルを知ってて言ってるのか? 奴はLv8だぞ。何十人と殺してなきゃ、そのレベルまで到達できん。怪物だよ、奴は」
「そうだとしても、裁判もなしに殺されていいわけがない。そちらのギルドマスターと話をさせてくれ」
「黙れ! とにかく道を開けろ!」
もはやテコでも動きそうにない男の主張に、イーガンはひたすら黙り込む。
彼なら口も頭も、もっとうまく回るだろうに、一方的に怒鳴り散らしている男が乱暴に胸ぐらを掴んでも、彼はまるで沈黙する以外に説得の手段を持たないかのように、無言で首を振り続けるだけだった。
「くそっ、我々に楯突いたことを後悔するがいい! なにかあれば責任をとってもらうからな!」
男も埒が明かないと見たのか、捨て台詞を残して仲間たちと去っていった。
「すまなかったな。厄介事を持ち込んで」
戻ってきたイーガンに労いの言葉をかける。だが、彼は目の前であれだけ怒鳴られたにも関わらず、まるで気分を害した様子がなかった。さきほどのやりとりにしても、彼はわざと下手に出ていたように思える。
「いいさ。こっちにも意図があってのことだ」
「理由を聞いてもいいか? どうせ、借りを返すというのは建前だろ」
「ああ。実は始末したい連中がいてね。アンタの力を借りたい」
「穏やかじゃないな。その言い方だと、相手は複数いるようだが、なんて連中だ?」
「標的は【カサンドラ・エクス】だ。今度は奴らが消される番だ。」
イーガンは顔色一つ変えることなく、総勢200人からなる魔術師ギルドの粛清を提案した。
どうやら、さっきの男はネズミを捕まえるのに夢中で、虎の尾を踏んだことに気づかなかったようだ。




