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4:カサンドラエクス凱旋

【カサンドラ・エクス】の遠征当日。この日は朝から妙な空気に包まれていた。

前日にハンターがもたらした情報によって、プレイヤーキラーがゴブリンを倒したことが街中に知れ渡っていた。

ハンターは戦いの様子を詳細に語って聞かせたが、プレイヤーキラーがどんな外見だったかについては、一切口を割ろうとしなかったため、俺たちのことはまだ知られていない。

もしもバレたら【カサンドラ・クロス】あたりに命を狙われることになるだろう。

PKを容認しない魔術師ギルドと、数多くの命を奪ったプレイヤーキラーとでは、一体どちらが強いか。

街の人の関心は、恐らくその一点にあるのだろう。


俺は酒場のカウンター席で朝から人々の話に聞き耳を立てていたが、ここへ来た本当の目的は仲間探しためだった。

ヘカテが死に、PTに回復役がいなくなったために、治癒術士を新たに加える必要があった。

探しているのは経験豊富な治癒術士(ヒーラー)だ。

MMORPGにおける回復役(ヒーラー)とは、いわば司令塔に近い役割だ。

メインタンクやアタッカー、ソーサラーなどの攻撃的役割を担うものは、その性格上、目の前の敵を倒すことに意識が集中してしまい、視野狭窄に陥りやすい。その点、味方のHPに気を配り、全体を見やすい位置にいるヒーラーは指揮するにはうってつけだ。

優秀なヒーラーは全滅の一歩手前の状況から、戦況を立て直すこともできる。


死んだヘカテには悪いが、彼女は治癒術士には向いていなかった。

ヒーラーにはPTメンバー全員の命を助ける義務なんてものはない。全体のHPが危ういとき、誰を助ければPTが生き残るかを考えるのがヒーラーの役目だ。人命の取捨選択。ヒーラーに必要なのは、そうしたセンスだ。自分を犠牲にするような優しい人間に務まる職業じゃない。



店のなかを見渡すと、治癒術士の姿はいくつか見受けられたが、フリーの人間はいなかった。

攻撃力を持たない治癒術士やブラックスミスはPKに狙われやすい。HPの少ない魔術師も狙い目ではある。

そうした弱者たちが加入するギルドは巨大化しやすい。庇護を受けなければ、自分の身も守れないのだから、組織に身を置こうとするのは当然だ。現在、ヴァネサリアでもっとも強い影響力を有しているのは、魔術師ギルド【カサンドラ・エクス】、職工ギルド【血盟工廠】、治癒術士ギルド【クリムゾン・クロイツ】の三つだ。


【血盟工廠】のような戦闘力を持たないギルドでも、一言「PKとは取引をしない」と宣言すれば、影響は絶大だ。

なにしろ武器や防具を売らない、修理にも応じないとなれば、余計に金もかかるし、弱い装備で戦わざるをえないのだから、プレイヤーとしては泣きたくなるような状況だろう。


俺は最初のPKはともかく、その後は騎士ばかり狙っていたから、そういった憂き目にはあっていないが、PKがバレた時には相応に悲惨な末路を辿ることになるかもしれない。

望みがあるとすれば、【カサンドラ・エクス】を除くほかのギルドは、PK行為の是非について、いまだに状況を見定めている段階であることだろうか。

なにしろ、このゲームはPKをしなければ初級モブすら倒すことができないという憶測がすでに広まっている。今の段階でPKを排斥することには躊躇せざるをえない。

そうしたなかで伝えられたプレイヤーキラーによるゴブリン攻略と、今回の【カサンドラ・エクス】遠征の成否は、人々の注目を集めるには充分すぎる話題だった。


【カサンドラ】は朝早く出かけたきり、まだ帰ってきていない。

事の成功次第では、街の情勢は一気にPK排斥の方向へと傾きかねない。

そうなってくると、今の状況で迂闊にPTメンバーを募集するのも考えものだ。


俺が朝から一人で黙々と酒を飲んでいるのも、状況の推移を見極めるためだ。

そしてついに、この状況に決定的な楔を打ち込む報せが店に飛び込んできた。

「【カサンドラ・エクス】が帰ってきたぞ! 犠牲者はゼロだ!」

店にいた者たちは、報せを受けて外へと流れ出した。出口に人が殺到し、押し合いになる。ようやく俺が外に出られた頃には、大通りが見物人で埋め尽くされていた。


【カサンドラ・エクス】のメンバー、総勢18人が列をなして通りを歩く。その戦果は彼らの身なりを見れば明らかだ。

誰一人、怪我を負ったものはいない。無傷で戦いを終えて帰ってきたのだ。魔術師が最強職であることの、なによりの証明だった。

彼らは悠々と中央広場まで進み、リーダーらしき男が見物人へと呼びかけた。

「行って、見て、勝ってきた! 見てのとおり、我々は無傷だ。ゴブリン討伐は成功だ」


街の人々に戦果を伝えた後、彼らは解散し、ある者は祝杯をあげるために酒場へ行き、またある者は親しいもののところへ、勝利報告をしに行った。

そして幾人かは広場にとどまり、詳細を教えてくれと詰め寄る人々に、戦闘の様子を語って聞かせていた。

「今回の作戦は河を挟んでの砲撃戦さ。東門から出て、河を伝って行くと、森の手前で一箇所だけ川幅の狭いところがあるんだ。射程の長い杖を使えば、ギリギリで届くんだ。そこで18人全員で魔法を展開してね、ゴブリンが通りかかるのを待ってたのさ。いや、ホントの手柄は俺たちじゃないよ。毎朝、決まった時間にその場所に水を汲みに来るゴブリンPTがいることを突き止めたのは、ミナツっていう女ハンターさ」

「危なくはなかったのか?」

野次馬の一人が訊ねる。すると魔術師は笑いながら頷いた。


「向こうは河を渡れないみたいだったからね。ほとんど一方的さ。矢は飛んできたけど手前に落ちたしね。アイツら、噂通りなかなか死なないんだ。ゾンビ映画みたいだったよ」

よほど余裕のある勝ち方だったのだろう。武勇伝を語る魔術師の口調からはゴブリンに対する脅威は窺えない。

「なあ、戦利品はどうだったんだよ。なにか持ち帰ったんだろ?」

「ああ、東の森で採取したアイテムがいくつかと、ゴブリンからのドロップがあったよ。状態異常を回復させるアイテムが作れるみたいでね。僕としてはもうちょっと奥まで進んでみたかったんだけど。まあ、焦ることないよ。ようはバリケードのあるところから狙い打てればいいんだ。東のフィールドにはそういうポイントも多そうだしね。下調べして、次回からはもうちょっと少なめの人数で地道に倒していけば、そのうちレベルも上がるさ。PKしなきゃクリアできないなんて噂があるみたいだけど、それは間違いだってこと、僕たちが証明してみせるよ」

魔術師は自信満々に言い放つと、片手を上げて広場を後にした。残された人びとの顔に浮かぶ感情は、歓喜だ。

街のあちこちから次々と歓声があがる。

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