3 勝利の報酬
無事に街に帰り着いた俺たちは、まず最初に失明したベルを宿屋に連れて行き、彼女をベッドに休ませた。
ゴブリンPTとの戦闘で力を使い果たした俺たちが、帰りに他のモブに襲われなかったのは、幸運と言えるだろう。
収穫した素材アイテムのほかにも、ゴブリンからのドロップ品を手に入れることができた。
そのなかにメニコ草というアイテムがある。これが目薬の材料になるのだ。
彼女の目を元に戻すには、メニコ草を職人ギルド【血盟工廠】に渡して、目薬を作ってもらうしかない。
リーゼが横になったベルに毛布を掛けてやり、静かにベッドから離れる。
そのまま部屋を出て扉を閉めると、思わず安堵の吐息がもれた。
「なんにしても、生き残れたな。俺たちは」
「うん、ヘカテのおかげかな。出会った時からヘンな子だと思ってたけど、なんか・・・ほんと・・・」
リーゼはそこまで言いかけて、残りはうやむやにした。
だが、彼女の言いたいことはなんとなくわかる。いくら道化を演じていたとはいえ、あんな終わり方は冗談が過ぎる。
そもそも死亡フラグすら立っていないような奴が、あっさり仲間のために犠牲になって死ぬなんて、普通ありえないだろう。
このゲームにログインしてからの俺は敗戦の連続だ。生き残ることはできても、必ず何かを失う。
俺たちは雑魚を相手に何人の仲間を死なせれば、この先へ進めるのだろう。
そして、先へ行けば行くほど強敵が待ち構えている。きっとボスとの戦闘は想像もつかないほどの激戦になるだろう。俺たちのゲームはプレイヤーの全滅という形で終わるのかもしれない。
俺は今回の戦いで、密かに失望していた。
自分より強い敵とやりあっていくためには、天性のゲームセンスが求められる。
魔術師のリーゼに関してはまだマシなほうだが、ベルもヘカテも、致命的にそのセンスが欠けている。
ゴブリンのAIも狡猾だったが、それでもあの局面でブレスを撃たせたのはベルの判断ミスが原因だ。
俺自身にも反省しなければいけない点がいっぱいあったが、正直に言って、ベルたちの戦い方はひどかった。
この先、鍛えてみたところで、いずれは死ぬことになるだろう。
もしかしたら、俺は彼女たちにアヤカの代わりを求めていたのかもしれない。
判断力、反応速度、勘の良さ、どれをとってもアヤカは逸材だった。彼女とは決別してしまったが、せめて彼女が俺のやり方に理解を示してくれていればと思う。
俺は頭を振って、後悔を片隅に追いやった。未練たらしいこと、このうえない。
彼女たちの技量不足を言い訳にしたところで、俺がヘカテに命を助けられたのは事実だ。
そもそも、俺がフィールドに連れ出したりしなければ、ヘカテは死ななくて済んだ。
もしかしたら、ヘカテは自分が死ぬことを予期していたのかもしれない。ゴブリンとの戦闘で治癒術士が狙われるのは、周知の事実なのだから。
たとえベルたちの活躍に期待はできなくとも、受けた借りは返すべきだろう
俺は目薬の作成を依頼するべく、リーゼとともに職人ギルドのある方角へと足を向けた。
東門から左に進むとギルド【血盟工廠】の建物がある。
このギルドに所属する職人の数は約600人。戦闘力に乏しい彼らはギルドに所属し、一致団結することで身を守っている。
彼らの目的はこのゲームを攻略するための鍵となりえる、最強装備を生み出すことにある。
だが、フィールドには強すぎるモンスターがうろついているため、素材アイテムが手に入りにくく、目標達成には程遠いのが現状だ。
俺はリーゼとともに【血盟工廠】の紋章が施された扉をノックした。
なかから現れてきたのは、無精ヒゲを生やした、眠そうな顔の男だった。
「はいはい、なんかご用ですかね?」
「素材アイテムを持ってきた。これを全部加工して欲しい」
「本当か? よく採って来れたもんだ。見せてもらえるか」
「ああ、これだけしかないが、どうだ」
俺がアイテムウィンドウから取り出したのは、パッソの小枝×6、ゴブリンの牙×2、とがった石×2、メニコ草×1の三種類。
それを全部渡すと、男は驚きに目を見張った。
「ほう、ずいぶん集めてきたな。どうやって手に入れた?」
「ゴブリンからのドロップだ」
「ゴブリンを倒したのか? そいつは初耳だな」
品物を眺める男の目つきが鋭さを増し、やがて破顔した。
「ははっ、ま、いいやな。で、なにを作るんだ?」
「目薬を作って欲しい。たしかメニコ草から作れたよな?」
「う~ん、目薬か。そいつは無理だな」
男が顔を伏せるのを見て、それまで黙って聞いていたリーゼが話に割り込んでくる。
「え、ちょっと待ってよ。聞いてた話と違うよ。だって、この草で作れるはずじゃ」
「こいつは職人の間じゃ、すでに知れ渡ってるんだが、Bテストのときとは、仕様が変更されちまっててな。メニコ草のほかにも必要な素材があるんだ」
「他になにが必要なんだ」
「ブルーベリーの実がいる。たぶん東の森に生えてるのがあるはずだ」
「東の森? またゴブリンと戦わなきゃいけないっていうの?」
俺とリーゼは揃っては肩を落とした。今の俺たちに戦う力はない。その様子を見て、男が言った。
「そうか、アンタらはフィールドに出てたから、まだ知らないんだな。明日朝、【カサンドラ・エクス】の連中が東の森に遠征に行くんだよ。総勢18人の大PTでな」
「魔術師ギルドの連中か」
【カサンドラ・エクス】は近頃、急激に勢力を伸ばし始めた新興ギルドだ。メンバーの数は200人以上。
魔術師は現在、最強職と標榜されているだけに、それだけの数が集まれば、かなりの脅威となる。
「そっか、その人たちについていけば・・・」
希望を見出したリーゼが明るい声で呟く。だが、男の話にはまだ続きがあった。
「連中と組むなら交渉材料を手に入れといたほうがいいぜ。情報でも、アイテムでも、役に立つものならなんでもいいはずだ」
「私、魔術師のLv2だけど、それでもダメなの?」
「身元が確かじゃないと入れてくれないな。連中、しばらく前からPKKを初めてLv2や3の奴らが揃ってるみたいだからな」
「これはあくまで独り言で、他意があるわけじゃないが、プレイヤーキラーは連中に殺されるぜ。ギルドマスターはPKを相当嫌ってるらしいからな」
「やってることは、そんなに変わらないと思うんだがな?」
「ま、それが人間の世の中ってもんよ。正義やら神やらの名の下になんでも正当化されちまう。人の造りし神は、いつだって大衆寄りだ」
「ニヒルなんだな」
とりあえず、俺たちは男に素材を預け、【血盟工廠】を後にした。
リーゼは【カサンドラ・エクス】に接触するつもりでいる。
俺はリーゼとも別れ、ひと足先にベルのところへ戻ることにした。
ベルを預けた部屋の前に立ち、黒ずんだ木製のドアをノックすると、室内から声が返ってきた。
「ベル、具合はどうだ」
ドアを開け、部屋の中央に歩み寄りながら声をかける。一人で部屋に残っていたベルは目を伏せたまま、退屈そうに時間が過ぎるのを待っているようだった。どうやら目の痛みは少しは治まったらしい。
「眼が見えないと何もすることがないわ。ところでリーゼは?」
「それなんだけどな、目薬の作成にもう少し時間がかかりそうなんだ。それでリーゼが残って交渉してる。大丈夫、すぐ治せるさ」
「本当に眼が見えなくなったわけじゃないのが幸いよね。でも退屈だわ。歌でも歌ってくれない?」
「デュエットで良けりゃ歌ってやろうか? あ、歌い出しはお前から頼むな」
「あなたって、いじわるよね」
結局、歌いはしなかったが、ベルの退屈凌ぎに一時間ばかり付き合ってやっていると、ドアからノックの音が聞こえてきた。
「リーゼ? 戻ってきたのね」
「ああ、うん。ベルも思ったより元気そうだね」
そういうリーゼの声は、ベルとは対照的に沈んでいるように感じられる。なぜか、俺とは視線を合わせるのも避けているようだ。
「あの、レオンさん。悪いんだけどベルと二人で話したいことがあるんだ」
「そうか。じゃあ、俺は帰るよ。またな」
リーゼは妙に塞ぎ込んでいるようだったが、彼女のことは気心の知れたベルに任せたほうがいいだろう。
俺は二人を部屋に残して、宿を後にした。
その日の夜、プレイヤーキラーがたった四人でゴブリンのPTを倒したという情報が街のなかを駆け巡った。
いよいよ明日、【カサンドラ・エクス】がゴブリンの攻略を始めるという時期に流れ出たその情報は、人々を不安に陥れた。
このゲームにおける攻略組のトップが、プレイヤーキラーということになれば、もう誰もPKを止められなくなる。
情報を持ち帰ったハンターは戦闘の様子を事細かに話してみせ、最後にこう語ったそうだ。
『これから先、生き残れるのはPKに手を染めた者だけだろう。アンタも覚悟しておいたほうがいい。いつ背中を刺されるかわからないぜ』と。




