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婚約破棄ですか? では研究成果は全て持っていきます  作者: ぽかぽか


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5.

 手紙を送ってから二週間後。

 私は研究室で新しい設計図と格闘していた。

 すると研究室の扉が叩かれる。


「リディア様、お客様です」


 ミリアが少し困ったような顔で入ってきた。


「お客様?」

「ジェントリー王国からだそうです。表向きは、以前の結界理論についての公式な技術問い合せ、とのことですが……」


 私は勢いよく立ち上がった。

 早い。

 思ったよりずっと早い。

 応接室へ向かう。

 中には見知らぬ男性が座っていた。

 濃い茶色の髪。

 眼鏡。

 落ち着いた雰囲気。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。

 私が入ると立ち上がる。


「初めまして、リディア様」


 丁寧な礼。


「私はルーク・ハインツと申します」

「リディアです」


 挨拶を交わす。

 ルークは封筒を差し出した。


「アラン殿下からです」


 私はすぐに封を切る。

 中には短い手紙が入っていた。


『手紙は読んだ』

『協力は惜しまない』

『受け入れの準備はこちらで進める』

『必要なことはルークへ伝えてほしい』

『彼は私の代理だと思って構わない』


 最後に署名。アラン・ジェントリー。

 私は思わず笑った。


「本当に来たんだ」

「殿下は元々、リディア様を高く評価しておりましたので」


 ルークが静かに答える。

 私は手紙を畳んだ。


「ありがとう」

「いえ」

「じゃあ早速だけど相談があるの」


 ルークの表情が少しだけ引き締まる。


「お聞きします」

「私、王国を出る予定なんだけど」

「はい」

「その前に証拠集めをしたいの」

「証拠、ですか」

「うん」


 私はにっこり笑った。


「色々あるから」


 ルークは数秒ほど黙った。

 予想していた話と少し違ったらしい。

 普通なら。

 婚約破棄。

 王子への未練。

 今後の身の振り方。

 そういった話になると思うだろう。

 だが私が気にしているのは証拠である。


「……なるほど」

「何?」

「いえ」


 ルークは小さく咳払いした。


「殿下が高く評価される理由が少し分かった気がします」

「そう?」

「はい」


 だが。

 想像していた人物像とは少々違った。

 そんな言葉は胸の内にしまったらしい。

 ルークは初めて小さく笑う。


「ご安心ください」


 その目が真剣になる。


「リディア様がジェントリーへ来られるよう、こちらも全力を尽くします」


 その言葉に嘘はなかった。

 私は右手を差し出す。


「じゃあよろしく」


 ルークは一瞬だけ目を丸くした後、その手を握り返した。


「こちらこそ」


 こうして。

 私の王国脱出計画に、新しい協力者が加わったのだった。


◇◇◇


「よし!」


 私は机を叩いた。


「証拠集めをしよう!」

「急に元気になりましたね」


 ミリアが呆れたように言う。

 向かいではルークも静かにお茶を飲んでいた。


「だって研究費よ?」


 私は当然のことを言う。


「研究費がどこに消えたのか調べないと」

「普通は婚約者の浮気を気にする場面では……と、聞くだけ野暮でしたね」


 ルークが諦めたように苦笑してお茶を置いた。


 リディア・ローゼンという規格外の天才に、常識を当てはめようとした自分が間違いだったと、彼はすでに理解しつつあった。


「ともかく!」


 私は立ち上がった。


「研究費の流れを調べる!」

「録画魔道具の設置は私が担当します」


 ルークが言う。


「ミリアは?」

「帳簿ですね」

「よし」


 作戦会議は終わった。

 その後数日間。

 私たちはそれぞれの役目をこなした。


◇◇◇


「ありましたー!」


 私は勢いよく書類を掲げた。

 ミリアが駆け寄る。


「何ですか?」

「研究費から支出されてる!」

「何がです?」

「ドレス代!」


 ミリアが固まる。

 私は次々と書類を取り出した。


「宝石」

「高級レストラン」

「馬車」

「ドレス」

「宝石」

「また宝石」

「……」


 ミリアが無言になった。

 私は机へ書類を並べる。

 どれも研究予算から出金されていた。

 見れば見るほど酷い。


「よく見つけましたね」

「帳簿整理魔道具を作ったの私だから」


 本当に便利だ。

 自分で作った魔道具は。


◇◇◇


 その頃。

 王宮の庭園。


「エミリア」

「はい、ルイス様」


 春の花が咲く庭園を二人は歩いていた。

 いや、歩いているというより。

 ほぼ腕を組んでいた。


「最近リディアが静かだな」


 ルイスが満足そうに言う。

 エミリアは嬉しそうに微笑んだ。


「きっと諦めたんですわ」

「私もそう思う」


 二人は頷き合う。

 盛大な勘違いだった。


「だってルイス様は私を選んでくださったんですもの」

「当然だ」


 ルイスは自信満々に答える。


「私が愛しているのは君だけだからな」


 エミリアは頬を染めた。

 その様子を少し離れた植え込みの中から小さな魔道具が記録していることなど、二人は知る由もない。


「そうだ」


 ルイスが思い出したように言った。


「次の建国記念夜会で婚約を解消しよう」


 エミリアが目を輝かせる。


「まあ!」

「皆の前で正式に宣言する」

「素敵ですわ!」

「リディアも理解してくれるさ」

「ええ、きっと」


 二人は笑い合った。

 やはり何も分かっていなかった。


 その日の夜。

 研究室。

 ルークが録画魔道具を机の上へ置く。


「撮れました」

「本当?」


 私は身を乗り出した。

 魔力を流す。

 映像が壁へ映し出される。


 ルイスとエミリア。

 庭園。

 会話。

 そして。

『次の建国記念夜会で婚約を解消しよう』

 映像が止まる。

 研究室が静かになった。

 ミリアがゆっくりと口を開く。


「どうします?」


 私は即答した。


「ちょうどいいね」

「何がです?」


 ルークが聞く。

 私は満面の笑みを浮かべた。


「証拠発表会の会場になる」


 二人が同時に黙った。


「その発想になります?」


 ミリアが言う。


「なるよ?」


 私は首を傾げる。

 むしろ好都合だ。

 人も集まる。

 証拠も揃ってきた。

 舞台としては申し分ない。


 私は机の上の書類へ視線を落とした。

 帳簿。

 領収書。

 映像記録。

 必要なものは着実に集まっている。

 建国記念夜会。

 決行の日が決まった。


◇◇◇


 建国記念夜会まで残り十日。

 私たちは最後の準備に追われていた。


「権利関係は問題ありません」


 ミリアが書類をめくる。

 私は向かいで頷いた。


 結界魔道具。

 魔道計算機。

 魔道翻訳機。

 自動書記魔道具。

 その他諸々。

 王家へ納品したものは別として、権利そのものは私に残っている。

 契約書を確認しても間違いなかった。


「よかった」

「よかったじゃありません」


 ミリアが呆れた顔をする。


「普通はもっと早く確認しておくものです」

「必要なかったし」


 まさか本当に出ていくことになるとは思わなかったのだ。


「持ち出し予定の資料はこちらです」


 机の上には山のような書類が積まれていた。

 研究記録。

 設計図。

 実験結果。

 移動ゲート関連資料。

 私の宝物である。


「研究棟ごと持って行きたい」

「無理です」


 即答された。

 残念だ。

 その後はミリアの手続きだった。


「本当にいいの?」


 私は書類から顔を上げる。


「今ならまだ残れるよ?」


 ミリアはペンを置いた。


「残りません」


 即答だった。


「だってリディア様がいない研究室なんて面白くないじゃないですか」

「ミリア……」


 少し感動した。


「それに」


 ミリアはため息を吐く。


「途中で放り出したらリディア様は無茶して倒れますよ」

「失礼な」


 否定できないけれど。

 ルークが静かにお茶を飲んでいた。


「仲が良いですね」

「腐れ縁です」

「助手です」


 声が重なった。

 ミリアが嫌そうな顔をする。

 失礼である。


 数日後。

 最後の打ち合わせが行われた。


「証拠は揃いました」


 ルークが机へ資料を並べる。

 帳簿。

 領収書。

 録画記録。

 どれも十分すぎる内容だった。


「夜会当日は私も会場におります」

「ありがとう」

「何かあればすぐ動けるよう準備しています」


 私は頷いた。

 さすがアラン殿下の側近である。

 仕事が早い。


「リディア様は予定通りで」

「うん」


 夜会に出席する。

 婚約破棄を宣言される。

 そして証拠を出す。

 やることはそれだけだ。

 ルークは確認するように尋ねた。


「緊張していますか?」


 私は少し考えた。

 そして首を横に振る。


「全然」


 本当にしていなかった。


「研究発表会みたいなものだし」


 ミリアが頭を抱える。

 ルークが天井を見上げた。

 どうやら何かおかしいことを言ったらしい。

 だが私には分からなかった。

 準備は終わった。

 証拠も揃った。

 後は当日を待つだけだ。

 建国記念夜会まで、あと三日。

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