4.
祝賀会は正直退屈だった。
貴族たちは結界の話よりも私自身に興味があるらしい。
年齢は。
出身は。
好きな食べ物は。
婚約者はいるのか。
そんな話ばかりだった。
研究の話がしたい。
そう思っていた時だった。
「失礼」
低い声が聞こえた。
振り返ると見知らぬ男性が立っていた。
濃紺の礼服。
落ち着いた雰囲気。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
「隣国ジェントリーの王弟、アランだ」
「あ、リディアです」
それは知っている、と少し笑われた。
「君の結界理論について聞きたい」
その言葉に私は思わず顔を上げる。
研究の話だ。
ようやく研究の話ができる。
「結界そのものより、魔力循環理論に興味がある」
私は瞬きをした。
祝賀会に来てから初めて聞いた言葉だった。
皆、結界の規模ばかり話題にしていた。
理論について尋ねた人はいない。
「気付きました?」
「当然だろう。あの結界は理論の副産物だ」
私は思わず身を乗り出した。
「そうなんです!」
気付けば夢中で話していた。
魔力循環。
効率化。
今後の応用。
移動ゲートの可能性。
アラン殿下は時折質問を挟みながら最後まで聞いてくれた。
そして話が終わった時。
彼は静かに言った。
「君の才能は結界だけでは終わらないな」
「そうですか?」
「間違いない」
即答だった。
私は少しだけ嬉しくなった。
「もし研究環境に困ることがあれば」
アラン殿下はグラスを傾ける。
「我が国は優秀な研究者を歓迎する」
私は軽く笑った。
そんなことにはならないだろう。
この時の私はそう思っていた。
◇◇◇
私は便箋を取り出した。
脳裏に浮かぶのは数年前の祝賀会。
結界の話ではなく、理論の話をしてくれた数少ない人物。
隣国のアラン王弟。
「研究環境に困ったら我が国へ」
あの言葉を思い出す。
まさか本当に困ることになるとは。
人生は分からないものだ。
私はペンを取った。
内容は簡潔にする。
現状。
予算削減。
契約内容。
そして交渉したいこと。
研究者として雇用を希望すること。
手紙を書き終え、封をする。
そしてミリアへ渡す。
「至急お願い」
「本気なんですね」
「もちろん」
ミリアは何とも言えない顔をした。
だが何も言わず手紙を受け取る。
扉が閉まる。
研究室に静寂が戻った。
さて。
返事を待つだけでは意味がない。
こちらもできることは進めなければ。
私は椅子に腰掛けた。
机の上には契約書。
そして予算書。
研究費が削られている。
その使い道は聖女への贈り物。
王子も関わっているのは間違いない。
「絶対揉めるわよね」
私はため息を吐いた。
契約違反。
研究費の流用。
婚約解消。
どう転んでも穏便には終わらない気がする。
ならば必要なのは証拠だ。
「証拠か」
その瞬間だった。
ふと前世の記憶が蘇る。
頭の中に浮かんだのは小さな機械。
運動会。
旅行。
家族。
様々な思い出と一緒に記憶されている。
映像を記録する道具。
ビデオカメラ。
「あ」
思わず声が漏れた。
「作れるかも」
私は勢いよく立ち上がる。
映像を記録する。
音声も保存する。
あとから再生できる。
証拠としても使えるし、普通に便利だ。
「録音機能も必要よね」
気付けば新しい設計図を広げていた。
ペンが走る。
魔法陣を書く。
構造を組み立てる。
映像保存用の魔石。
音声記録用の術式。
再生機能。
長時間保存。
考えることは山ほどあった。
だが。
「面白そう」
自然と口元が緩む。
予算を削られたのは腹が立つ。
王子にも思うところはある。
それでも。
新しい魔道具を作る時のわくわくは別だった。
「よし」
私はペンを握り直した。
まずは映像記録魔道具。
後の歴史書にはそう記されるかもしれない。
もっとも。
この時の私はそんなことは考えていなかった。
ただ新しい魔道具を作りたかっただけである。
◇◇◇
録画魔道具の開発は順調だった。
元になったのは前世のビデオカメラだ。
映像を保存する。
音声も記録する。
再生もできる。
証拠収集用としては十分だろう。
私は数日で試作品を完成させた。
「よし」
小さな箱型の魔道具を机に置く。
見た目は地味だ。
だが性能には自信がある。
「試してみなきゃね」
そう言って研究室の棚へ何気なく置いておいた。
そして数日後。
「リディア様」
ミリアが妙に穏やかな笑みを浮かべていた。
嫌な予感がする。
「なに?」
「この前、予算案作成中にお菓子を食べていましたよね」
私は固まった。
「……なんで知ってるの?」
「さらに書類の上で寝ましたよね」
「なんで知ってるの?」
ミリアは無言で魔道具を操作した。
次の瞬間。
部屋の壁に映像が映し出される。
そこには見覚えのある人物がいた。
私だ。
机で計算をしている。
飽きたのか引き出しからお菓子を取り出す。
食べる。
さらにしばらくして。
そのまま机に突っ伏して寝ている。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
私はそっと目を逸らした。
ミリアはため息を吐いた。
「性能は問題ないようですね」
「そうだね」
録画魔道具は大成功だった。
問題は記録された内容だった。
◇◇◇
ジェントリー王国。
王城。
「殿下、お手紙です」
執務室で書類を片付けていたアランは顔を上げた。
差し出された封筒を見る。
見覚えのある名前だった。
『リディア・ローゼン』
アランの眉がわずかに動く。
「ほう」
封を切る。
中身を読み進める。
そして、小さく笑った。
「やっと来たか」
側近が首を傾げた。
「お知り合いですか?」
「四年前にな」
アランは手紙を机へ置く。
結界を作り上げた天才少女。
だが彼女の本当の価値はそこではない。
「結界の開発者として有名な方ですね」
「違う」
即答だった。
「違う、ですか?」
「あれは副産物だ」
側近は意味が分からないという顔をする。
無理もない。
当時も理解していた者は少なかった。
「彼女が生み出したのは結界ではない」
アランは窓の外を見る。
「結界を可能にした理論だ」
理論があるから応用が生まれる。
結界も。
通信も。
転移も。
未来の技術も。
全てそこから派生する。
だからこそ。
四年前の祝賀会で確信した。
彼女は本物だと。
「それほどですか」
「ああ」
迷いなく答える。
「国家予算を投じる価値がある」
側近が目を見開いた。
それは最大級の評価だった。
「ではなぜ今まで動かなかったのです?」
「王太子の婚約者だったからだ」
アランは肩をすくめる。
「引き抜けば国際問題になる」
だが、今回は違う。
視線を手紙へ落とす。
研究環境の悪化。
予算削減。
契約不履行。
そして協力の要請。
今回は向こうから手を伸ばしてきた。
ならば話は別だ。
「準備をしろ」
側近が姿勢を正す。
「最高の研究施設を用意する」
アランは薄く笑った。
「ようやく我が国へ迎えられるかもしれない」
その頃。
当の本人は。
録画魔道具に映った自分の寝顔を消そうとしてミリアに怒られていた。




