王は希望を取り戻す
Side:レネオス
「間もなく、ヴァルハイン邸に到着いたします」
御者の声が響く。
「先触れはすでに出しております。このまま進めてよろしいでしょうか」
「うむ。そのまま進め」
馬車は静かに進み続ける。
やがて――
先触れが戻ってきた。
「アルベルト様、オフィーリア様ともに、お待ちとのことです」
(元騎士団長に、元宮廷魔導士……)
(この状況を打開する手があればよいが)
ほどなくして、馬車が止まる。
「到着いたしました」
わしは妃たちとイリアを伴い、馬車を降りた。
玄関前には二人の人物。
元騎士団長――アルベルト・ヴァルハイン。
そして、その妻にして元宮廷魔導士――オフィーリア。
二人は背筋を伸ばし、微動だにせず王族を迎えていた。
「久しいな」
わしは軽く頷く。
「急な訪問を受け入れてくれたこと、感謝する」
アルベルトは深く頭を下げた。
「引退したとはいえ、我らは王国の臣」
「陛下の訪問を断るなどありえません」
その目は、すでに状況を理解していた。
「それに……現在の情勢については把握しております」
オフィーリアも静かに頷く。
「我々も独自に動いておりました」
「まずは、お会いしていただきたい方々がいます」
(……誰だ)
「案内を頼む」
屋敷の奥へと通される。
そして――
会議室の扉が開いた瞬間。
わしは息を呑んだ。
そこにいたのは――
幼い少女と、乳母に抱かれた赤子。
「フィリア……!」
ティアナ妃が声を上げる。
「無事でしたか……!」
駆け寄り、強く抱きしめる。
涙がこぼれ落ちる。
「イザベラ……その子は……レオンハルト……!」
「よく……無事で……!」
その光景を見て――
胸の奥の重みが、少しだけ軽くなった。
わしはアルベルトに向き直る。
「……これは、お前が?」
アルベルトは静かに頷く。
「状況が危険と判断し、独断で動きました」
「王都は、もはや安全ではありません」
オフィーリアが続ける。
「カイト教の影響が強まり、内部の把握が困難になっています」
(……やはり、そうか)
アルベルトが一歩前に出る。
「陛下」
「王都奪還には、“内”と“外”が必要です」
「内部の情報、そして外部からの戦力」
わしはゆっくりと頷いた。
(修一殿たちが内部へ)
(わしらは外から支える)
(道筋は見えたな)
ヴァルハイン夫妻の存在は――
間違いなく、この国にとって希望だ。
ティアナがフィリアとレオンハルトを抱きしめているのを見て、
わしは思わず笑みを浮かべた。
「無事でよかった……」
だが、その空気を切り裂くように――
アルベルトが眉をひそめた。
「……陛下」
その声は、かつて部下を叱る時のものだった。
「このような少人数で、斥候も出さずに移動とは……」
「しかも王族がほぼ全員固まっている」
「“襲ってくれ”と言っているようなものですぞ」
(……ぐっ)
「護衛も正規兵ではなく冒険者」
「よくご無事でいらっしゃいました」
オフィーリアもため息をつく。
「陛下、無茶が過ぎます」
「……うむ」
わしは軽く咳払いをした。
「それには事情があるのだが……」
話題を切り替える。
「その前に確認したい」
「勇者召喚について、どこまで知っている?」
アルベルトは肩をすくめた。
「その手の話は、妻の方が詳しい」
「オフェ、頼む」
「……陛下の御前です」
オフィーリアがぴしゃりと言い返す。
「“オフェ”はおやめください」
「……すまん」
(変わらんな、この夫婦)
オフィーリアは姿勢を正し、語り始める。
「勇者召喚とは――」
「異世界から四名を呼び出す儀式」
「勇者・聖女・聖騎士・賢者」
わしは頷く。
「それは“表向き”の話だな?」
「はい」
オフィーリアの声が低くなる。
「カイト教においては――」
「残る三名は“勇者の糧”とされています」
空気が凍りつく。
「糧……?」
「詳細は不明です」
「ですが、極めて危険な概念です」
イリアが震える声で呟く。
「……そんな……」
オフィーリアは続ける。
「現在、勇者は王城に滞在」
「聖女・聖騎士・賢者は脱出済みと推測されています」
(修一殿たちのことだな)
「なお、勇者には――」
「イリア様の代役として、ナハルド長官の双子の娘があてがわれています」
ロザリア妃が顔をしかめる。
「……あの子たちを」
オフィーリアはさらに続ける。
「勇者の能力ですが――」
「聖剣を生成する能力は確認されています」
わしは眉を上げる。
「それだけか?」
オフィーリアが苦笑する。
「問題はそこではありません」
アルベルトが代わりに言った。
「勇者は……訓練を怠っておりましてな」
「能力の把握ができておりません」
「前回の遠征では、ゴブリン三体に苦戦したとの報告があります」
一瞬、思考が止まる。
「……それは」
「脅威ではない、ということか?」
オフィーリアは静かに頷いた。
「現状では、脅威とは言えません」
(……勇者とは、一体なんなのだ)
わしは深く息を吐いた。




