王は娘を想い、苦悩する
Side:レネオス
馬車と護衛を借り、
わしは妃たちとイリアを連れ、
ヴァルハイン夫妻の住む辺境へと向かっていた。
道のりは、およそ二日。
規則的な揺れに身を預けながら――
どうしても、思考は一つの場所へと戻る。
(……アリアは、斬らねばならんのか)
胸の奥が重く沈む。
あの子は、わしの娘だ。
幼い頃、無邪気に笑っていたあの顔が、脳裏に浮かぶ。
だが今は――
カイトリアに操られ、国を戦へと導いている。
(レオンハルト……フィリアは……無事か)
消息は途絶えたまま。
王としてではなく、父としての不安が、心を締め付ける。
(……国よりも、家族を優先してしまうとは)
「……わしは、やはり愚王か」
ぽつりと漏れたその言葉に――
そっと、手を握られた。
「レネオス」
フィオナだった。
優しく、しかし確かな力で握られる手。
「ご自身を“愚王”などと思っておられるのでしょう?」
「……フィオナ」
「今は情報がないのです」
穏やかな声。
「家族のことを案じるのは、当然のことですわ」
ロザリアがくすりと笑う。
「どうせ、アリアやフィリア、レオンハルトのことを考えていたのでしょう?」
「さすがフィオナ姉さま。よく分かっていらっしゃる」
ティアナも静かに続ける。
「ロザリアさんも……アリア様のことを一番に考えてよろしいのですよ」
「実の娘なのですから」
ロザリアは、少しだけ目を伏せた。
「……ええ」
小さく息を吐く。
「心配していないはずがありませんわ」
「ですが……それを言うなら、ティアナさんも同じでしょう?」
「レオンちゃんやフィリアちゃんのことも」
ティアナは静かに首を振る。
「乳母がしっかりしてくれていると信じています」
一拍置いて。
「まずは……今の状況をどうにかしなければ」
そのとき――
フィオナが軽く手を叩いた。
「これ以上、いない者の話をしても仕方ありませんわ」
少しだけ明るい声。
「どうしても、悪い方向に考えてしまいますもの」
「まずは“目の前のこと”から考えましょう」
わしはゆっくりと頷く。
「そうだな……」
「だが、どこから手を付けるべきか……」
フィオナが視線をイリアへ向ける。
「では――イリア」
「は、はい」
背筋を伸ばす。
「ユウマ様のことを、聞かせていただけますか?」
「えっ……えぇっ!?」
イリアが真っ赤になって声を上げる。
(……話題の転換としては見事だが)
(わしはここにいてよいのだろうか)
わずかな気まずさと、温かな空気が混ざる。
イリアは膝の上で手を握りしめながら、
ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「お父様たちが倒れたと聞いたのは……王都ではありませんでした」
「乳母のリシュエンヌがいる、モルディア子爵家に滞在していた時です」
わしは思わず息を呑む。
「知らせを聞いた瞬間……ショックで倒れてしまって」
「リシュエンヌに介抱してもらいました」
フィオナがそっとイリアの手に触れる。
「……つらかったでしょう」
イリアは小さく頷いた。
「そのあと、王都から迎えが来たと言われ……」
「私は、その馬車に乗りました」
声が少し震える。
「ですが――そこから先の記憶が……」
ロザリアが息を呑む。
「気づいた時には……王城の部屋に閉じ込められていました」
「食事は運ばれてくるのですが……」
「話すこともできないメイドが、ただ置いていくだけで」
「外に出ることも許されず……」
「何が起きているのか、分からなくて……」
ティアナが眉を寄せる。
「そんな時……部屋に“ねずみ”が現れたのです」
「ねずみ……?」
思わず聞き返す。
「そのねずみは……手紙を咥えていました」
空気が張り詰める。
「そこには――」
「“部屋から出たければ、『会いたい』と唱えろ”と」
フィオナが息を呑む。
「……まさか」
イリアは小さく頷いた。
「私は……言いました」
「『会いたい』と」
沈黙が落ちる。
(……どれほどの恐怖だったのだ)
拳を握る。
妃たちもまた、同じ想いだった。
イリアは少しだけ頬を赤くしながら、
それでも言葉を続けた。
「すると……ねずみが――」
「男の人に変わったのです」
馬車の中がざわめく。
「その方は、“賢者ユウマ”と名乗りました」
「とても丁寧に……挨拶をされて」
(……あの青年か)
わしは静かに目を閉じる。
(あの者が……イリアを救ったのだな)
馬車は揺れ続ける。
だがその中で――
確かに、“希望”が語られていた。




