おまけの俺、暗闇を断つ
ザシュッ――!
手応え。
重い“何か”を断ち切った感触が、腕に残る。
黒狼の動きが、止まった。
赤い目が大きく見開かれる。
『……な……に……?
気配が……なかった……』
次の瞬間――
首が、音もなく滑り落ちた。
胴は数歩だけ前に進み、やがて力を失ったように崩れ落ちた。
そして――
黒い霧となって、ほどけるように消えていく。
廃坑に、静寂が戻った。
誰も、すぐには動けなかった。
俺はゆっくりと息を吐く。
(……斬った)
(“暗闇”は――断った)
全身から力が抜ける。
だが同時に、はっきりと分かる。
(……危なかった)
リュミナの加護がなければ、あの一瞬は作れなかった。
そう思った、その時――
転がった“首”が、ふわりと浮かび上がった。
「……っ!?」
全員の視線が集まる。
赤い目が、再び開いた。
『……ほう』
低く、愉しむような声。
『人にしては、よくやった』
(……まだ、終わってないのか)
黒い霧が首の周囲にまとわりつく。
だが、胴は再生しない。
『だが――』
声が冷たくなる。
『我らカイトリア様の眷属を、そう簡単に“終わらせた”と思うな』
背筋が、ぞくりと冷えた。
(……逃げる気か)
『次に会う時は――食い殺してやろう』
赤い目が、ゆっくりと動く。
標的は――
リュミナ。
『特に――邪神の巫女』
空気が凍る。
『いつ、喉を喰い裂かれるか――怯えて生きろ』
吐き捨てるように言い残し、
黒狼の首は、闇を裂くように飛び去った。
「待てッ!」
「撃て!」
魔術と矢が放たれる。
だが――
すべて、空を切った。
完全に、消えた。
(……逃がした、か)
しばらくの沈黙。
やがて、誰かが息を吐いた。
張り詰めていた空気が、ゆるむ。
俺はリュミナのもとへ歩み寄り、肩に手を置いた。
「リュミナ、助かった」
目を合わせる。
「いい働きだった」
そう言って、そっと抱き寄せる。
「……あの狼からは、俺が守る」
リュミナは一瞬だけ驚いた顔をして――
すぐに、俺の背中へ腕を回した。
「……うん」
小さな声。
(……本当に強くなったな)
周囲を見渡す。
誰も倒れていない。
全員、立っている。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
そこへ――
ライルが、にやりと笑いながら近づいてきた。
「姫は任せたぞ、未来の辺境伯殿」
「まだそういう関係じゃない」
即答したつもりだったが――
「おじさん、それ“アウト”だからね」
美琴が呆れた顔で口を挟む。
「年齢的に完全にタイホ案件」
「まだ僕の方が健全ですよ……」
悠真が肩をすくめる。
(……好き勝手言いやがって)
俺はリュミナに小声で囁く。
「リュミナも何か言い返せ。このままだとからかわれ続けるぞ」
リュミナは、少しだけ頬を赤くして――
でも、まっすぐ俺を見て言った。
「えー……」
一拍。
「やっとシュウイチとの仲、認めてもらえたのに」
(……おい)
「シュウイチ、私じゃダメ?」
(……この子は本当に)
言葉に詰まりながら、なんとか返す。
「ダメじゃない。けど……」
一度咳払い。
「リュミナにはまだ早い。そういうのは、大人になってからな」
その瞬間――
「「「うわー、言ったー!」」」
「修一さん、顔赤いですよ」
「リュミナちゃん、攻めるねぇ」
「未来の辺境伯殿、覚悟決めたな」
一斉に茶化される。
(……うるさい)
リュミナは、俺の腕にぎゅっとしがみつきながら、
満面の笑みを浮かべていた。
(……まあ、悪くないか)
廃坑の薄暗い空気の中、
仲間たちの笑い声が、やわらかく響いた。




