賢者はすべてを整える
side:悠真
白浜さんから連絡が来た。
『修一叔父さんがアジトまで戻ってきたって。
加護も取れるって言ってたから、明日、ひよりと悠真くんでアジトまで来ない?
そのままファルドラに向かうって言ってたから、もう城には帰らないつもりで準備して』
「……マジか」
思わず、小さく笑みがこぼれる。
「ついに、この日が来たんだな」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
美琴さんも、ひよりさんも、そして俺も──
ずっと、この瞬間を待っていた。
「……よし。準備だ」
まず向かったのは、図書室だった。
読みかけの魔術書を片っ端から開き、
頭に叩き込んでいく。
四元素魔術は、もう問題ない。
詠唱も、構築も、感覚で扱える。
ねずみ召喚や入れ替わりの魔術も、
今ではすっかり“手札”になった。
だが──
「……問題は、こっちだな」
収納魔術。いわゆる“アイテムボックス”。
異世界転生ものなら、
最初から持ってることが多い便利スキル。
なのに俺は今──
必死に“後付け”で習得しようとしている。
(……まあ、これが現実だよな)
リミットは、今夜だけ。
紙切れ程度なら入れられる。
だが──取り出せない。
「……ダメだろこれ」
額に手を当てる。
「ただの“異空間シュレッダー”じゃん……」
一度入れたものが、戻ってこない。
それじゃ意味がない。
(……どうする?
空間を固定する? いや……)
思考を巡らせる。
(固定しなくてもいい。
“場所”さえ分かれば……)
仮説を組み立てる。
“入れるもの”をキーにして、
異空間内の“位置情報”を返す。
それを名称と紐づければ──
「……いけるか?」
試しに、さっき入れた紙を意識する。
すると──
「……おっ」
手の中に、同じ紙が現れた。
「取り出せた……!」
思わず小さくガッツポーズ。
成功だ。
ただし──
(これ、“個人領域”じゃない気がするな……)
どこかの“共有空間”にアクセスしている感覚。
(……まあ、他に使ってるやつがいないことを祈ろう)
少しだけ不安は残るが、
実用には十分だ。
本当は図書館の本を全部持っていきたいところだが、
複製魔術までは間に合わなかった。
(欲張るな。今回はここまでだ)
必要な荷物だけを、
“アイテムボックス魔術(仮)”に収納していく。
作業を終え、部屋に戻る。
ベッドに身体を投げ出すと、
一気に疲れが押し寄せてきた。
「……よし」
天井を見上げる。
「明日、全部変わるんだな」
ぽつりと呟いたその言葉は、
どこか実感がこもっていなかった。
けれど──
確実に、何かが動き出している。
まぶたが、ゆっくりと落ちていく。
「……おやすみ」
そのまま、深い眠りに落ちた。
そして──
その夜。
夢の中で、
どこか“底のない暗闇”を見た気がした。




