閑話1-3
side:クロード・ナハルド
朝が来た。
眠れなかった。
一睡もできなかった。
(……娘を“贄”に出す父親になるなんて)
(そんな未来が分かっていたら――)
(アリアを支持したりしなかった)
後悔は、いくらでも浮かんでくる。
だが――
もう遅い。
すべては、取り返しがつかない。
それでも。
父として。
家長として。
“今日だけは”崩れるわけにはいかなかった。
家族全員が、食卓にそろう。
リナとルナは――
すでに美しく着飾っていた。
まるで。
本当に“嫁ぐ日のように”。
レナが、無邪気に笑う。
「姉さまたち、きれい!」
胸が、締めつけられる。
視界が滲む。
だが――
必死にこらえた。
「……そろったな」
声を整える。
「さぁ、食べよう」
いつも通りを装う。
それしか、できなかった。
妻を見る。
彼女もまた、涙を押し殺していた。
それでも。
リナとルナは、レナと話しながら笑っている。
いつもと変わらない朝を、作ろうとしている。
(……なんて強い子たちだ)
(俺よりも……ずっと)
そしてその時は、あまりにもあっけなく来た。
荷物はすでに馬車に積まれている。
玄関に、家族全員が並ぶ。
俺は妻の手を握る。
「……いってくる」
短い言葉。
妻は震えながら頷いた。
「お気をつけて」
「……おまえもな」
それだけ。
それだけしか、言えなかった。
リナとルナが歩き出す。
まっすぐ前を見て。
(……すまない)
(守れなくて)
胸の奥が、焼けるように痛む。
それでも。
馬車は、動き出した。
城に着いた瞬間。
猶予は与えられなかった。
「すぐに謁見の間へ」
(……来たか)
娘たちを見る。
二人は――
笑っていた。
「お父様」
リナが優しく言う。
「私たちは、勇者様のもとへ行くのよ」
ルナも続く。
「だから……そんな顔をしないで」
「父として、堂々としていて」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「……すまない」
絞り出した言葉。
「お母さまとレナのこと、守ってね」
「私たちも……頑張るから」
もう、限界だった。
二人を、強く抱きしめる。
(どうして……こんなことに)
謁見の間の重い扉が開く。
そこにいたのは――
アリア王女と、勇者・神谷颯太。
勇者は、不満げに言った。
「……あれ? 王女じゃないの?」
アリアは微笑む。
「イリアは少し遠出していてね」
軽く言う。
「それまでの代わりよ」
リナとルナを、指し示す。
娘たちは優雅に一礼する。
「クロード・ナハルドの娘、リナと申します」
「同じく、ルナと申します」
勇者は、にやりと笑った。
「俺は勇者、神谷颯太」
近づく。
「颯太でいい」
二人の手を取る。
「かわいいな。気に入った」
そして――
「じゃあ、行こうか」
そのまま。
何の躊躇もなく。
連れていった。
扉が閉まる。
静寂。
アリアの声だけが響く。
「ナハルド長官」
振り向く。
「ひとまず、よくやりました」
その声には、何の感情もない。
「引き続き、イリアの捜索を」
手で下がるよう合図される。
俺は、深く頭を下げた。
何も言わず。
その場を後にした。
俺は長い廊下を歩く。
足音だけが響く。
(……他に方法はなかったのか)
答えは出ない。
(俺は……何を守ったんだ)
胸の奥が、ずっと痛んでいる。
後悔が。
波のように押し寄せてくる。
止まらない。




