閑話1-1
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アリア王女の執務室。
張り詰めた静寂を破るように、
扉が勢いよく開いた。
「アリア王女殿下っ! 大変です!」
飛び込んできた兵士が、その場で膝をつく。
荒い呼吸。
焦りが隠せていない。
アリアはゆっくりと顔を上げ、眉をひそめた。
「……何事? 騒がしいわね」
冷たい声。
それだけで、部屋の空気が一段下がる。
兵士は震える声で報告した。
「イ、イリア王女が……消えました!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、アリアの表情が固まる。
「……第2尖塔の監禁部屋に、閉じ込めていたはずでしょう?」
低く、押し殺した声。
「はっ……!」
兵士は頭をさらに深く下げる。
「昼過ぎ、食器を回収に訪れたメイドが、
“手をつけられていない朝食”を発見し……」
息を整えながら続ける。
「兵士立ち会いのもとで部屋に入ったところ、
室内には……誰もいなかったとのことです!」
アリアの指先が、ぴくりと震えた。
「……他には?」
「詳細は……まだ……申し訳ございません!」
短い沈黙。
やがてアリアは、ゆっくりと息を吐いた。
「もういい。下がりなさい」
冷たく言い放つ。
「……諜報部長官を呼びなさい」
「はっ!」
兵士は逃げるように部屋を後にした。
静寂が戻る。
アリアは机の上の書類を指で軽く叩きながら、呟いた。
(イリア……どこへ行ったの?)
その瞳に、わずかな苛立ちが浮かぶ。
(計画に気づいて逃げた?)
一拍置く。
(それとも――誰かが手を引いた?)
「諜報部ナハルド長官、入ります!」
再び扉が開く。
黒いローブをまとった男が、静かに室内へ入ってきた。
「お呼びでしょうか」
低く、慎重な声。
その瞬間。
アリアは机の書類を叩きつけた。
「イリアの監視はどうなっているの?」
鋭い視線が突き刺さる。
「今朝から“いない”と報告が来ていますが――」
声がわずかに低くなる。
「あなたの手の者が監視していて、この結果ですか?」
ナハルドの額に汗が浮かぶ。
「か、確認いたします……!」
「今日中に発見できない場合」
アリアは一切の感情を込めずに言った。
「責任を取っていただきます」
ナハルドの顔色が変わる。
「はっ……!」
深く頭を下げ、そのまま足早に部屋を出ていった。
再び静寂。
その時――
アリアの背後に、
黒い影が“滲むように”現れた。
黒衣の神官。
「勇者の様子は?」
低く、感情のない声。
アリアは振り返らずに答える。
「遠征に出しましたが……まだ使い物にはなりません」
神官はわずかに首を傾ける。
「カイトリア様がお待ちです」
静かに、しかし確実に圧をかける。
「勇者の強化は急務。だが――」
一拍置く。
「器が未熟では、身体が持ちません」
アリアは唇を噛む。
「女好きの勇者を動かすため……」
吐き捨てるように言う。
「妹を差し出す予定でしたが……その妹が消えました」
視線がわずかに揺れる。
「計画が漏れた可能性があります」
神官の声は変わらない。
「ならば代替を用意しなさい」
冷酷に、即答する。
「……ええ」
アリアは小さく頷いた。
「見つからなければ、別の手を考えます」
神官は一歩、影へと溶ける。
「急ぎなさい」
最後の言葉。
「すべてはカイトリア様のために」
「……わかっています」
黒衣の神官は、
そのまま闇に溶けるように消えた。
残された執務室。
アリアはゆっくりと目を閉じる。
そして――
静かに呟いた。
「……イリア」
その声には、
わずかな苛立ちと、焦燥が滲んでいた




