賢者は脱出計画を固める
side:悠真
美琴さんが魔道具を耳から離し、こちらを向いた。
「叔父さんに話したらね、
イリア様の部屋って、決まった時間に誰か来るのかって聞かれたの」
一度、全員を見渡す。
「例えば食事とか。
もし定期的に人が来るなら、その前に脱出しないと――
いなくなったのがすぐバレるんじゃないかって」
(……なるほど)
さすが修一さんだ。
僕にはなかった視点だった。
僕が答えるより先に、イリア様が口を開く。
「朝起きてすぐではないけれど、
ある程度の時間に食事が来るわ」
「直接来るんですか?」
「いいえ。扉の横に小さな受け口があって、
そこからトレーが差し込まれるの」
ひよりさんが頷きながらメモを取る。
「食べ終わったら?」
「同じ場所に戻せば、回収されるわ」
「他に誰か来ますか?」
「三日に一度くらい、メイドが入ってくるわ。
ベッドや着替えの交換ね」
少し考えてから続ける。
「昨日来たばかりだから……次は二日後」
美琴さんが指を折りながら整理する。
「食事は一日二回?」
「ええ。朝と夜だけ」
「……つまり」
少し考え、結論を出す。
「最低でも半日はバレない」
その言葉に、ひよりさんが顔を上げた。
「じゃあ……!」
少し前のめりになる。
「私たち三人で“外出するメイド”ってことにすれば、
イリア様も一緒に出られるんじゃない?」
一瞬の沈黙。
そして――
イリア様の目が輝いた。
「この服、一度着てみたかったのよね」
嬉しそうに裾をつまむ。
「夢が叶ったわ」
美琴さんが額に手を当てる。
「イリア様……遊びじゃないんですけど」
「わかってるわよ」
軽く笑う。
「でも、どうせなら楽しまないと損でしょう?」
(……強いな、この人)
幽閉されても折れなかった理由が、少しわかった気がした。
つまり――
出発は明日の朝。
「今日は休んで、明日決行って感じですか?」
僕が確認すると、美琴さんがじっとこちらを見る。
「そうだけど……悠真」
嫌な予感。
「変なこと考えてないよね?」
「えっ?」
「イリア様と一緒に寝れるとか」
「いや、そこまでは……」
(ちょっとだけ考えたけど)
「じゃあ寝る場所どうするの?」
完全に詰んだ。
ひよりさんが苦笑しながら助け舟を出す。
「イリア様、このまま私の部屋で一緒に寝ませんか?」
イリア様の顔がぱっと明るくなる。
「いいの?」
「はい。一緒に寝ましょう」
「お友達と寝るなんて……夢みたい」
本当に嬉しそうだった。
美琴さんも手を挙げる。
「じゃあ私もひよりと一緒に寝る」
「三人なら大丈夫だよ。このベッド広いし」
(……女子会だ)
こうして、寝床は自然と決まった。
そして僕は――
部屋の隅で、ひとり寝ることになった。
(まぁ……それでいい)
むしろ、その方が落ち着く。
明日は本番。
イリア様を城から連れ出す。
胸の奥が、静かに熱を帯びていく。
翌朝。
いつもより早く目が覚めた。
(……今日だ)
軽く体を伸ばし、すぐに支度を整える。
食堂へ向かうと、
働いているメイドさんたちに軽く挨拶をして、
いつもより早い朝食を取る。
(ちゃんと食べておかないと)
食べ終わったあと、
パンを二つ、さりげなく確保する。
袖の中に隠した。
(イリア様用だ)
昨日の作戦通り――
今日は“メイドとして”城を出る。
そのための簡単な朝食。
ひよりさんの部屋の前に立ち、ノックする。
「おはようございます。悠真です」
少しして、扉がわずかに開く。
ひよりさんが顔を出した。
「おはよう。もう少しかかるから、
悠真くんは部屋で待ってて」
「わかった」
僕は袖からパンを取り出し、差し出す。
「これ、イリア様の分」
ひよりさんは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
「ありがとう。ちゃんと食べてもらうね」
「じゃあ、戻ってる」
扉が閉まる。
(……いよいよだ)
胸の奥が熱くなる。
今回の作戦は――
僕一人じゃ無理だった。
美琴さん、ひよりさん、イリア様。
そして、修一さんの助言。
(だから――)
僕は深く息を吸う。
(絶対に成功させる)
自分の部屋へ戻り、
静かにその時を待った。
「――準備は整った」




