賢者は一人の限界を知る
side:悠真
イリア様の部屋に戻ると、
ベッドの上にカバンがひとつ置かれていた。
(これだな)
それを肩にかけ、再び窓へ向かう。
「では、またあとで」
そう告げて夜空へ飛び出し、
滑空魔術で城の渡り廊下へ向かって滑り降りる。
二度目ともなると、
身体の使い方にも慣れてきた。
無駄な動きが減り、
一度目よりもスムーズに自室へ戻ることができた。
(よし……これでイリア様をここまで連れてこれる)
達成感を胸に、扉を開ける。
――その瞬間。
「きゃっ……!?」
目に飛び込んできたのは、
着替え中のイリア様と、それを手伝っているひよりさん。
そして――
美琴さんが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……出てて」
有無を言わせぬ圧。
次の瞬間、僕は廊下に押し出されていた。
(……あ、やったなこれ)
いや、やった。
完全にやった。
しばらく廊下で待たされる。
やがて扉が勢いよく開いた。
美琴さんが、無言で手招きする。
(……こわい)
覚悟を決めて中に入ると――
「正座」
短く、重い一言。
(本気だ……)
言われるまま、扉の前で正座する。
視線を上げると、
美琴さんだけでなく、ひよりさんも。
そしてイリア様まで、しっかり怒っていた。
(ひよりさんまで……!?)
美琴さんが静かに口を開く。
「悠真くん。報・連・相って大事だよね?」
(はい……)
声には出せないけど、心の中で即答する。
「イリア様に私たちのこと説明してないし、
裸で来るなんて聞いてないし、
めちゃくちゃ大変だったんだけど?」
ひよりさんが隣で、こくこくと頷く。
「自分のことでいっぱいだったのはわかるよ?」
一拍置く。
「でも、事前に一言くらい言えたよね?」
その言葉が、胸に刺さる。
「……そんなに私たち、信用できなかった?」
(あ……)
その一言で、気づいた。
僕は――
イリア様を助けることだけで、頭がいっぱいだった。
美琴さんたちのことを、まったく考えていなかった。
(……最低だ)
僕にできることは、一つだけ。
「……ごめんなさい」
そのまま、深く頭を下げる。
土下座だった。
少しの沈黙。
やがて、美琴さんがため息をついた。
「……で。この後どうするつもりだったの?」
「えっと……魔道具で獣人のアジトに連絡して、
匿ってもらおうかと……」
三人同時に、ため息。
ひよりさんが苦笑する。
「準備不足というか……行き当たりばったりというか……」
美琴さんも、呆れたように言った。
「段取り、甘いよね」
そのあと、美琴さんはイリア様に向き直り、頭を下げた。
「イリア様、ごめんなさい。
悠真は頑張ってるんですけど……ちょっと抜けてて」
イリア様は苦笑しながら肩をすくめる。
「いえ……あの部屋から出られただけでも十分助かっています」
(……フォローされてる)
完全にダメなやつ扱いだ。
僕がうなだれていると、美琴さんがパン、と手を叩いた。
「はい、立て直すよ」
一気に空気が切り替わる。
「悠真。アジトに連絡できる?」
「できます」
「じゃあ“連れていけるか”確認して」
「はい」
「私は叔父さんに状況説明する」
ひよりさんもすぐに動く。
「私はメイド服取ってくるね。変装に使えると思う」
イリア様も落ち着いた声で言った。
「では私は、いただいたカバンの中身を確認しておきます」
(……すごい)
さっきまでバラバラだったのに、
一瞬で“チーム”になった。
(これが……連携か)
僕は魔道具を起動する。
しばらくして、低い声が返ってきた。
『ユウマか。ライルだ』
「ライルさん、こんばんは。悠真です」
『どうした?』
「第2王女イリア様のことで相談があります」
『……ほう』
「勇者の“生贄”にされる可能性があり、
軟禁されていたイリア様を連れ出しました」
一拍。
「匿っていただけませんか?」
魔道具の向こうで、息を呑む気配。
『……なるほどな』
少し間を置いて、続く。
『リュミナちゃんのいた場所なら匿える。
だが、ここまで来れるのか?』
「聖女と聖騎士の協力を得て、連れていきます」
『……いい判断だ』
短く言い切る。
『待ってる。バレるなよ』
「はい」
通信が切れる。
(……よし)
道は、開けた。
部屋の中を見る。
美琴さん、ひよりさん、イリア様。
それぞれが、自分の役割を動いている。
(今度こそ――)
僕は拳を握る。
(ちゃんと、連携する)
イリア様を守るために。
美琴さんとひよりさんを守るために。
そして――
修一さんに、胸を張れるように
「――次は、失敗しない」




