賢者は作戦を実行に移す
side:悠真
魔術を発動した瞬間――
視界がぐにゃりと歪んだ。
次に目を開けたとき。
僕は、柔らかい布に包まれていた。
(……袋の中?)
もぞもぞと動くと、
頭の上から布がずり落ちる。
「……なんだこれ」
布を押しのけようとした、その瞬間――
「きゃああああっ!!」
イリア様の悲鳴が、部屋に響いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
思わず声を上げると、すぐに返ってくる。
「こっちを見ちゃダメ!!」
反射的に、声と反対方向へ顔を向ける。
手元に落ちた布を見る。
淡い色のドレス。
(……これ、さっきイリア様が着てたやつだよね?)
(ってことは……)
嫌な予感しかしない。
振り返ろうとした瞬間――
「見ちゃダメって言ったでしょ!!」
枕が飛んできた。
「す、すみません!」
僕は慌ててドレスをベッドに置き、
窓際まで一気に移動する。
「外を見ています!
その……服をお願いします!」
「絶対こっち見ないでよ!?」
「……はい!」
しばらくして。
「……もういいわよ」
振り返ると、
イリア様は顔を真っ赤にして立っていた。
(……やってしまった)
僕は気を取り直し、状況を整理する。
「印のついた“物”と入れ替わるってことは……
術者の装備は持っていけるけど、
対象の“周囲”は一緒に移動しないみたいです」
一度言葉を区切る。
「今までねずみでしか試してなかったので……
気づきませんでした」
イリア様は頬を膨らませた。
「気づかなくていいことよ!
乙女の肌を見られたのよ!?」
「ほんとにすみません……不可抗力で……」
「もう……本当に……!」
怒っているのに、どこか呆れているような声だった。
僕は仕切り直す。
「先に僕の部屋に戻ります。
向こうで着替えを準備してください」
一瞬、間を置いてから付け加える。
「このまま移動すると……
僕の部屋で同じことが起きます」
イリア様の顔が、一気に赤くなる。
「……それは絶対ダメね」
すぐに切り替えて言った。
「動きやすい服を用意するわ。これを持っていって」
カバンを差し出される。
「……じろじろ見ないでよ?」
「見ません!」
(いや、本当に)
カバンを受け取り、僕は説明を続ける。
「このあと一度、自分の部屋に戻ります。
そのあと、もう一度この魔術を使います」
「ええ」
「他に持っていきたいものがあれば、
別のカバンにまとめておいてください。
二回目で回収します」
イリア様は頷いた。
「わかったわ。ベッドの上に置いておく」
「では、また後で」
僕は窓を開け、夜の外へ飛び出した。
滑空魔術を発動。
身体がふわりと浮く。
夜風を受けながら、
渡り廊下へ向かって滑空する。
黒いローブが闇に溶け、
見張りの兵士には気づかれない。
(……よし、問題ない)
着地。
すぐに美琴さんの部屋へ向かう。
コンコン。
「悠真です。起きてますか?」
「起きてるよ。どうしたの?」
「相談があります。
今から僕の部屋に来てもらえませんか?
ひよりさんも一緒に」
「わかった。準備するね」
「僕は先に戻っています」
部屋に戻り、
カバンを机の上に置く。
しばらくして、ノック。
「美琴です。来たよ」
「あいてます」
扉が開き、美琴さんとひよりさんが入ってくる。
「さっき、第2王女イリア様の部屋に行ってきました」
二人の表情が引き締まる。
「……逃げることになりました」
「……!」
「このあと、僕と入れ替わりでイリア様がここに来ます」
机のカバンを指す。
「これを渡してあげてください」
美琴さんはすぐに頷いた。
「任せて」
ひよりさんも小さく頷く。
「念のため、遮音結界を張ります」
僕は部屋の中央に立ち、魔力を集中させる。
(これで……いける)
(イリア様を救い出す)
「入れ替わりの魔術――発動」
空気が歪む。
視界が反転する。
次の瞬間。
僕は再び、イリア様の部屋に立っていた。
「――もう、止まれない」




