賢者は第2王女に接触する
side:悠真
修一さんに頼まれた――
【第2王女イリア様の件】
僕は、迷わず動くことにした。
(……やるしかない)
まずは、ねずみを召喚する。
僕の魔術の中で、もっとも使い慣れている“相棒”。
「頼むよ。これを咥えていってくれ」
小さな体に手紙を持たせる。
内容は簡潔に。
――王女アリアの計画
――あなたが勇者に差し出される可能性
――逃げる意思があれば、助けられること
――会いたければ「会いたい」と言ってほしいこと
(……これで伝わるはずだ)
ねずみは小さく鳴き、すぐに走り出した。
王城の構造は、すでに頭に入っている。
これまで何度も、ねずみを走らせてきたからだ。
(第2王女の部屋は……この先)
ねずみは迷いなく廊下を進み、
目的の扉の下へと辿り着いた。
(問題はここからだな)
音を立てず、部屋の中へ侵入させる。
机の近くへと、慎重に動かす。
――その瞬間。
「あら、ねずみさん。何か咥えているのね」
(……え?)
ねずみの視界が持ち上がる。
そこには――
第2王女イリア様が、すでに立っていた。
(……気配がまったくなかった)
イリア様は静かにしゃがみ込み、
ねずみに手を差し出す。
ねずみは手紙を置き、そっと距離を取った。
「誰からかしら?」
手紙を開く。
その表情は――
驚きでも、恐怖でもない。
ただ静かに、内容を受け止めている。
そして、顔を上げると――
ねずみをまっすぐ見つめて、言った。
「……会いたい」
(来た……!)
僕は覚悟を決めた。
ねずみと“入れ替わる”。
視界が反転し――
次の瞬間、僕は部屋の中に立っていた。
(逃げ道は確保済み。あとは……話すだけだ)
第2王女イリア様の前。
心臓が、大きく鳴る。
深呼吸をひとつ。
そして、丁寧に頭を下げた。
「夜分に失礼します。
私は賢者として召喚されました、白石悠真です。
悠真とお呼びください、イリア様」
イリア様は、興味深そうに僕を見る。
「勇者の話は聞いていたけれど……
同じ召喚者とは思えないわね。ずいぶん礼儀正しい」
小さく笑う。
「私はイリア。王女ではあるけれど、幽閉されている身よ。
かしこまらなくていいわ」
「ありがとうございます」
僕は顔を上げる。
「早速ですが――アリア王女の計画。
どうされますか?」
イリア様は、少しだけ困ったように笑った。
「どうもこうも……私は幽閉されている身よ。
逃げるなんて、現実的ではないわ」
「あなたが亜人に寛容だという話は聞いています」
僕は続ける。
「もしよければ、亜人の協力で匿うことも可能です」
イリア様は目を伏せた。
「……勇者の話を聞くほど、あの人の元へは行きたくない」
少しだけ、声が弱くなる。
「でも……父や母のことを思うと、逃げることもできない。
王族として……失格ね」
僕は首を振った。
「違います」
はっきりと言う。
「あなたが望まない場所に行く必要はない」
一拍置く。
「それに僕は――勇者が嫌がることを、積極的にやりたいんです」
イリア様が、くすっと笑った。
「……正直ね」
「その結果、あなたを助けられるなら。
それは“逃げ”ではないと思います」
そして――
「正直に言うと、あなたを連れ出して
勇者に“ざまぁみろ”と言いたいだけです」
一瞬の沈黙。
そして――
イリア様の目が、楽しそうに輝いた。
「それは……愉快ね」
小さく頷く。
「いいわ。その話、乗ったわ」
(よし……!)
僕は次の段階に進む。
「脱出方法ですが――
僕がここに来た方法を使います」
「ねずみと入れ替わったあれ?」
「はい。“入れ替わりの魔術”です」
僕は説明する。
「印をつけた対象と、自分の位置を入れ替える魔術です。
対象は、直前に印をつけたものに限定されます」
イリア様は身を乗り出した。
「つまり?」
「僕が一度部屋に戻ったあと、この魔術を使えば――
イリア様が僕の部屋に移動できます」
「あなたは?」
「僕は再びここに戻り、そこから脱出します。
外から見えるのは“僕だけ”です」
「なるほど……」
イリア様は顎に手を当てた。
「ここは塔の上だけど、脱出はできるの?」
「飛行は無理ですが、滑空なら可能です。
近くの通路に出られれば、あとは戻れます」
「……問題なさそうね」
イリア様は満足そうに頷いた。
僕は少しだけ言いにくそうに口を開く。
「ただ……人相手に使うのは初めてで。
一度、この部屋内で試してもいいですか?」
「えっ……初めて?」
少し驚きつつも、イリア様は笑った。
「いいわよ。やってみなさい」
「ありがとうございます」
僕はイリア様の手を取り、
そこに魔術の印を描いた。
白く、細い手。
(失敗はできない)
「では、ベッドの方へ移動してください。
僕は扉の近くから発動します」
「移動したわ」
僕は深く息を吸った。
魔力を集中させる。
(成功してくれ……!)
「――発動」
空間が、わずかに歪む。




