それぞれの約束を交わす
「──では、明日の朝、元の世界に帰ろうと思う」
そう告げた瞬間──
場の空気が、ふっと緩んだ。
美琴とひよりは、張り詰めていたものがほどけたように
安堵の表情を浮かべる。
悠真は──
イリアの方を見て、そっと視線を落とした。
リュミナは唇を噛み、
何かを堪えるように小さく拳を握る。
……寂しいのは、皆同じか。
イリアは目に涙を浮かべていたが、
隣のアリア王女がそっと耳元で何かを囁くと、
わずかに表情を和らげた。
俺は、静かに続ける。
「今日一日、悔いのないように過ごしてくれ」
全員の顔を見渡す。
「明日、俺たちが転移された“7時56分”に戻る。
その後は、向こうとこちらの時間は同期するらしい」
一拍置いて、付け加える。
「……つまり、ここでの別れは“永遠”じゃない」
その言葉に、少しだけ空気が軽くなった。
その後、俺はリュミナと共に、ガルド辺境伯の元を訪れた。
「無事に終わらせることができました。ありがとうございました」
そう頭を下げると、
ガルド辺境伯は豪快に笑った。
「勇者召喚と聞いた時は頭を抱えたが……
お前さんたちでよかった。犠牲も少なく済んだ」
そして、にやりと笑う。
「で──また来るんだろ?」
「はい」
迷いはなかった。
「リュミナもいますし……
しばらくは向こうとこちらを行き来しながら生活するつもりです」
「ほう」
ガルドは満足そうに頷く。
「いいじゃねえか。リュミナ、よかったな」
「うん!」
リュミナはぱっと笑顔を咲かせる。
「お休みの日はこっちに来るんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「……うん。約束だね」
そう言って、リュミナは俺の袖をぎゅっと掴んだ。
その小さな手の温もりが、やけに強く感じられる。
「で、ガルド様……いや、親父殿」
「ん?」
俺はまっすぐ頭を下げた。
「強くなりたい。
リュミナを守れるくらい──いや、それ以上に」
顔を上げる。
「鍛えてもらえませんか」
一瞬の沈黙。
そして──
「はははっ! いいじゃねえか!」
ガルドは豪快に笑った。
「まずは新兵と同じところからだな。覚悟しとけよ」
「はい。よろしくお願いします」
リュミナが、誇らしげに胸を張る。
「シュウイチ、がんばってね」
「ああ」
その頭を軽く撫でる。
(まずは、この世界を整える)
(リュミナが、安心して生きていけるように)
静かに、そう誓った。
Side:悠真
──ついに、その時が来た。
前なら、きっと
「やっと帰れる」と思っていたはずだ。
でも今は違う。
(……イリアさんと、離れる)
胸が、締めつけられる。
伝えなきゃいけない。
そう思った矢先、修一さんの言葉が頭をよぎる。
──今日一日、悔いのないように。
(……今日しかない)
解散後、僕は迷わずイリアさんの後を追った。
「イリアさん」
声をかける。
「少し、お時間をいただけますか?」
振り返ったイリアさんの目は、赤かった。
「……ええ、いいわよ」
やっぱり、泣いていたんだ。
胸が痛む。
でも──
逃げるわけにはいかない。
「イリアさん」
深く息を吸う。
「僕は、明日帰ります。でも──また来ます」
言葉を止めない。
「僕は……イリアさんのことが好きです」
一瞬、時間が止まった気がした。
「戻ってくるまで、待っていてくれませんか」
深く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
静寂。
……返事がない。
恐る恐る顔を上げると──
イリアさんは、真っ赤な顔で口元を押さえていた。
そして、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
「ご、ごめん……泣かせるつもりじゃ……」
言い終わる前に──
イリアさんが、勢いよく抱きついてきた。
「……よかった」
震える声。
「ユウマさんも、同じ気持ちで……」
腕に力がこもる。
「はい。待ってます」
顔を上げて、まっすぐ見つめてくる。
「だから……早く帰ってきてくださいね」
胸の奥が、熱くなる。
自然と、言葉がこぼれた。
「ありがとう。すぐ来る」
少し笑う。
「休みごとに来て……またいっぱい話そう」
そして──
そっと、イリアさんに口づけた。
一瞬の静寂。
次の瞬間──
「ちょっと待ちなさい!!」
横から、アリア王女の声が飛んできた。
振り向くと、信じられないものを見る顔をしている。
「あなたたち……何をしたかわかっているの?」
(……あ、やばい)
「イリアは王族よ!? 傷物にして、どうするつもりなの!?」
「えっと……」
完全に思考が止まる。
「王様のところに行ってきます……」
思わず口にすると、
「わ、私も行きます!」
イリアさんも慌ててついてくる。
二人で並んで歩きながら、
(……これ、絶対怒られるやつだ)
と、頭を抱える。
でも──
イリアさんの手は、離れなかった。
ぎゅっと、僕の袖を掴んだまま。
その温もりだけで、
(……まあ、いいか)
そう思えた。




