おまけの俺、世界の裏側を知る
扉の先に広がっていたのは──
意外なほど、こぢんまりとした部屋だった。
立派な机。
その背後には本棚。
そして机の上には、一冊の本。
近づいてみると──
黒くくすんでいたその本が、
ゆっくりと“色”を取り戻しているのがわかった。
「……なんだ、これ」
視線をずらすと、本棚にも数冊の本が並んでいる。
だが、その多くはまだ黒ずんだままだった。
「この部屋は……」
そう呟いた、その時。
「あー……そこまで来ちゃったんだ」
背後から声がした。
反射的に振り返る。
そこには──
苦笑いを浮かべたルミナス様が立っていた。
「この部屋を見た者は──」
とっさにリュミナを引き寄せ、背中に庇う。
だが、ルミナス様は呆れたように肩をすくめた。
「いやいや、私があなたたちをどうこうするわけないでしょ」
「……びっくりさせないでください」
息を吐きつつ、改めて問う。
「ここは何の部屋ですか?」
ルミナス様は机の上の本を指さした。
「ここは、私の書斎」
さらりと言う。
「そしてその本は──“この世界そのもの”よ」
「……この世界?」
「そう。この世界の状態をそのまま反映してるの」
くいっと顎で示す。
「だから、さっきより綺麗になってるでしょ?」
言われて見直すと、確かに黒ずみが薄れている。
「じゃあ……後ろの本は?」
「私が管理してる“別の世界”」
あっさりと言い放つ。
(……スケールがおかしい)
ルミナス様はふと思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ」
にやりと笑う。
「リュミナちゃんが成人するまで、修一は暇でしょ?」
「いや、暇では──」
「じゃあ、その間にこの世界たち、救ってくれない?」
一瞬、思考が止まる。
間髪入れず、美琴が突っ込んだ。
「叔父さん、次は世直し旅?」
「いや俺、一応サラリーマンなんだが……」
そう言うと、ルミナス様は肩をすくめる。
「でもあなた、不老不死よ?」
「……あー……」
「向こうの世界で普通に暮らすの、だいぶ無理あると思うけど?」
(……正論すぎる)
さらに追撃。
「手伝ってくれるなら、お給金出すわよ」
「いや、その“お給金”ってどの通貨で……」
「好きな世界でいいわよ」
即答だった。
「元の世界のお金も必要でしょ?
家もあるんだし」
一歩踏み込んでくる。
「でも本音は、こっちにいたいんでしょ?」
「……」
(完全に読まれてる)
しばらく考えてから、頭を掻く。
「……まあ、眷属みたいなものですしね」
半ば諦め気味に呟く。
「やるしかないか」
その瞬間。
ぎゅっ。
リュミナが俺の腕を掴んだ。
「シュウイチが行くなら、私も行く」
「え? また危ない目に遭うぞ?」
まっすぐ見上げてくる。
「シュウイチが守ってくれるでしょ?」
「……」
「ダメ?」
弱い。
完全に弱い。
「……危ないことはしてほしくないんだけどな」
そう言いながら、頭を撫でる。
ルミナス様が満足げに頷いた。
「まあ、今すぐやらせるつもりはないわ」
軽く手を振る。
「そのうち呼ぶから。それまでは好きにしなさい」
「助かります」
すると、美琴が手を挙げた。
「私たちも一緒に行っていいんですか?」
ルミナス様は少しだけ真剣な顔になる。
「……ダメとは言わないわ」
だが、すぐに続けた。
「でもまずは、“元の世界でやるべきこと”をやりなさい」
静かな声だった。
「力はね、簡単に人を壊すの」
一拍置く。
「向こうの世界で乱用すれば、嫌われるわよ。最悪、排除される」
さらに視線が鋭くなる。
「そして力に溺れれば──カイトみたいになる」
その言葉に、空気が引き締まる。
三人は真剣に頷いた。
「向こうでどうにもならなくなったら、その時は呼ぶわ」
優しく微笑む。
「でもまずは、自分の世界で頑張りなさい」
「はい」
ひよりが代表して答える。
ルミナス様は満足そうに頷いた。
「遊びに来るのは歓迎するわよ?」
軽く笑う。
「修一に頼みなさい」
「ありがとうございます」
俺たちは地下を後にし、教会の地上へ戻った。
さっき見た“神の書斎”の光景が、まだ頭から離れない。
「……とんでもないもの見たな」
ぽつりと呟く。
「まあ、元の世界での収入源ができたのは助かるが……内容が物騒すぎる」
美琴が即座に突っ込む。
「叔父さん、神以外は倒せないんじゃなかった?」
「……だよな」
苦笑する。
「とりあえず剣ぐらいは使えるようにならないとな。親父さんに頼むか」
ひよりがくすっと笑う。
「やることいっぱいですね」
「だな」
空を見上げる。
「向こうに戻ったら、まず会社辞めるか……」
少し寂しさが混じる。
「悪くない会社だったんだけどな」
美琴が肩をすくめた。
「私たちは普通に高校生活に戻るけど……」
くすっと笑う。
「悠真くんは戻らなさそう」
「少なくとも泊まりは禁止です」
ひよりがぴしっと言う。
「成人するまではダメです」
「お前はおかんか」
思わず突っ込む。
「でも、親御さんに顔向けできないしな」
肩をすくめる。
「連れてきても日帰りだ」
その時。
くい、と袖を引かれる。
「シュウイチは?」
見上げてくるリュミナ。
「俺は……」
少し考えてから答える。
「退職したら、こっちメインだな」
軽く笑う。
「ルミナス様の手伝いしながら、修行して──」
リュミナを見る。
「お前に釣り合うようになる」
「シュウイチ……!」
次の瞬間。
ぎゅっと抱きつかれた。
軽い体。
けれど──
その中にある“未来”は、ずしりと重い。
(まずは……)
目を閉じる。
(この世界を、ちゃんと終わらせよう)
リュミナが安心して大人になれるように。
俺は、静かにそう誓った。




