賢者は戦況を覆される
Side:悠真
息が上がる。
けれど──
(やれる)
イリアさんと積み重ねた剣の感覚が、まだ身体に残っている。
(無駄じゃなかった……!)
美琴さんが親指を立てて笑った。
「よしっ、悠真くん。ナイス!」
その一言で、少しだけ肩の力が抜ける。
──だが。
視線を戻すと、颯太が自分の腕を見下ろし、顔面を蒼白にしていた。
「え……俺の……手……?」
震える声。
「ひ、ひより……!
俺の手が……飛んだ……!」
取り乱したように叫ぶ。
「な、直せるよな!?
お前、聖女だろ!?
直せるんだろ!?」
ひよりさんは一歩前に出た。
その表情は、静かだった。
「……直せるよ」
一拍置いて──
「でも、直さない」
颯太の顔が歪む。
「は……?」
「元の世界に戻れば、傷は残らないって聞いてるから」
淡々と告げる。
「だから、大丈夫」
その言葉に──
「うわぁあああああああああああ!!」
颯太の絶叫が、森に響き渡った。
その時だった。
パチ……パチ……パチ……
乾いた拍手が、街の方から聞こえてくる。
(……っ!?)
反射的に振り向く。
そこにいたのは──
黒衣の神官ヴェルナス。
虚ろな目をした女性が二人。
そして、アリア王女と近衛の兵たち。
(……最悪だ)
タイミングが、あまりにも悪すぎる。
ヴェルナスは、楽しむように口元を歪めた。
「申し上げたはずですよ、勇者様」
静かな声。
「あなたには、まだ訓練が足りないと」
ゆっくりと視線がこちらに向く。
「それにしても……賢者は剣も扱えるとは。
なかなか興味深い」
颯太は涙と鼻水を垂らしながら、ヴェルナスへ縋りついた。
「ヴェルナス!
俺の手を直せ!!」
必死な叫び。
だが──
「直すことは可能です」
あっさりと肯定し、
「ですが、それでは“勝てない”」
冷たく切り捨てた。
空気が凍る。
ヴェルナスは、まるで講義でもするかのように続ける。
「本来であれば──聖女、聖騎士、賢者に施すべき儀式ですが……」
ちらりとこちらを見る。
「彼らは加護を捨てた“愚かな者たち”」
一拍置き、
「代わりに──こちらを使いましょう」
指し示されたのは、虚ろな目の女性二人と、近衛たちだった。
(……まさか)
嫌な予感が、確信に変わる。
ヴェルナスが両手を天へ掲げる。
「さぁ、カイトリア様」
低く、祈るように──
「この者たちの力を、勇者へ」
(まずい──!)
直感が叫ぶ。
僕は即座に颯太から距離を取り、後方へ飛ぶ。
「美琴さん! 下がって!」
その瞬間──
光が降り注いだ。
女性たちと近衛の身体が、白い光に包まれる。
そして。
その光が──
吸い上げられるように、颯太へと流れ込んでいく。
「……っ!」
光はどんどん膨れ上がり、
颯太の身体を中心に、異様な輝きを放ち始めた。
(これは……まずい)
ただの強化じゃない。
何かが──“変わる”。
目を焼くような光に、思わず視線を逸らしたその瞬間──
ドォンッ!!
地面が揺れた。
衝撃が、足元から突き上げる。
(来る……!)
僕は反射的に前へ出て、美琴さんたちの前に立つ。
「下がってください!」
視線を、光の中心へ向ける。
(これは……僕だけじゃ無理だ)
はっきりと理解する。
(修一さん……!)
光の中で、
“何か”が──
ゆっくりと、形を成し始めていた。




