023. 幻影《ファントム》
授業が終わった放課後。ノアが尻尾を振りながらボクの元にやってきた。
「やっほ~、ハクレ。ねぇねぇ、この後空いてる?」
「え、うん。空いてるよ。」
そう答えるとノアの表情がぱあっと明るくなった。
本当にかわいいな!
「やった~。じゃあ、ちょっとさ、付き合ってほしい場所があるんだけど――。」
ノアに案内されたのは、校舎とは渡り廊下で繋がっている別館。教室が校舎に無いイレギュラークラスは、移動教室くらいでしか校舎自体にそもそも入らない。ましてや、別館なんて名前だけの存在だ。
ノアとはぐれないようにしないと絶対迷う。でも、ノアはなんで別館に用があるんだろう? わざわざ、ボクまで連れて。
「ハクレはまださ、部活登録してないよね?」
「え、うん。」
いや、何それー。初耳なんですけどー。なんて、ボクが無知すぎて言えないんですけど。
「クラス分けが発表された日から募集自体は始まってるんだけど、ノアだけじゃ、気になってる部活に見学すら入れなさそうでさ~。だからハクレ、ノアに付き合ってくれない?」
そんなかわいい上目遣いで頼まれて断れるのがどこにいるかー!
「いいよ! ボクもいろんなところ見てみたいし。」
「わ~い。ありがと~、ハクレ~。」
今歩いている別館は、部活のための建物なのだろう。でも、ノアが気になってる部活ってなんだろう? ボクが居ないとダメって。二人組じゃないといけないのかな? 確かに、教室でもノアが誰かと話してるところはあまり見たことないような。
「おいあれ。」
「え、マジで?」
「なんでここに。」
さっきから周囲でヒソヒソされている気がする。そんなにボク嫌われてるのか?
「ごめんね~、ハクレ。視線、気になるよね?」
ノアが申し訳なさそうに言ってくる。
「え? いや、まぁ、気にならないと言ったらあれだけど。」
この視線、ボクが集めてるわけじゃない? ってことは……。
「どうする? 見学したいって声かけられたら。」
「えー、ムリムリ。だって、ねぇ?」
「誰も幻影とは、関わりたくないって。」
!? 幻影って確か、ウルティアが言ってたのだよね? ノアにつけられた異名って。もしかして、そんなにいい意味じゃない?
「ここだよ~、ハクレ。」
「ファッション部活?」
わー、いかにもボクが弱そうな分野。逆に、ノアはめちゃめちゃ詳しそうだけどな。
「この部活、女子専用なんだ。」
「あー、それで。」
「うん。ノア、こういうのは好きなんだけど、どうしてもね。だから、ハクレの付き添いとしてなら、見学できるみたいだし、お願い! 一回だけでいいから、見てみたいんだ。みんながどんな服が好きなのかとか。」
確かに、なんかそういうイメージあるかも。男子は男子、女子は女子らしくってね。ノアはだいぶ複雑なのは見て取れるし。というか、最初は騙されたし。
「うん、分かった。とりあえず、入ってみよっか。」
「ありがとう、ハクレ!」
大きな扉を開けると、そこには、たくさんの綺麗な美悪魔とたくさんの衣装が並んでいた。近くにいた、ひらひらのワンピースを着た悪魔が話しかけてきた。
「いらっしゃ~い。見学の子?」
「はい! よろしくお願いします。」
気がつくと、後ろにいたはずのノアがいなくなっていた。
あれ!? どこいった!?
ボクは、ノアを探してキョロキョロする。
「あら? どうかしたの?」
「いや、付き添いできた子なんだけど。」
「キャーーー!」
すると、奥の方から悲鳴が聞こえた。すぐに行ってみると、そこには、怯えるような目つきの美悪魔たちがいた。そして、その目線の先には――。
「ああ~、やばい、可愛い! このチュールのミニスカ、やっぱりこのくすみピンクの色味が天才。で、上のトップスはこれに、大きめのリボンバレッタをつけて――。」
たくさんのかわいらしい服に夢中になっているノアがいた。目がキラキラ輝いてる。あんな楽しそうなノア、初めて見たかも。
「あら~? ハクレちゃんじゃない。」
声をかけてきたのは、同じクラスのウィーナちゃんだった。ウィーナちゃんはボクにこっそり耳打ちしてきた。
「もしかして、あの子の付き添いかしら?」
ウィーナちゃんは視線をノアの方に向ける。
バレてるし。でも、なんでそんなにノアが嫌がられるんだろう。ボクが入るより絶対適任なんだけど。
「なんで、幻影がここにいるのよ。」
「知らないわよ。」
なんでここまでノアが嫌われてるんだ?
すると、ウィーナちゃんがいまだ興奮しているノアの元へ近づいていった。
「ねぇ、あなた、こんなのもいいんじゃない?」
ウィーナちゃんはノアに編み上げのカーディガンを差し出した。それを見て、ノアの表情がより一層明るくなる。
「確かに、だったら、ここはフリル袖のブラウスにして――。」
二人で楽しそうにコーディネートを始めていた。
「みなさんも一緒にどうですか?」
ウィーナちゃんは周りにいる生徒に呼びかけるが、周りの生徒は顔を見合わせたままだった。すると、ボクを出迎えてくれた悪魔が口を開いた。
「けどね、オルジェムリーさん、ここは女性専用部活なのよ。いくらその子がファッションに詳しいからって、共に活動することはできないわ。それがルールなのだから。」
すると、楽しげだったノアの表情がハッとした。ようやく、落ち着いてきたらしい。この場には、重い空気が流れていった。
「なら、そのルールを変えてしまえば、問題は解決するのかな?」
突然、扉の方から声が聞こえた。振り返ると、ショートカットのカッコいい悪魔が立っていた。その悪魔の制服は、普通の制服と少し違っていた。アレンジというよりは、全く別の制服のような。その悪魔はケープも羽織っていた。
「キリア会長……。」
へぇ~、ってことは、この悪魔生徒会長さんか……。生徒会長!? なぜこのタイミングで?
「彼の素質は、こちらでも把握している。例外として、ノア・ソロバのファッション部活への入部を生徒会が承認しよう。」
えっ? ってことは、ノアが入っても良いってことだよね。なんか都合よすぎんか?
他のファッション部活の部員たちも動揺を抑えきれていない。
「それでは! 私はこれにて失礼する。」
「ありがとうございます!」
言いたいことだけ言って、帰ろうとしてない!?
「ハクレも!」
「え!?」
「ついてきてくれてありがとう!」
ノアが尻尾をぶんぶんと振って喜んでる。本当に素直な悪魔だなあ。
「それじゃあ、ノア。楽しんで!」
ここにいてもボクができる事なんて無いだろう。というか、ノアが言ってたオシャレ用語が一個も分からないんだが。
ボクは、ファッション部活を後にした。
最後に誰かが、ノアのことを思わずかわいいと言っていたのは、言及しないでおこう。にしても、あの生徒会長都合が良すぎないか? まるで、ボクらが来るのが分かっていたような――。
「君が理事長の孫、ハクレ・ピオナムだな。」
「へ?」
なぜかボクは、生徒会長さんに呼び止められた。




