初めての休暇⑨(終話)
同窓会に参加していた者たち全ての聞き取りを終える頃には、時間は深夜を過ぎてしまっていた。
アルベルトは聞き取りには参加せず、報告を受けるだけだったのだが、貴族院の騎士たちと魔導院の警備兵たちがすっかりヴォルフガングの指揮下に入ってしまったため、厳戒態勢が解除されるまでは抜け出せずにいたのである。
呪具を所持していた令嬢は、呼び出された父である男爵とともに早い段階で王城へと移送された。
被害者となったロキシアは精神的な疲労の中、それでも「兄さんとリュシーを置いて帰るわけにはいかない」とリュシアンのサポートに残った。また、アルベルトには丁寧に礼を述べた上で抱き上げられたことに対して、「……想像よりも筋肉質なお身体で……その……非常に良きかな……でござひまひた」と最後少し噛んでいた。おもしれー女である。
アルベルトの脳裏に、「ここまで腐女子なら、ひょっとして前世持ちなのでは?」という疑問が芽生え、それとなくリュシアンにロキシアの普段の言動などを聞いてみた。だが『このとわ』を連想させるような言葉などは一切なく、ただ単にこの世界の腐女子なのかもしれないと考え直した。
騎士以外の参加者が魔導院を出たという報告を受け、警戒も解除され、アルベルトは最後まで事件対応に残っていた魔導院と貴族院の者たちに見送られ、馬車まで戻る。リュシアンに頼んで途中食事なども運んでもらっていたが、それでも御者を半日以上待たせてしまった。アルベルトがその件について「すまなかった」と告げると、御者は瞳を輝かせながら「食事を運んでくださった方が、閣下のご活躍をお話しくださいました。感無量でございます」と深く頭を下げた。
ゆっくりと、馬が歩み始める。
馬車の中は、天井部に設置された光度を落とした魔法灯によって優しく照らされていた。
しばらくは、互いに情報交換を行なった。
長い一日だったと微笑みを交わし合い、一息つく。
タウンハウスへ戻ったら、入浴してさっさと寝てしまおうとアルベルトは考えた。
馬車の車輪の音だけが、室内に響く。
「ヴォルフガング、長い時間ご苦労だった。君が貴族院の騎士と魔導院の警備兵を指揮してくれたおかげで、事件以外での溝ができずに済んだとリュシアンが言っていた」
「大したことはしていませんが、良い結果になったのであれば何よりです」
対面に座り、穏やかな口調で答えたヴォルフガングが、「ですが」と付け加える。
「どのような事情であれ、閣下お一人で進まれるのは、お控えください」
カサ・ニグラ討伐の時のことだ。
アルベルトを真っ直ぐに見る眼差しは、真剣だった。
「カルナヴァスは子どものような性格ですが、子どもではありません。グシュタールの前王の下で何年も生き延びてきた判断力もあります。その場でリストニアに戻るように指示し、大魔導師殿が持つ魔道具を通して再び王都に呼んでも良かったはずです」
まさに、ぐうの音も出ない正論だった。アルベルトから「カルナヴァスを頼む」と命じられたヴォルフガングがそれをしなかったのは、「カルナヴァスをリストニアに転移させろ」と言われなかったからだ。アルベルトの命令の意図を正確に理解して、馬車まで送り届け待機させた。
(ヴォルフガング様の言う通りだ。先走った私が悪い)
「……すまなかった」
「謝罪していただきたいわけではありません」
そこで一度、ヴォルフガングが何かを言い淀んだ。
アルベルトは、下がりかけていた視線を騎士へと向ける。騎士は手を伸ばして窓のカーテンを閉めると、両腕を少し広げ、請うようにアルベルトへと差し出した。
「……腕に抱いても、よろしいでしょうか?」
「…………っ」
突然言われ、思考が止まる。だがヴォルフガングが腕を下ろそうとしているのを見て、慌てて「あ、あぁ」と頷いた。
「失礼いたします」
一瞬、「頷いて良かったのか?」と思ったのだが、もう遅い。
隣に座った騎士の腕の中に、すっぽりと収められてしまっていた。
アルベルトの中に、形容し難い温もりと切なさが同時に宿る。
恐る恐る背中に自身の手を回すと、包み込むように抱きしめられた。
「……今でも、時折見る夢があります」
「ゆ、夢……?」
早まる心臓の音が届かないように祈りながら聞き返すと、騎士は何かを言おうとし、結局口を閉ざしアルベルトを抱く腕に力を込めた。
アルベルトには、彼がどんな夢を見て、そしてなぜこんなにも心を軋ませるような声でそれを告げたのかはわからない。けれど、苦しんでいるのだと、それだけは理解できた。
「ヴォルフガング、……夢は夢だ。現実じゃない……」
「——……っ」
(……震え、てる?)
アルベルトは驚き、少しだけ身を離すとヴォルフガングの顔を覗き込んだ。
「ヴォルフガング……?」
「アルベルト様」
銀灰色の瞳に満ちる、痛みと絶望の色。
「……申し訳……ございません……」
それは、どういう意味なのだろう。
困惑するアルベルトを、ヴォルフガングの腕が再び閉じ込める。
『私のそれは、あなたから憎悪を向けられて然るべきものです』
不意に、先日聞いた言葉を思い出した。
(この人は、何を背負っているのだろう……)
震える背を、静かに撫でる。
発端は、アルベルトがヴォルフガングを置いて太陽塔へ向かったことだ。そしてそれを判断の誤りとして謝罪してほしいわけではないと言う。瞳に痛みを宿して。
『傍に、いさせてください』
「……君を、置いて行ったりしない。約束する」
気付けば、そう口にしていた。
「——私を、離さないでくれ」
「……、っ……離しません」
「何があっても」
「……何が、あっても」
アルベルトは、ヴォルフガングの胸元に顔を寄せた。
微かに心臓の音が聞こえてくる。
(前にも……こんなことがあったような……)
冷たい空気の中で、二人で身を寄せ合ったような気がする。
そして、騎士の心臓の音が少しずつ小さくなっていく様を、穏やかな気持ちで聞いていたような。
(……そんなこと、あるわけないか。私も変な夢とか見ちゃってたのかな。だとしても、縁起でもない)
浮かんだ知らない感覚を心の中で笑ってかき消して、アルベルトはヴォルフガングの温もりを感じながらそっと目を伏せた。
「……失礼いたしました」
どのくらいそうしていたのか。
ゆっくりと腕を離したヴォルフガングが、元の席へと戻った。
時間的に、そろそろタウンハウスへ着く頃だ。
「気持ちは落ち着いたかな?」
「えぇ、ありがとうございます」
答える騎士の瞳には、いつもの穏やかな色合いがあった。
「改めて、今後単独行動は控えると約束しよう。腐死の王の動向も気になる。私が向こうの立場なら、解呪魔法を使える存在を孤立させようと考えるだろうからな」
アルベルトという存在は、腐死の王にとって、まさに目の上のたんこぶだ。向こうもまだ弱体化している今、何か仕掛けてくるとしても正面からの物量攻撃ではなく、アルベルト自身の排除を狙ってくることも考えられた。その状態での単独行動は、浅はかの一言に尽きる。
考えれば考えるほど、太陽塔へと突っ走った行為の短慮さが恥ずかしくなる。いっそ割り切って次回へ活かそうと、アルベルトはジャケットの胸ポケットを探った。
恥ずかしさを誤魔化す勢いで、いけそうな気がしたのだ。
「……ヴォルフガング、こ、これを」
かなり皺だらけになってしまった紙袋を取り出し、今更ながらに雑さに気付いてしまう。
とてもではないが、贈り物として渡せる状態ではない。やはりやめようと引っ込めようとしたところを、ヴォルフガングの手が止めた。
そっとアルベルトの手から紙袋を取り、中のものを自身の手のひらに出す。
そして、素直に驚きの表情を浮かべた。
「これは……」
「その……君に似合いそうだったから、昨日の市で買ったんだ。……剣にでも付けてもらえれば。リュシアンに見てもらったんだが、質の良い魔鉱石に、魔除けの効果が付与されたものらしい」
聞かれてもいないのに、皺だらけの袋で渡してしまった気まずさも手伝って、解析してもらったことまで話してしまう。
ヴォルフガングは石のついた飾り紐を魔法灯に透かして見つめてから、「ありがとうございます」と微笑んだ。
「懐かしいものに出会えました」
「懐かしいもの?」
「レペティオという名の、私の故郷にある魔鉱石です」
意外すぎる情報に、アルベルトは身を乗り出した。
「そ、そうなのか?」
「えぇ。かつての私の家にも、この石を使用した魔道具が一つありました」
(ヴォルフガング様って、家族の人たちと故郷を追われてたよね……。ど、どうしよう、嫌なこととか思い出しちゃったりしないかな)
心の中の不安が出ていたのか、ヴォルフガングが「大丈夫です」と口にした。
「故郷での出来事が私を苦しめることはありません。この石も、母が私に語って聞かせた話を思い出して懐かしくなったほどです」
「なら……いいんだが……」
「心配してくださったのですね。……ありがとうございます」
ヴォルフガングが飾り紐を優しく見つめてから、傍らに立てかけていた剣を取り、柄頭に結びつける。
彼が持つ剣は、リストニアに代々伝わる宝剣だ。ヴォルフガングが王から剣聖の名を与えられた時に、アルベルトが「相応しい者が使うべきだ」と預けた。刀身も鞘も、夜を切り取った様に黒い。飾られた魔鉱石が、明かりの下に浮かび上がる。まるで誂えられたかのように、ぴったりとはまっていた。
(良かった……!やっぱり似合う!石の名前、なんて言ってたっけ。……そうそう)
「レペティオの守りが、君にあらんことを」
強い魔鉱石に付与された、魔除け。
その力が守ってくれるようにと言葉をかけると、何故か騎士はわずかに息を飲み——。
それから静かに、「ありがとうございます」と微笑んだ。
翌日は、朝食を取ってからの帰領となった。
特に意味はないのだが、帰るのだからと、玄関先にいる。使用人たちも全員、見送りに出てきていた。
先にアルベルトが転移して、その後に折り返したカルナヴァスがヴォルフガングを連れてリストニアに戻る手順になっている。
カルナヴァスの魔力量は——おそらく今までの境遇のせいだろうが——かなり多く、数回連続して転移する程度なら特に問題はないと答えられた。ただし二人を一度にとなると、まだ練習中のため一回で魔力が空になるとも。
(家に帰るだけで、カルナヴァスを魔力切れにするわけにはいかないからね。あれ、ほんとしんどいし)
買い物をした時に買った、コレクション用の箱を大事に抱えている少年姿のカルナヴァスを見る。ちなみに中に虫が入っていないことは、確認済みだ。
一方でアルベルトは、サイネケンに頼まれていた本を持っていた。
(三日間の休暇か〜。最後は色々あったけど、楽しかったなぁ)
「それでは閣下、また後ほど」
一旦は見送る側となるヴォルフガングが、老執事の横に立ち頭を下げる。どうせすぐに会うのだが、一応は、ということらしい。
腰に佩いた剣の柄頭で、アルベルトからの贈り物が揺れていた。
「兄ちゃん、その飾り何だ?かっこいい」
そしてさっそくカルナヴァスがそれに気付いたようだった。アルベルトの心臓が少し跳ねる。ヴォルフガングのことなので、アルベルトからの贈り物だ、とわざわざ言わないとは思うのだが。
「これは魔除け効果のある飾り紐だ。平時は飾りとして使い、剣を抜く際は落剣防止として使用する」
「へぇ〜!」
そして期待通り、とてもスムーズにごまかしてくれた。
「石の色がすごく綺麗だ。兄ちゃんにぴったりだと思う」
「ありがとう」
話を聞いていた老執事が、チラリとアルベルトを見た。
(……バレてる気がする。知らないふりしとこう……)
「何ていう石なんだ?」
「レペティオという」
「レペティオか。初めて聞いた」
カルナヴァスのコレクションの中には、綺麗な色の小石も多い。鉱石が好きなのだろう。興味津々といった様子で飾り紐を見ている。
だが、そろそろ出発してもらいたいところだ。
リストニアの方では、アレクシアやサイネケンがアルベルトたちの帰宅を待っている。
「カルナヴァス、リストニアに戻ってから、ゆっくり見せてもらうといい。こちらにおいで」
「はーい!」
戻ってきたカルナヴァスが、アルベルトの手を握る。
「キース、後は頼んだ」
「かしこまりました」
老執事が深く礼をし、それに合わせて使用人たちが一斉に頭を下げる。
「では、行こうか」
「よーし!……あ、忘れる前に聞いときたい。兄ちゃん、レペティオってどういう意味?」
リストニアに戻れば、いくらでも聞く時間はあるのだが。とは言え、彼の疑問の答えはアルベルトも気になるところだった。強い魔力を帯びているものなら、それなりの由来がありそうだからだ。
「私も気になるな」
便乗すると、騎士は少し考えてから、目を伏せて「そうですね」と笑った。
「……『繰り返す』という意味です」
その声に、昨日見た痛みが混ざっているような気がして。
アルベルトは、声をかけようとした。
だが、それよりも先に「そうか!」と答えたカルナヴァスが、術を発動させる。
タウンハウスの景色が、世界ごとスライドするようにリストニア城の内装へと切り替わった。
「おかえりなさいませ、お兄様」
「おかえりなさいませ、閣下」
笑顔のアレクシアとサイネケンを先頭に、帰りを待っていたリストニア城の者たちが頭を下げる。
休暇が終わり、日常が戻ってくる。
アルベルトは、リュシアンが言う『十八歳のアルベルト』から『アルベルト・リストニア』へと今は意識を切り替えて、「ただいま」と笑顔で答えた。
第四章番外編『初めての休暇』はこちらで終話となります。
お読みいただきありがとうございました。
また息抜きに、年上受けのBL短編を一つ書いてるので、そちらをアップしたら続きに入ります。
よろしくお願いいたします。




