↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/92

初めての休暇⑧

 王との時間は、すぐに用意された。

 レナードを伴い謁見の間へとやってきた王に、魔導院に出現した魔物と、呪具による召喚術が使用された可能性があることを報告する。話の途中にリュシアンから写し鏡の魔道具を通じて連絡が入り、呪具を所持していたのが貴族院の男爵令嬢であること、昨日中央の広場に出ていた市で「嫌いな相手を少しだけ困らせるおまじない」と説明されて人形を購入したことと、本人は「子爵の娘のロキシア・ウィーバーが貴族院の代表として挨拶をすることが許せなかった」と話していたことなどが伝えられた。

 購入した道具の使用方法としては、困らせたい相手の体の一部、例えば髪なら人形に巻き付けるなどして、それから対象となる相手の名を三度唱えるようにと教わったらしい。挨拶文を途中で忘れたり、転んだりするといった小さな失敗を期待していたのだという。

 つまり嫌がらせか、と呆れたようにレナードが言い、王はクリストフへの伝令を飛ばした上で昨日の市の出店者をすべて特定するように兵士たちに命じた。

 この事件の本質は、男爵令嬢の嫉妬による嫌がらせではない。『何者か』が『ファンケンラート王都内』に『呪具』を持ち込んだ。それは先の王妃の件をまだ完全に解決できていない王にとって、非常に頭の痛い問題であった。

 思考する王に、手を挙げたのはレナードだった。

 クリストフはまだしばらくステルビアに滞在せざるを得ない。ならば自分が、と呪具の調査を買って出る。王はこれを許可し、アルベルトに対して「レナードに力を貸してやってくれ」と命令ではなく頼みという形で指示を出した。

 アルベルトは最上礼を以ってそれに答え、カルナヴァスを連れて王城を後にした。





 魔導院へ戻った頃には、すっかり陽が暮れていた。

 腹の虫を鳴らしたカルナヴァスに、先に転移でタウンハウスへ戻るように伝える。長くリストニアに仕えている老執事なら、ひとりで戻ってきたカルナヴァスを見て事情を察して食事などを用意してくれることだろう。

 本来なら、今頃リストニアに帰っている予定だった。写し鏡の魔道具を使い、サイネケンに連絡を取り、事件のあらましと帰領が明日になったことを伝える。念のためグウィンにも同じ報告をしたところで、魔法灯のカンテラを提げたリュシアンがやってきた。彼には、魔導院に戻ってきた時点で例の木のところにいると連絡してある。ここなら、人目を気にせず話ができるからだ。

 アルベルトの前まで来たリュシアンが、「先に報告を」と口を開いた。

「剣聖には、貴族院の騎士たちと警備の兵を指揮してもらっている。さっきお城から衛兵が来たから、参加者への聞き取りもしやすくなると思う」

「聞き取りは全員から?」

「そうなるだろうね。犯人が見つかったからといって、他の人が無関係である証拠はまだないから」

 ということは、参加者全員が魔導院に足止めされる夜になる。貴族の中には不満を漏らす者もいるだろうが、王城からの衛兵がそれに対応するだろう。

「例のご令嬢は、髪の色は戻らないと思うけど、命に別状はない。昔から姉さんに突っかかってきていた人みたいだ。自分より爵位の低い家柄のロキシア姉さんが首席で、しかも人気作家なのが許せなかったんだってさ。彼女に呪具を売った店主が見つかるといいけど……」

「……知らずに売っていたのなら、まだ王都にいるだろうが」

「知ってて売ったのなら、もう逃げてるだろうね」

 ふう、とリュシアンがため息をついた。「君の顔を見たら、肩の力が抜けた」と小さく笑う。

「呪具を解析した結果、予想通り、召喚が発動する呪術が付与されていた。正直、ご令嬢の命があるのが奇跡だ。メソメソしてる本人に、リストニア侯爵の解呪魔法があと少しでも遅かったら死んでいたと伝えたら、静かになったよ。……静かにっていうか、気絶したんだけど」

 リュシアンの性格的に、どういう死に方をするのかも伝えたのだろう。騒がれるよりはマシだが、貴族令嬢にとってあまりに刺激が強すぎたことは想像に難くない。

 しかし彼女の悲劇は、ここからだ。

 効果を知らなかったとは言え、呪具を所持し使用した事実がある以上、彼女の家を含め処分は免れない。

「……呪術使い、って人たちを侮っていた。君から聞いたグシュタールの件についてもそうだけど、知らない間に彼らは深く入り込んでいるのかもしれない」

 一旦整理しなきゃ、とリュシアンが木の幹に背を預け、夜空を見上げた。

「大昔、魔法を使えなかったカミラって人が瘴気から生み出した、魔力を必要としない技が、呪術なんだよね?」

 それは、以前にアルベルトからリュシアンへと伝えていた、『このとわ』の原作知識だった。

「で、カミラは呪術の使用により身体が変異して、カミラの黒樹と呼ばれる巨木になった。その樹の花には、魔力を乱す効果があって。王妃様はこれを第一王子殿下に飲ませて、嫌がらせをしようとしていた」

 王城での一件だ。

 だが王妃の考えとは裏腹に、花の毒はレナードに使用され、彼女は誰にも知られずに亡き者にされていた。

「王妃様を殺めて王家に仇(あだ)なそうとしていたのが、皮膚に黒紋を刻んだ『カーサス』と呼ばれる人たち……だよね?彼らは、『呪の末裔』と同じという認識でいいの?」

 問いかけられ、アルベルトは「その辺りは認識の違いによるものだが」と前置きをしてから肯定を返した。

「カミラの力を求め黒樹の下に集まった彼らには、長い歴史の中で形成された独自の文化があり、言語があると言われている。『カーサス』とは彼らの言葉で『呪の末裔』を意味している。呼称としてはどちらも間違いではない」

「つまり、翻訳を通しているかいないかの違いか」

「そういうことだ」

 ふむふむ、と納得したリュシアンが、「でもさ」と次の疑問を口にした。

「王妃様の件といい、グシュタールや今回の件といい、なんで急に現れるようになったんだろうね」

「……それは」

 アルベルトもリュシアンの隣で、同じように木の幹に軽くもたれた。

「因果関係を逆に考えた方がいい。彼らが突然現れたのではなく、こちらが『彼らを見つけられる手段』を手に入れただけなのだと」

 アルベルトの言葉に、リュシアンが何かに気付いたように目を見開いた。

「——……君の、解呪魔法」

「あぁ。……おそらく、過去の歴史の中にも呪の末裔はいたのだろう。だが、知る術(すべ)がなかった。掘り返せば、関連が見える事件もあるのかもしれない」

「……すごく……怖いね」

 呟くような声に、アルベルトは視線を夜空から隣にいる友人へと移した。

「僕は、君とともに戦っているつもりだったけど……。今回、思い知ったよ。前線に立つことが、どれほど恐ろしいのかを」

 じわり、とリュシアンの瞳に涙が浮かぶ。

「思い出すだけで、震えが戻ってくる。僕では絶対に勝てない相手だった。なのに君はあっさりと倒してしまった。まさに英雄だった。……僕みたいな者が、君の友人面をして側にいるなんて——」

「勇敢に杖を構えて、姉君を助けようとしていた」

 幹に縋るように触れて震えるリュシアンの手に、上から包み込むように自身の手を重ねる。

「……リュシアン。君に初めて出会った日のことは、私にとって宝物だ。私の弱さが原因で多くの仲間を喪い、打ちひしがれ魔導院へやってきた。折れるわけにはいかない心を支えてくれたのは、明るい君との穏やかな日常だった」

「アルベルト……」

「私には君のような解析能力も、素晴らしい魔道具を作る頭脳もない。君ほどの天才に個人的な頼み事をしていいものかと、いつも悩んでいるよ」

「な、なに言ってんの!それはこっちの台詞だよ!!」

 ガシッと、手を握り返された。

 幹から背を起こしたリュシアンが、アルベルトの正面に立つ。

「僕の力なんて、机の上だけのものだ。魔道具だって、君からの案がなければ実現してない。君と出会えたからこそ、僕は中央魔導院主席研究員リュシアン・ウィーバーとして、生きてるんだ。だいたい君は、自分の価値を知らなさすぎるよ。いいかい?君は僕が知る限り最も努力家で、最も優しく——……な、なんで笑ってるの?」

 勢いよく喋り倒していたリュシアンが、声を抑えて笑うアルベルトを見て、目を瞬かせる。

「すまない。……私たちは、互いに遠慮をしていたのかもしれないな」

 謝罪をしてから、「リュシアン」と名を呼んだ。

「この木の下で初めて顔を合わせて、名前で呼んでほしいと言われた時。……私は、……心の中でこう思っていた」

「えっ?なになに?」

「オッケー、リュシアン。ズッ友だよ〜、って」

 その瞬間のリュシアンの表情は。

 まさに、鳩が豆鉄砲を食ったような、という表現がぴったりのものだった。

「はっ!?えっ!?き、君がそんなこと」

「思ったんだなぁ、これが」

「こ、言葉遣い……」

 呆然と。

 本当に呆然とした顔で、リュシアンが見上げてくる。

「……この話は、私と君との秘密だ」

 そしてアルベルトが人差し指を口元に立て沈黙のジェスチャーをすると、キラキラと輝く星のような笑顔を浮かべて、勢いよくアルベルトに飛びついた。

「これ以上、僕を君の虜にしないでーー!!」

「善処はしよう」

「それ、してくれないやつー!」

 夜空の下で、二人分の笑い声が重なった。




 今回の事件については、王からの指示も踏まえて、リュシアンから『中央魔導院の全面協力』を提案された。貴族院の方は派閥などの面倒なしがらみが多いが、平民や下位貴族が多い魔導院はそうでもない。アルベルトとしてはそれを断る理由もなく、ありがたく受け入れ、レナードと連携してほしい旨を伝えた。

「第一級魔導師の方たちはステルビアの件で王都にいないから、また後日説明するとして。副院長がやっとトイレから出てきてくれたから、伝えてある。……被害者の身内の僕が言うのもアレだけど、魔導院と貴族院の溝はさらに深まるだろうね」

 魔導院から見れば、無知な貴族の娘が呪具という禁制の道具を持ち込み、凶悪な魔物を召喚した事実だけが残る。アルベルトがいたから被害が最小限に抑えられただけで、人命が喪われていてもおかしくはない状況だった。

「君が最初にライズ兄さんに指示してくれたおかげで、事後処理の初動を貴族院が担当できた。それがなければ、貴族院の人たちは全員ここから追い出されて、さらにややこしい拗れ方をしてたんじゃないかな」

「君の兄上が私の意図を汲んでくれたおかげだ。礼を伝えておいてくれ」

「またそういうことを言う……。まぁ、それが君の良さだ。愛してるよ、僕のアルベルト。チュッチュッ」

「私も愛してるよ、親友」

「うーん、蜜月!」

 夜空に向かって吠えたリュシアンが、「そろそろ戻ろうか」とカンテラを手に歩き出す。

 その背中に、アルベルトは反射的に声をかけていた。


 聞くなら今だ、と思ったのである。


「ん?なに?」

 振り返ったリュシアンに、「見てもらいたいものが」と告げて、紙袋から飾り紐を取り出す。

「実は私も、昨日の市で目に留まった魔除けの飾りを購入したんだが。店主から、良い石であることは保証するが効果はわからない、と言われて……」

「なんでそんなピンポイントで変な物を掴んじゃうのさ」

 ものすごく呆れた顔をされてしまう。見せて、と言われ手渡すと、受け取ってすぐに、解析魔法を唱えてくれた。

 眼鏡がカンテラの光を反射している。

 真剣な表情で解析をしていたリュシアンが、ふと目を丸くした。

「すごいね、これ。すっごく上手く隠してるけど、多分、グウィン陛下たちの魔鉱石と同じ構造だ」

「……ということは……」

「かつて存在した魔力の強い誰かの一部、なんじゃないかな」

 あまりにも予想外な返答に、アルベルトも驚いた顔を見せる。

 魔鉱石とは魔力を帯びた鉱石の総称で、鉱物全体から見ても非常に希少とされる物質だ。生物の化石が鉱物へと変化する例を知っていたアルベルトは、魔力を持つ魔鉱石も元は生物だったのではないかと考えていた。そしてそれは、鉱山での戦いでエルフの復活という形により証明されることとなった。

 その魔鉱石が。

「石の正体を隠してるのも店主の人じゃなくて。最初に加工した人みたいだね。歴史的にも学術的にも非常に興味深い」

「危険なものかどうかは……」

「それは大丈夫。魔鉱石って、それ自体に良いとか悪いとかないから。この石には魔除けが付与されているから、とても強い魔除け効果のあるアミュレットになってるよ」

「……そうか」

 ホッと息をついた。リュシアンのお墨付きなら、安心だ。

「いつ剣聖に渡すの?」

「それがなかなか渡せなくて——……、えっ?」

 当たり前のように聞かれたので答えそうになって、アルベルトは固まった。

「な、な……」

「なんでわかるか、って?そりゃわかるよ。この石、剣聖のイメージにぴったりなんだもん」

 なんてことだ、そんなバレ方があるなんて、とアルベルトは思った。

 苦笑したリュシアンが、飾り紐をアルベルトへと戻して先に歩き出す。

「その様子だと、似合いそうだと思って買ったはいいものの、危ないものかもしれないしって、僕に見せて。……でも、渡し方がわからない、ってところかな?」

「……君は私の心が読めるのか?」

「英雄アルベルト・リストニアの胸中はわからないけど、親友の気持ちならわかるよ。ウィーバー家への贈り物を選んでくれたように、剣聖に贈りたいと思ったんだろう?なら、渡さなきゃ」

 立ち止まったリュシアンが、くるりと振り返る。

「その顔、僕と剣聖以外には見せちゃ駄目だよ?僕は耐性があるし、剣聖は……まぁ、何かあったとしても、二人の仲が進展するだけだからいいけど」

「そ、そんなに変な顔をしているか?」

 つい最近、ヴォルフガングにも同じようなことを言われた気がする。

 リュシアンは少し悩んでから、「たとえば」と口にした。

「姉さんが見たら、爆散して死ぬレベルかな」

「そんなに!?」

「そんなに。ファンケンラートの英雄が、頬を染めて恥ずかしさに目を潤ませて、拗ねたようにほんの少し唇を尖らせてるなんて。……僕じゃなかったら、ここで襲われても文句言えないよ?返り討ちにするとは思うけどさぁ」

 アルベルトの耳には、リュシアンの台詞の後半は届いていなかった。

 表情の自覚がなかったからだ。見られたくなくて、思わず背を向けてしまう。

「アルベルト?」

「そんな顔を……してたなんて……」

「あ〜、無意識かぁ……。こりゃ剣聖も苦労するね。諦めなよ、アルベルト。君は剣聖のことになると、アルベルト・リストニアから、ただの十八歳のアルベルトになるんだよ」

 その言葉は、思いがけない方向からアルベルトの心を突いた。

「どちらも正しく君だけど、前者はリュシアン・ウィーバーの主君で、後者はリュシアンの親友だ。だから君の忠実なる魔導師として、そして友として助言しよう。帰りの馬車の中で渡すといい。君の、休暇の魔法が解けないうちに」

「休暇の……魔法……」

「アミュレットとしての効果も充分期待できる。剣聖の身を守ってくれるアイテムだ。渡さない選択肢は、ないだろう?」

 アルベルトの背中に声をかけて、「先に行ってるよ」とそのまま歩いていく。

 冷たい風が木々を撫で、葉を落とした枝を揺らしていた。


次回「初めての休暇⑨(終話)」は10月13日17時更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。