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初めての休暇⑦

(あっぶな!間に合ってよかったー!)


 魔物を倒し剣を鞘に納め、斬り飛ばした鉤爪の先に引っかかっていたロキシアを抱き抱える。

 風魔法を使って着地すると、「緊急時とは言え、無断で触れたことをお詫びします」と告げてから、抱いていたロキシアをゆっくりと下ろした。

「怪我はありませんか?」

「……、は、…………はぃぃ……ひえぇぇ……ぁぅぁぅ……」


(こんなに石みたいに固まってしまって……。怖かったよね。遅くなってごめんね、ロキシアさん)


 それでも怪我はない様子のロキシアに、安心させるように微笑みかけ、背後の魔物へと振り返る。

 落とした頭も、胴体も動く気配はない。


(でも、瘴気を感じる。紫紺の檻で囲っておいた方がいいかもしれない)


 このくらいの大きさなら、無詠唱でも問題ない。魔力でできた檻で魔物を包み込むと、流れ出ていた瘴気が途絶えた。

「何があったんだ、リュシアン」

 とりあえず近くにいた友人に声をかける。

 だがどういうわけか、反応が返ってこない。

 周囲を見回したが、剣を構えたままのライズも、杖を持ったままの魔導師たちも、みなリュシアンと同じように固まっていた。

「閣下、遅くなりました」

「ヴォルフガング」

 アルベルトと同じように、塔の高い場所から黒い騎士が降ってくる。相変わらず着地音がない。

 アルベルトは、ヴォルフガングがカルナヴァスを連れていないことに気が付いた。おそらく一度、馬車まで戻っていたのだろう。何かあればリストニアまで転移するように告げて。

 カルナヴァスは、この異変に関して、かつて彼を苦しめていた首輪と同じ力を感じていた。もし呪術に関係しているのであれば、姿を見られない方がいい。ヴォルフガングの判断は、正しい。アルベルトでも、同じ選択をする。

「……これは、カサ・ニグラですね。リストニアでもあまり見ない魔物ですが」

 隣に来たヴォルフガングが、蜘蛛の魔物を見てその名を口にする。

 カサ・ニグラ。ファンケンラートの古語で『黒い家』という意味の大型の蜘蛛の魔物で、魔力の強いもの、つまり人間を好んで捕食する。リストニアでは、瘴気が濃い時期にごく稀に出現する魔物だった。

「あぁ、私も久しぶりに見た。紫紺の檻で囲ったから、瘴気の心配はないと思うが。——リュシアン、そろそろ話はできそうか?」

 さすがに緊張も解けている頃だろうと、再び声をかける。

 ハッとしたように身体を大きく震わせたリュシアンが、最初にロキシアに「け、怪我は?」と声をかけ、首を横に振ったロキシアを見てから「わぁ〜!」と泣きながら走ってきた。

「アルベルト〜〜!!」

 飛び込むように抱きつかれ、特にバランスを崩すこともなく受け止める。胸に顔を埋めたリュシアンが、バタバタと暴れていた。

「魔物ってこんなに怖いの!?君、どうやって腐死の存在と戦ったの!?なんでそんな『ちょっと通りかかったんで倒しておきました』みたいな感じなの!?剣聖も当たり前みたいに魔物の種類を知ってるし!二人して『これが日常です』みたいな顔しないで〜!!」

「そ、そんなことを言われても……」

「ウィーバー卿、カサ・ニグラはリストニアでも珍しい魔物です。多いのは魔狼ですが、彼らは群れで行動しますので、カサ・ニグラ以上の魔物を狩ることもあります」

「解説ありがとう〜!でもそういうことじゃないんだよ、剣聖〜〜!」

 ならどういうことだろう。

 アルベルトはヴォルフガングと顔を見合わせた。騎士も「さて?」みたいな顔をしている。

 しかし延々と胸元で暴れられるだけでは、話が進まない。アルベルトは「わかった、わかった」と、納得したようにリュシアンの背中を軽く叩いてから離れるように促した。

「こ、侯爵閣下、ありがとうございました」

 そこに、ようやく緊張が解けたらしいライズが剣を収めながらやってくる。

「騎士(サー)ウィーバー、怪我はないか?」

「ございません」

 見た限りでは、擦り傷をいくつか作っていたが、彼の中ではそれらは負傷に入らないのだろう。

 アルベルトは頷いてから「すまないが」と周囲に視線を向けた。

「負傷者の確認を貴族院に任せても良いだろうか」

「ハッ!かしこまりました!」

 騎士の礼をしたライズが、知り合いらしい騎士服の男に声をかけ、ホールへと向かう。その背を見送ってから、今度はリュシアンを見た。

「魔物の処理をしなければならない。あまり私が前に出るよりも、こちらは魔導院に任せたい」

「よ、よし!副院長と第一級魔導師の三人がいない時は、主席の僕が代理だから、僕の権限で処理する!」

「ありがとう。瘴気が漏れないように囲っているから、そのまま『爆炎』クラスの魔法のものを複数回放てば、中で安全に燃やせるはずだ」

「ば、『爆炎』だね!あとは!?」

 アルベルトに聞いてしまうと貴族院と魔導院がそれぞれ事態の収束に当たった、という建前が使えなくなるのではないかと思い、一歩引いたのだが。

 とは言え、残された問題は最重要であり、できればすぐに動きたいと思っている。リュシアンには後で口裏を合わせてもらおうと考えながら、指示を続けた。

「……あとは、呪具が使われた可能性がある。早急に使用者を特定したい。急に体調を崩した者や、異変に見舞われた者——」

「キャアアァァァァ!!」

 悲鳴が夕暮れに染まった空を切り裂いた。

 ドレス姿の令嬢から、黒い煙が上がっている。彼女の周囲にいた友人らしき者たちが、身を寄せ合って震えていた。


 疑念が、確信に変わる。


「……彼女が呪具の使用者か。すぐに解呪する。リュシアン、君は魔物の処理を進めてくれ」

「わかった!」

 アルベルトはヴォルフガングを伴い、歩きながら魔法を構築した。

 人を呪わば穴二つ。

 だが魔物は出現後、そう間を置かずに討伐した。今ならまだ、命までは奪われずに済むかもしれない。

「女神エルシオラの名において、この呪いを解き放て」

 黒い煙ごと、眩い光が苦しむ令嬢を包み込んだ。

 ……やがて少しずつ光が収まり。

 恐怖に顔を引き攣らせた令嬢が、それでも痛みが引いたことに安堵し、自身を見る。そして白く染まった髪を見て、再び悲鳴を上げた。

 周囲の令嬢たちも、「ひっ!」と息を飲み、令嬢の周囲に輪を作るように下がる。

「わ、私の髪が……っ!!」

 令嬢が慌てて髪を掴む。ごそりと抜け落ちたことに気付き、絶叫した。

「イヤァァァッ!!」

 その髪の絡まった手に、触れる者がいた。

 側に片膝をついた、アルベルトだ。

「——落ち着いて。触らず、そのままで」

 髪を掴んだままの令嬢の指をゆっくりと外し、背後に控える騎士を見る。

「ヴォルフガング、リュシアンに頼んで治療師を手配してもらってくれ」

「かしこまりました」

 騎士が友人の元へ向かう気配を確認してから、極力刺激しないように令嬢へと声をかける。

「……心当たりがある物を、渡してください」

「……あ……ぁ……」

「隠せば、あなたが故意に『呪い』を使ったと疑われます」

「ヒッ!」

 令嬢が震える手で、ドレスの袖に隠し持っていた指一本分ほどのサイズの小さな人形をアルベルトに手渡す。


(……人形?いや、ヒトガタだ。王城で呪の末裔が使っていた物に似ている。……ここで聞くのは、人目が多いな)


「アルベルト!」

 リュシアンの声がした。ヴォルフガングとともに、こちらにやってくる。

「院の治療師はみんなホールに行ってるから、僕でよければ」

 専門として従事してはいないが、リュシアンは治療師としての認定も得ている。

 ちょうどよかったと立ち上がり、友人の耳元に顔を寄せる。さりげなく人形を渡すと、声を潜めた。

「呪具だ。使用したことで呪い返しを受けている。彼女から入手経路を聞いて、解析してほしい。私は王城へ報告に行く。彼女から話が聞けたら、連絡を」

「わ、わかった」

 リュシアンから身を離し、ヴォルフガングを見る。

「カルナヴァスと王城へ向かう。念のため、君はここに残り警戒を続けてくれ」

「閣下、しかし」

「命令だ」

「……御意」

「リュシアン、護衛としてヴォルフガングを預ける」

「ありがとうございます、侯爵閣下」

 友人としてではなく、魔導院の主席研究員として礼を述べるリュシアンに頷き、二人に背を向け馬車を寄せている裏門へと向かった。

 

(……役に立つから一緒にいるわけじゃないって言っておきながら、結局カルナヴァスを頼ることになるのか)


 中央魔導院から王城までは、そう遠くはない。だが緊急性を考えると、一分一秒でも短縮すべきだ。

 馬車は来た時のまま、裏門にあった。近くに御者がいる。アルベルトの姿が見えると深く礼をして、中にカルナヴァスがいると伝えられた。

「カルナヴァス、すまないが頼みがある」

 扉を開けると、持参していた絵本を読むカルナヴァスがいた。横には、サイネケンの白い本も置いてある。

 アルベルトの声に、カルナヴァスが顔をあげた。

「おかえり、アルベルト。もちろんいいぞ!」

「先日行った王城の、正門前まで転移してもらいたい」

「まかせて!」

 笑顔になったカルナヴァスが、アルベルトに抱きつく。次の瞬間、視界が滲み、別の景色へと切り替わった。

「見つからないように、気配がないところにした」

 王城の正門から少し離れた場所に、二人で立っていた。

「……ありがとう」

 使い方によっては、攻撃魔法などよりもよほど危険な術になりうると改めて感じる。

 

(前世で読んだ物語なんかだと、転移はありふれた能力として描かれることも多かったけど……。実際、移動手段が限られている世界観に使い手がいたら、戦局が一変しかねない)


 グシュタールの前王が魔法への理解度が低かったことは、逆に幸運だったのかもしれない。

 正門までは、そのまま徒歩で向かう。

 突然のリストニア侯爵の登場に門の前にいた兵士たちは大いに慌てたが、すぐに王への報せを出してくれた。

次回初めての休暇⑧は10月12日17時更新です。

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