初めての休暇⑤
あっという間に、休暇最終日となった。
昨日はアルベルト以外の二人が甘味店を満喫し、三人でのんびりと買い物を楽しんで、アレクシアへの土産も購入してから夕刻に帰宅した。
そうして談笑しつつ夕食を食べ、入浴を済ませ——……カルナヴァスはヴォルフガングの部屋に連れて行かれてしまった。寝ぼけて変化魔法を解かないよう練習する、と言っていた。どう練習するのかは、よくわからない。
アルベルトは、「ヴォルフガングが寝ぼけたカルナヴァスに捕まっていたら面白いな」くらいの気持ちで、翌早朝こっそりと見に行ってみた。だがすでに朝の鍛錬のために起きていたヴォルフガングと彼の部屋の前で会ってしまい、まさか「面白いことになってないか見にきた」とも言えず、結果、一緒に鍛錬をするはめになってしまっていた。
(いや、いいんだけどね。ヴォルフガング様との模擬戦って、本当に勉強になるし)
魔法を使わない純粋な剣術では、アルベルトは未だに一本も取れていない。ヴォルフガングが言うには、今のアルベルトが魔法と剣を使って本気で戦えば『両翼が二人がかりで互角』らしいが、さすがにそれは盛っているだろうとアルベルトは思っている。
なぜなら、今まさに五本目をヴォルフガングに取られたところだからだ。
本日も、全敗である。
(やっぱり強いな〜。全身が目なんじゃないかってくらい的確に防いで、こっちの死角を突いてくるよね)
まだ明けきらない空の下で剣聖との五本勝負を終えて、特に息を乱していないアルベルトもそれはそれで人外なのだが、本人だけが気付いていない。
アルベルトから木剣を受け取ったヴォルフガングが、自分の分と合わせて近くにある倉庫に片付ける。タウンハウスの裏庭は、いつでも騎士たちが訓練できるように整えられていた。先程までの模擬戦で少し凹凸ができてしまったが、これらを綺麗に均すのも庭師たちの仕事だった。
「中央魔導院へは、いつ出向かれますか?」
部屋まで送ると言われ、ヴォルフガングとともに屋敷へ入り、並んで廊下を歩く。
「今日の夜にはリストニアに戻るから、午後に向かう予定だ」
「かしこまりました。カルナヴァスへは、夕刻までに荷物を準備するように伝えておきましょう」
「ありがとう」
話しながら、アルベルトはふと同窓会の時間はいつだったかと考えた。欠席のつもりでいたため、細かくは見ていなかった。参加人数なども気になるところだ。後で確認しておかなければならない。
「同窓会の開始時間は、午後二時からだそうです。時間的に茶会のようですね。参加者も、若い終学生に限られています。過去の学生全員が対象となると、家を継いで当主となっておられる方もいらっしゃるでしょうから、魔導院側への配慮でしょう」
まさに知りたかった情報がもたらされる。さすが側近である。
「では間に合うように行って、リュシアンとウィーバー家の二人に挨拶だけさせてもらうとしよう」
「お召し物はいかがなさいますか?」
聞かれて、自身とヴォルフガングを見る。今はお互い簡素な部屋着だ。一度湯浴みをして着替えはするだろうが、リストニア騎士団の服を着るだろう。
ファンケンラートにおいて、騎士服は礼服としても認められている。式典などでは、これに飾りをつければ盛装とされた。
「特に用意しなくていい。日中の茶会なら、シンプルな騎士服の方が場に向いている」
「かしこまりました」
部屋の前まで送り届けられ、「また後で」と別れる。
扉を開けて中に入ったアルベルトは、遠ざかる気配を感じながら少しだけ眉尻を下げた。
(……渡せなかった)
ズボンのポケットに入れていた、小さな紙袋を取り出す。
昨日購入した飾り紐だ。
実は今朝、ヴォルフガングの部屋をこっそり覗くついでに枕元に置いていければ、などと考えていたのだが。
(ヴォルフガング様はとっくに起きてたし、その後は鍛錬に付き合って、言い出せる雰囲気でもなかったし……)
別に深く考える必要はない。
昨日買ったんだけど良かったら、くらいの気楽な感じで渡せば良いだけの話だ。
(だから、それができれば苦労しないんだって……!)
一人で提案して、一人で却下する。
(休暇中に渡せなかったら、自分で使おう)
タイムリミットを決めると、諦めもついて気持ちが楽になった気がした。
窓から昇ったばかりの朝日が差し込んでくる。
アルベルトは着替えを手に、浴室へと向かった。
中央魔導院へは、アルベルトたちが王都へ到着した日に「サイネケンの本を取りに行く」旨の遣いを出していた。迎えなどを用意して気を遣わせないように、誰が取りに行くのかは伝えていなかったが、正門の賑わいを見る限りそれは正解だったようだ。
馬車が列をなし、尖塔が聳える院へと入っていく。徒歩で門をくぐっているのは、魔導院の者たちだろう。貴族院とは違い、魔導師への道は身分の差なく開かれている。大魔導師サイネケンが平民の出であることは、有名な話だった。
アルベルトは荘厳な雰囲気の学舎を懐かしく眺めながら、かつてのように裏にある小さな出入り口へと回った。サイネケンに師事していた頃に、よく通っていた場所だ。正門から最も遠く、木が生い茂った場所にあるため、利用者はほとんどいない。小さな門は、あの頃と同じように錆びついたままだった。
(あっ、リュシアンと出会った裏庭の木だ)
馬車の窓から、一際どっしりとした幹を持つ大きな木が見えた。
「あちらが、ウィーバー卿と背中合わせで話をされていたという木ですか?」
「あぁ。あれだけ大きいと、五年くらいではあまり変わりがないな」
問われて、向かいに座っていたヴォルフガングに視線を戻す。
「毎日サイネケンに叩きのめされていたから、彼とのひと時は支えになったよ」
「叩きのめされてた?アルベルトが?」
隣から聞こえた少年の声に、アルベルトは「そうだよ」と優しく頷いた。
「あの頃の私は戦いに不慣れで、魔法制御も得意ではなかったんだ」
初日に留守番をさせてしまったので、今日は連れてきている。誰かにカルナヴァスを紹介する流れにはならないと考えてのことだ。
「オレはアルベルトくらい強い人なんて、見たことないのに……」
「昔の話だから。今はあの頃よりは強いよ、多分ね」
「へぇ〜」
カルナヴァスには、弱いアルベルト、というのが想像できなかったようだ。しきりに首を傾げながら「こんなに強いのに……?」と悩んでいる。その可愛らしさに頭を撫でていると、馬車がゆっくりと止まった。
「ヤッホー、入るならここからだと思ってたよ」
馬車の外からリュシアンの声が聞こえる。迎えがあるとは、思っていなかった。
驚きながら扉を開けて降りると、先にリュシアンの方から説明がされた。
「誰が本を取りに来るにしても、リストニア侯爵家からの使者をそのままにするのはちょっと……、ってなってさ。僕が立候補したんだ。君が来ることは言ってないから安心して」
なるほど、と納得する。そしてその気遣いがありがたく、礼を言うと「僕も雑用から解放されて助かる」と笑って返された。
「大魔導師様のお部屋については、僕よりも君の方が詳しいよね」
「当時から変わってなければ」
「変わってないよ。魔境のままだと思う」
リュシアンが肩をすくめ、「行こうか。今なら女神塔には誰もいないよ」と先に歩き始める。それを追いながら、アルベルトは、かつての師の部屋と現在のリストニア城に構えられている部屋を思い浮かべて苦笑した。
中央魔導院は、いくつかの塔に分かれている。
式典などが開かれる大ホールがある、中央の太陽塔。その右側にあり、生徒たちの学舎となる月光塔。反対側の左は、星霜塔と呼ばれる寮になっていた。三つの塔の後ろには、教師や職員たちが暮らす女神塔が建っている。
(太陽も月も星も、すべてを生み出したのが女神エルシオラ様だから『女神塔』なんだよね)
『この忠誠は永久に』の世界観において、女神エルシオラの力は絶大だ。アルベルトが授かった解呪の魔法は、あらゆる局面において切り札となっている。
(でも正直、エルシオラ様から魔法を授かった時の記憶って、あんまりないんだよね〜……。身体もほとんど石化してたし、体力も限界だったし。……何か話をしたのは覚えてるんだけど)
思い出そうとはしてみたのだが、何度記憶を探ってもほんの少ししか出てこないので、「いつか思い出すだろう」とそっとしている。
(すっごく優しい方だったような気がするのと、……たしか、お顔を見て何か感じたんだよね。……何だったかな)
「アルベルト、本を見つけたら少しホールを覗いていくかい?」
「……、あ、あぁ。そうしようかとは思っている」
不意に話しかけられ、意識が現実へと戻ってくる。リュシアンはアルベルトのわずかな変化に気付いたようだが、何も言わずに「あ〜、だったら、ちょっと頼みたいことが」と指先で頬を掻いた。
リュシアンの話を纏めると、つまりはこういうことだ。
元々魔導院には同窓会を開催する習慣はなかった。だが今回、貴族院の方から話を持ちかけられ、費用を負担する代わりに会場の提供を頼まれた。
貴族院と魔導院は、ともに長い歴史を持つ。だが両者は対立こそしていないが、長らく交流もなかった。なぜなら貴族院には貴族しかおらず、逆に魔導院には平民が多いからだ。建前は同じ『学ぶ者』だが、誰も口にせずとも、二つの学舎の間には深い溝があると感じていた。
だからこそ、合同での同窓会だ。
両者は等しい関係であると伝えるためにも、開会の宣言は貴族院の学長が担当し、閉会は魔導院側が担当する。
その際サイネケンが不在のため、代わりに魔導院の副院長が行うことで話がまとまっていた。……のだが。
「本当、意味わかんないんだけどさ……。どうしても食べてみたいマジックキノコがあって、昨日手に入ったから食べちゃったんだって……。そんで今朝から、上から下からのトイレの住人」
「……それは……、お大事に……」
「……ありがとう」
突っ込みどころが多すぎるが、魔導師とはそういう者だという気持ちもアルベルトの中にはある。好奇心が強すぎるのだ、彼らは。研究者に向いていると言えば、そうなのだろうが。
「それで私が閉会の宣言を?」
「うん。皆で色々当たってみたんだけど、貴族院が納得できるような人材がちょうどいなくて……」
「主席研究員の君なら……、あぁ、開会宣言の後、姉君が貴族院の代表で挨拶をされるんだったな」
「そう。さすがに姉弟で出るなんて、変に勘繰られても嫌だし、魔導院と貴族院からも難色を示されたよ」
姉弟揃って優秀なことが逆にデメリットになるとは、である。
「しかし私は、在籍というよりもサイネケンに師事していただけなんだが」
「どういう通い方でも、大魔導師様から終学の認定を貰ったんだから、君は魔導院の生徒だよ。……お願い!いくら僕でも、上から下から噴射してる副院長を連れて行けない!」
思わず想像して、アルベルトは心の中で「うわぁ……」とつぶやいていた。実現したら大惨事である。
「……今日はありがとう、くらいの短さでいいのなら……」
「いい!それでいい!ありがとう!アルベルト!」
(本当に私でいいのかな。何だコイツって、怒られたりしない?)
リストニア侯爵家は古い歴史を持つ貴族だが、社交界に顔を出すことはあまりなく、貴族間の交流も薄い。王都での滞在時間の短さがそれに拍車をかけ、正直なところ、リュシアン以外で王都で親しい者はクリストフしかいないほどだった。
ちなみにアレクシアは、貴族院時代に友人を多く作っており、今でも交流を続けている。
(授業も出てないし……。考えれば考えるほど、壇上に立つのが場違いな気がしてきた……。今更やめるとも言えないし、できるだけ手短にして切り上げよう)
考えている間に、女神塔の最上階にあるサイネケンの部屋が見えてきた。
五年前は足の踏み場もないほど散らかっていたが、今はどうなっているのか。
妙な虫がいないことを願いながら、アルベルトはサイネケンから預かっていた部屋の鍵をドアノブに差し込んだ。
次回初めての休暇⑥は10月10日17時更新です。




