初めての休暇④
ウィーバー家には、日が暮れるまで滞在した。
心から楽しかった、の一言だった。
学者であるウィーバー子爵から、古い文献についての話を聞き、ライズから最近主流となっている剣術についての説明を受け、夫人に刺繍を見せてもらい、ロキシアからは『リストニア侯爵と腐死の魔導師の戦い』についての話を聞けた。あまりの売れ行きに増版が追いついていないのだという。また、ロキシア曰く、アルベルトの容姿をリュシアンから聞いた通りに正確に書いたら迷惑がかかるかもしれないと考え、あえてそこは想像させる程度にぼかしているとのことだった。タングリストがアルベルトを見てアルベルト・リストニアだと気付かずにいたのも、その辺りが理由だったのだろう。
アルベルトからは、甘味店の予約を譲ってくれたロキシアに改めて礼を伝えてから、彼女のリクエストでレヴィアタン討伐の話をした。人の生死や、グシュタールの奴隷制度、カルナヴァスのこと、そして攫われた子どもたちについての話もするわけにはいかなかったため、色々端折っての話にはなったのだが、ウィーバー家の人々は目を輝かせて聞いてくれた。
そうして、楽しい時間を過ごして。
そろそろ暇を告げようかと考えていたタイミングで、リュシアンから同窓会について聞かれた。どうやらアルベルトと同じく、昨日知ったらしい。
ロキシアとライズも、貴族院の方から案内状を受け取っていた。ロキシアは行きたくはなかったが、今年は学長による開会宣言の後の首席代表挨拶をしなければならず、ライズはパートナーがいないロキシアのエスコートに駆り出されるとのこと。
出席するかい?とリュシアンに問われ、正直に「サイネケンに頼まれて魔導院に行く用事はあるが、同窓会には参加しない」と伝えた。すると「僕は裏方をしているから、もし気が向いたら顔を見せてよ」と言われた。頻繁に呼び出しているせいで忘れそうになるが、リュシアンは中央魔導院の主席研究員として在籍している。同窓会も出席側ではなく、接待側の数に入れられているのだろう。
気の置けない友人がいてくれるのなら、少しくらいは立ち寄ってもいいかもしれない。
アルベルトはとりあえず、「そうだね。顔は出してみるよ」と答えた。
タウンハウスへは、日暮れ前に帰宅できた。
カルナヴァスも、楽しく過ごせたようで、すっかり使用人たちのアイドルになっていた。
老執事などは、カルナヴァスに対して自分のことを『じいや』と呼ぶようになっていた。
ヴォルフガングも入れて三人で夕食を取り、自室に戻り入浴を済ませる。
明日は甘いものと買い物だ!とはしゃぐカルナヴァスを寝かしつけてから、アルベルトも早々に眠りについた。
——そして翌朝。
目を覚ましたらアルベルトは、ベッドの上で全裸の大人カルナヴァスに抱きしめられていた。
寝ぼけて変化を解いて、窮屈な夜着を脱いだ、と。おそらくそんなところだろう。
アルベルトは、カルナヴァスの親密さに性愛がないことは理解しているので、困ったり嫌だったりはない。だがカルナヴァスはアルベルトよりも体格が良く力も強いため、腕から抜けようとしても動けず、そういう意味では困っていた。
声をかけてみたものの、よほど深く眠っているのか反応がない。
そのくせぎゅうぎゅうとしがみついてくる。毛布がなくなっているからだ。視線だけで探してみると、丸められて床に落ちているのが確認できた。
さてどうしたものかと考えた辺りで、ベロリと首を厚い舌で舐められた。
「カ、カルナヴァス?」
驚いて声をかけるが、やはり完全に眠っている。喉だけ虎化しているのか、猫のようにゴロゴロと鳴っていた。
鼻先をアルベルトのうなじに埋め、何度もにおいを嗅いでいる。それからまたペロペロと肌を舐め始めた。
(け、毛繕いしてくれてる!?気持ちだけで充分だよー!)
引き剥がそうにも、両手ごとがっしりと拘束されている。
耳の中に舌が入ってきた。
「く、くすぐったい……!」
〈——閣下、朝食の時間ですが……〉
アルベルトにとって、その声はまさに天からの助けに聞こえた。
「ヴォルフガング……!」
くすぐったさのせいで、かなり切羽詰まった声になっていたのかもしれない。すぐさま扉が開けられる。
そして黒い騎士は、一瞬固まった。
「カ、カルナヴァスをどけてくれ……っ。寝ぼけて毛繕いをしてくれているんだが」
動けなくて、と言い終わらないうちに、ヴォルフガングが彼らしくなく足音を立てて近づいてくる。
それから深呼吸を一つし、「失礼いたします」と頭を下げてから、凄まじい冷たさの殺気を向けてきた。
「……!?アルベルト!」
驚いて飛び起きたカルナヴァスが、アルベルトを抱えてベッドから飛び降りる。そしてすぐに殺気の発生源を見て「あれ?」と首を傾げた。
「おはよう、兄ちゃん」
「……おはよう、カルナヴァス。寝ぼけて元の姿に戻った挙句、閣下を拘束していた。気をつけるように……」
「えっ!?ご、ごめん、アルベルト!」
慌ててアルベルトから離れたカルナヴァスが、自身を見下ろして「スッポンポンだ」と不思議がっている。ちなみに床に座ったままのアルベルトの位置からは、股間も何もかも丸見えだった。
「……着替えて食事に行こうか」
「はーい!」
元気よく返事をした全裸の成人男性が、股間の物体を揺らしながらクローゼットへと走っていく。
ヴォルフガングの手を借りて立ち上がったアルベルトは、小さなため息をついた。
「ありがとう、助かった」
「……いえ」
「すごい腕力だった。純粋な力比べでは、君と同じくらいかもしれないな。あちこち舐められたから、湯を浴びてくる。先に食堂に……」
行ってくれ、と伝えて浴室へ向かおうとしていた足が止まった。ヴォルフガングに腕を掴まれている。
そのヴォルフガングの視線は、下着を履いている途中のカルナヴァスに向けられていた。
「どこを、舐められましたか?」
視線は向こうなのに、質問はこちらだとわかる。なんだか嫌な予感がして、アルベルトは口を噤んだ。
「……閣下?」
「…………み、耳と、首」
怖すぎて黙秘は無理だった。
ようやくこちらを向いたヴォルフガングの顔が、やけに真剣で。
「ま、待ってくれ。絶対、駄目だ」
(駄目ー!ほんと駄目ー!!カルナヴァスは中身が子どもだから笑って済ませられるけど、ヴォルフガング様は駄目ーーっ!!)
「ちゃんと、洗ってくるから!」
必死だった。
なんとか腕を離してもらって、着替えと拭き布を持って浴室に駆け込む。念のため、内鍵までかけてしまった。
シャワーの栓を捻り、湯を出す。そのままずるずると座り込んだ。
(……押せ押せキャラは萌えるとか言ってた、かつての自分を殴りたい。死ぬ。死んじゃう)
あんな風に触れられると、見つめられると、どうしたら良いのかわからなくなる。
早く洗って出なければと思うのに、顔の熱が一向に引いてくれない。
アルベルトは首と耳を念入りに洗いながら、とにかく落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせていた。
ようやく気持ちが落ち着いたので、浴室を出て。
朝食を済ませ、外出の支度をする。
カルナヴァスは子どもの姿で、アルベルトとヴォルフガングは、目立たないように幻影魔法で顔を変えることにした。
ロキシアから譲られた人気甘味店の予約枠だが、ウィーバー家のまま入れているのだという。リストニアを名乗ると騒ぎになるだろうと、気を遣ってくれたようだ。ありがたく、ウィーバー家関係者として利用させてもらう。
クローゼットにある服の中から一番カジュアルなものを着て、幻影魔法をかける。カルナヴァスに頼むことも考えたが、彼が使う変化魔法は第三者を変化させる場合は相手に触れる必要がある。戻る方法に制限があるのは、リスクが大きい。
(その点、幻影魔法ならタイマーセットができる。私はいつものグシュタールの兵士の人の顔にして、ヴォルフガング様は、あの時兵士の人と一緒に歩いてたもう一人の兵士さん。知ってる人もいないだろうし)
グシュタール兵二人という謎の組み合わせになってしまうが、それがわかるのもアルベルトくらいだ。
甘味店がある通りまでは、リストニア家の馬車や馬で移動すると元も子もないので、徒歩での移動となった。
「カル、一人で先に行かないように」
「はーい!」
目的地は、タウンハウスからそう遠くはない。周辺には店も多く、買い物もそこをのんびり回る予定でいた。
「軽食もあるようで、良かったですね」
「昼食と一緒にできるから、早めに出発できて助かるよ」
春前のまだ冷たい風と、少しだけ暖かみを増した日差しに照らされながら、三人で街を歩く。
「こんな風にゆっくり道を歩くことも、最近なかった気がするな」
「私もです」
返答に、少し笑って。アルベルトは、隣を歩くいつもと顔と服が違う騎士の手を握った。
少し驚いた気配の後、優しく握り返される。
どこかで咲いているのだろう。
冬明花の香りがした。
宣言通り、ヴォルフガングは予約していた甘味店で、カルナヴァスとともにすべての甘味を制覇した。
サンドイッチを頼んでいたアルベルトは、甘いものを口にしていないのに胸焼けを起こしていた。店員に聞いても一度で制覇されたのは初めてだったらしく「おめでとうございます」と拍手された上に、せっかくだから記念にとお土産まで貰ってしまった。カルナヴァスに渡したら、老執事と一緒に食べると嬉しそうにしていた。しっかり懐いている。彼にとって信頼できる存在が増えるのは、良いことだ。
甘味店を出てからは、色々と見て回った。アルベルトの目的はアレクシアへの土産だが、他の二人には好きに見てもらっていいと伝えている。
王都の通りは、リストニアと雰囲気が似ていた。賑わいがあり、様々な年代の者が歩いている。
時計塔がある広場まで行くと、アクセサリーや雑貨の露店が多く出ていた。魔導師が効果を付与した魔除けや、彫師が術を刻んだ石などがあり、個人的な興味からついつい足を止めてしまう。今見ている店も、付与魔法自体は難しいものではないが、出店者たちの手作りなのか、一つ一つが丁寧に作られているのだとわかる品ばかりだった。
(……この石、綺麗だな)
ふと小さな組紐が目に入った。光の加減によって黒にも銀にも見える、涙型の石のついた飾り紐だ。どういうわけか他のものよりも一段強い魔除けの効果が付与されている。
ちらりと周囲に視線を向けた。ヴォルフガングは、カルナヴァスとともに三軒隣の雑貨店で動物のツノのようなものを見ていた。
あっちはあっちで気になる。
だが先にアルベルトは、目に留まった飾り紐を手に取った。
少し値は張るが、買えない金額ではない。
「これを一ついただけますか?」
「はい、どうも。魔除け効果は期待していいよ」
「ありがとうございます」
支払いをすると、魔導師のローブを目深に被った店主が紙袋に飾り紐を入れながらアルベルトを見た。
「帯剣してるから剣士かと思ったんだが、あんた、かなり強い魔導師だね。この商品は、一定レベルの魔導師じゃないと見えないように細工してたんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「その驚き方だと、他の商品とまったく同じように見えてたのか。ってことは、……第一級。これは失礼、第一級魔導師から見たら、魔除けも大したレベルの魔法じゃないだろう?」
照れ笑いをされながら紙袋を手渡され、アルベルトは首を横に振った。
「いえ、そんなことは。他の品よりもずっと複雑で強い効果だと思いました。それに、石の色がすごく綺麗で」
「あぁ、こいつは遥か北から行商人が運んできた石さ。不思議な力がある、とは聞いてるが俺の魔力ではそこまではわからなくてね。まぁ、強い魔導師ならわかるだろうって、買う人を選別してたんだよ」
目に留まったから買っただけなのだが、事情がありそうな物を手にしてしまった。
受け取った紙袋を見ていると、そんな心境が伝わったのか、店主が慌てて付け足してきた。
「悪い品じゃない。というか、すごく良いやつだよ。それは保証する。近頃は、まともに鑑定できないエセ魔導師がどこから買い付けてきたのかもわからない妙な魔道具を売ったりしているが、俺の店は自前の術を使って自前で作ってる。……この石が例外なんだ、本当に」
ならばなぜそんな石を飾り紐にして売ろうと思ったのかと突っ込みそうになり、なんとかそれを止めた。もう買ってしまった石よりも、気になる話が出てきたからだ。
「妙な魔道具を売る店もあるのですか?」
出店基準はわからないが、妙な物を売るのはさすがに問題になるのではないだろうか。
「今のところ騒ぎが起きたとは聞いていないが、そのうち規制はされるだろうな。一部の連中のせいで真面目に店を出してる奴らが割を食うのは勘弁願いたいよ」
なるほど、妙な魔道具を売っている店は、かなり煙たがられているらしい。念のため、クリストフの耳にも入れておいた方が良いだろう。
「俺はこういう者だ。石の秘密がわかったら教えてくれ」
一枚の名刺を差し出され、それも受け取る。表面には、『魔道具修理加工師 フラニール』と書かれていた。
「わかりました。もし秘密がわかったら、お知らせします」
「ありがとう!いや〜実はめちゃくちゃ気になってたんだ!本当、頼むね!」
リュシアンが知ったら「なんでそんなピンポイントで変な物を掴んじゃうの?」と言われそうだ。とは言え、断る理由もなく、アルベルトは頷いてから店を後にした。
(曰くつきの物を買ってしまった……。渡すのやめとこうかな……)
石を見た時に、似合いそうだな、と思ってしまった。
(……今まで誕生日以外で個人的な贈り物なんかも、したことないし……)
ウィーバー家への贈り物をあれこれ考えている時に、ふとヴォルフガングにも何か贈れたらと考えていた。
リストニアの物だとすぐに価値がわかってしまうから、できればそれ以外の物で、と。
(でも良い石だって言ってたし、渡すタイミングがもしあったら渡せばいいか)
せっかく買ったのだから、と自分に言い聞かせる。それでも、機会があれば、にしてしまうのは怖いからだろうと思った。
……ヴォルフガングとの関係が、少しずつ変化していると感じていることが。
次回「初めての休暇⑤」は10月9日17時更新です。




