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初めての休暇③

 アルベルトが用意した手土産は、執事によって目録が読み上げられ……全員からドン引きされた。読み上げた執事さえも、引いていた。


 まずは、後日ウィーバー家長男へと直接贈り届けられる馬についての血統の項目が出た段階で、リュシアンの顔が引き攣っていた。

 そしてリストニア産の織物。社交界で人気で、それだけでドレスを作ろうとするなら一年待ちと言われるほどのものであったが、それを巻物にして二十。

 次にリストニア産の鉱石。これは宝石としての価値が非常に高いのだが流通量が限られており、高位貴族でも手に入れることは難しい。それを宝石箱に詰めて、こちらも二十。

 長い歴史を持つリストニアには貴重な魔法の構築論や、歴史書があったりするのだが、そこから外部に流出しても問題ない分の写しを、十冊。

 絶版になっている戦記物や冒険物の書物の予備を、十冊。

 リストニア産の織物からドレスを仕立てる際に使用している最高級の絹糸を、ひと抱え。

 騎士団専用の鍛冶師が打ち、『火炎』を付与した魔法剣が一振り。


「アルベルト……。君からの気持ちは嬉しいけど、正直やりすぎだよ」

「……すまない」

 リュシアンに叱られ、しょんぼりと肩を落とす。

 贈りすぎても相手に悪いと最低限にしたつもりだったのだが、それでも多かったようだ。

 応接の間に通され、上座に座らされ、馬車からの荷を運び終わってからの開封式だった。

「気持ちは、とっても嬉しいよ?ウィーバー家とリストニア家の関係が良好なことは、知ってる人も多い。だから今後、母さんや姉さんが社交界で妬みから足元を掬われないようにするために、君からの贈り物は有効に働く。馬は仕事上、移動の多い上の兄さんにうってつけだし、本も父さんと姉さんの好み。糸も綺麗で嬉しい。多すぎるけど。……でもさぁ」

 リュシアンが、「よいしょ」と鞘入りの剣を持ち上げた。

「ライズ兄さんに竜でも狩らせるつもりかい?」

「……切れ味が良い方がいいかと」

「良すぎる!ていうか、この『火炎』付与したの誰?僕が付与したやつじゃないよね!?」

「……私が……直接」

「だと思ったー!あのね!これ『火炎』じゃなくて『極炎』になってるからね!?」

「ウィーバー卿、どうかその辺りでご容赦ください」

 柔らかな声が、するりと割って入った。アルベルトの後ろに控えていたヴォルフガングが、一礼をしてから再び口を開く。

「何を贈れば喜んでもらえるかと、長く悩んでおいででしたので、つい気持ちが入りすぎてしまったのでしょう。そちらの剣に関しては、私が試し切りをいたしましたが、良い仕上がりです。騎士(サー)ウィーバーの役に立つかと」


(フ、フォローしてくれた!ありがとう、ヴォルフガング様!すっごくいたたまれない気持ちだった……!)


 普段あまり会話に割って入ってこないヴォルフガングに言われて、さすがにリュシアンも突っ込みたい気持ちがおさまったらしい。

 ため息を一つついてから、剣を兄へと渡した。

「アルベルト・リストニア侯爵が自ら、エルフの魔鉱石に『極炎』を付与した魔法剣だから、取り扱いには気をつけて。『起動せよ』で剣が炎を纏うけど、剣の持ち主以外の周囲十メートルは火の海になると思うよ」

「お、おぅ……」

 リュシアンからの説明を受けて、躊躇いがちにライズが鞘ごと剣を受け取った。


(そ、そんな危ない剣になってるの!?ちょっと気合い入れて『火炎』を入れたつもりだったんだけど……)


 うっかりミスというレベルではない。一度戻してもらって直した方がいいだろうかと考えていると、剣を抜いたライズがそれを掲げ恍惚とした瞳で眺め始めた。

 騎士爵なだけあって、剣の扱いはかなり手慣れた印象を受ける。

 まさに舐めるような目で上から下へと見てから鞘に剣を納め、静かに立ち上がると、アルベルトの側で片膝をつき騎士の礼をとった。

「このような貴重な剣を賜りましたこと、心より感謝申し上げます。一族の宝といたします」

「私も、ファンケンラートの十剣人と呼ばれるあなたに剣を贈ることができて幸いだ」

 答えると、顔を上げたライズがアルベルトと、その後ろのヴォルフガングを見た。

「……もしお許しをいただけるのであれば、後ほどツェベルク伯爵と手合わせを願いたく」

「えぇ、もちろん。——ヴォルフガング」

「喜んで、お受けいたします」

「ありがとうございますッ!」

 ほとんど叫びのような声で礼を述べ、ライズが席に戻る。

 その後は子爵が「正直、私には過ぎた古書ですが、一生の宝といたします」と頭を下げたことにより、「これ本当に貰っていいの?」な空気が消え、夫人もロキシアも目を輝かせながら礼を言ってくれた。特にロキシアは「これ!欲しかった絶版本!!」と絶叫してくれた。

 アルベルトはホッとしつつも、今度から気をつけよう、と心の中で反省したのであった。




 談笑を交えつつ茶会をしてから、庭へと移動した。ライズの希望である、ヴォルフガングとの模擬戦を行うためだ。

 ライズが騎士を目指し始めた頃に鍛錬ができる場として、庭の一部を改修したとのことだった。

 夫人は「大丈夫かしら」とハラハラしている様子だったが、子爵とロキシアは興奮している様子だった。

 話が広がっていたらしく、屋敷中の使用人も見学に集まってきていた。

 ライズはジャケットを脱いだが、ヴォルフガングは黒い騎士服のままだ。リストニア騎士団の服は、いつ戦闘になっても良いように伸縮性の高い特別な布と糸で作られている。

 開始と終了の合図は、アルベルトが受け持つことになった。それに対しても子爵が「侯爵閣下に、このような……」と恐縮していたが、適役なので仕方がない。

「ツェベルク伯爵、胸をお借りいたします!」

 茶会の席で聞いた話では、リュシアンの兄ライズは、六年前のスタンピード発生時に王家直轄領に出現した魔物たちを多く倒した騎士として、騎士爵を与えられたのだという。当時のリストニアは腐死の竜により大きな被害を受けていたが、王家ですら魔物の群れから逃れることはできなかった。アルベルトと父と母が、援軍を要請できなかった理由である。当時国力の要とされていたサイネケンも、王都にまでは到達しなかったが、同時多発的に現れた他の群れを抑えに向かっており、リストニアに力を貸すことができなかった。あのスタンピードの規模は、それほどのものであったのだ。

 功績を立てたライズは、現在ではファンケンラートに十人存在する剣人(けんじん)の一人に数えられている。剣人とは、剣聖に最も近いとされる騎士や剣士の総称だ。リストニア騎士団の副団長も、この十剣人(じゅっけんじん)の中に入っていた。


(副団長くらいって考えると、すっごく強いんだよね、十剣人)


「ツェベルク伯爵の戦いを、この目で見られるなんて……!」

 近くにいるロキシアが、ガンギマリの目でヴォルフガングを見ている。舐めるように見ている点ではグローリアと同じなのだが、好感が湧くのは『どう見ているか』がグローリアとは正反対だからだろうか。

 ロキシアの目はまさに「推しの活躍を見逃さない!!」のアレだった。アルベルトにも痛いほど気持ちがわかる、オタク的な視線だ。

 

(絶対仲良くなれると思うんだけど、未婚のロキシアさんに必要以上に接近したら迷惑がかかるし……。くっそ〜!)


 性別と立場が邪魔をする。

 せめて立ち話くらいはできるようにと、アルベルトも少しだけ近寄った。

「ウィーバー子爵令嬢、危険ですので念のため私の少し後ろにいていただけますか?」

「……っ、は、はいっ!!」

 アルベルトよりは年上なのだが、話しかけると少女のように目を輝かせて返事をしてくれる。なんて可愛いんだと思いながら、アルベルトは木剣を構える二人を視界に収め、軽く手を上げた。

 勝負は三本先取制である。

「準備はいいかな?……それでは、始め!」

 騎士団の訓練で、この手の模擬戦はアルベルトには見慣れた光景だ。自分が参加することもあるし、今のように審判を務めることもある。

 だが子爵家にいる者たちにとっては、そうではなかったようだった。

 ライズが一気に踏み込み、木剣とは思えぬ音が上がると、女性たちからは悲鳴が、男性陣からはどよめきが上がった。


(おぉ、ライズさん強い。今の踏み込み、本当に副団長クラスだ)


 真正面から数度打ち込んだライズが、身を反転させ側面からの打ち込みに切り替える。

 だがヴォルフガングはそれを難なく受け流すと、「まず一本です」とライズの首元に木剣を当てた。

「……ぜ、全然見えないんだけど」

 隣に来たリュシアンが、呆然と呟く。ひょっとしなくとも、ヴォルフガングが戦う姿を彼が見るのは、これが初めてかもしれない。

「騎士(サー)ウィーバーの右側面からの打ち込みを左下に受けて横に滑らせてから、バランスを崩したところをヴォルフガングが押さえた、という感じだろうか。強いな君の兄上は、さすが十剣人だ」

「剣聖の動きが見えてる人に褒められると、複雑な気持ち……」

「ヴォルフガングの本気の剣は、私でも見えないよ」

「えっ?そうなの?」

 会話をしている間に、一本を先取したヴォルフガングが少しだけ距離を取る。

 剣を構え直したライズが、再び斬り込んでいった。

「速さに関しては、私もそれなりにある方だが。本当に対応できないくらい速い。昨日も、気付いたら抱き上げられ——……」

 んぐ、と口をつぐんだ。

 失言すぎた。

 聞こえていただろうか、とリュシアンを見ると、ものすごくニヤニヤとしていた。

「気付いたら抱き上げられ?……へぇ〜ほぉ〜ふ〜ん?」

「こ、今後の戦いを考慮して、追跡効果の付与を強化しただけだ。君には説明してあるだろう」

「いざという時に必要かもって、剣聖からも詳しく聞いてますぅ〜。確か剣聖が、アルベルトの胸に口付けしながら魔法を唱えるんだよね?」

「違う……!服の上からだし、く、口付けじゃない。必要だから唇が触れるだけだ……!」

「黄金侯爵様〜、お顔が赤うございますぞ〜」

「リュシアン!」

「ヌカコポォ!」

 突然足元から奇声が聞こえた。

 四つん這いになったドレス姿の淑女がいる。

 ロキシアだった。

「あ、姉さんのことは気にしないで」

 そしてリュシアンは、それに慣れているようだった。

 あっさりと話題を切り上げて、模擬戦に目を向ける。同時に、観客がわっと声を上げた。

 ヴォルフガングが、二本目を取ったらしい。

 ライズはすでに息が上がっているが、ヴォルフガングは汗一つかいていない。

「これが剣聖と十剣人の実力差かぁ。兄さんが負けるところなんて今まで見たことなかったけど、剣聖と比べたら子どもと大人の戦いだね……」

 リュシアンの指摘は正しかった。

 ライズは強い。リストニア騎士団でも、互角に戦えるのは、ヴォルフガングを除けば副団長や部隊長クラスくらいだろう。

 だがそれでも、ヴォルフガングの足元にも及ばない。

 ライズから見れば、それはあまりに巨大な壁であることだろう。

「鉱山の戦いでは、一人で腐死の竜を抑えていた。サイネケンでさえ、ヴォルフガングの戦いを見て『人外』だと言っていたよ」

「レヴィアタンを真っ二つに切り裂く魔法剣士が何か言ってる〜」

「私の剣は、魔法の強さ込みだ。レヴィアタンの時は、グウィン陛下から教わった消滅魔法を付与していた」

「アルベルト、普通の人間は消滅魔法なんてエルフ王から授かれないし、そもそも魔力量的に使えないんだよ」

 リュシアンの目がアルベルトを見て、それから足元にいるロキシアを見る。またしても地面を叩きながら、「ぎぃえあぁぁ〜!戦える最強推しぃ〜!ありがとうございますぅぅ〜!」と叫んでいる。


(大好きすぎる、お姉さん。このとわ読んでる時の、前世の私みたいだ)


 そして、彼女の痴態に近い状態を見ても顔色一つ変えずに話をするリュシアンは相当おかしい。

 などということを考えている間に、三本目の決着がつこうとしていた。

 終了を知らせるように、ヴォルフガングがライズの木剣を高く弾く。

 空に向かって飛んだ木剣へと、アルベルトは風魔法を放った。

 木の葉のように舞った木剣が、アルベルトの手の中に綺麗に収まる。

「そこまで!勝者、ヴォルフガング!」

 その木剣を掲げて試合終了を告げると、観客から大きな拍手とともに一際大きな歓声が上がった。

 ウィーバー子爵などは、夫人と手を取り合って大興奮している。

 ライズは荒い息を整えながら礼をし、爽やかに笑っていた。

「伯爵、超越者の頂を見せていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ。また機会があれば、ぜひ」

 前髪の乱れなどもないまま、頭を下げたヴォルフガングがアルベルトの元へとやってくる。

「良い運動になったかな?」

「えぇ。剣筋も真っ直ぐで、気持ちの良い勝負でした」

 剣に関してヴォルフガングは嘘をつかない。ライズは、本当に良い騎士なのだろう。

「ツェベルク伯爵、素晴らしい剣でした!正直申し上げて、ライズが負けるところを見たのは初めてです。本当に、お強い」

 ウィーバー子爵が、庭から再び先程の応接の間へと案内する。アルベルトたちが庭に出ている間に、手土産はすべて運ばれたようだ。着替えてくると席を外したライズ以外が、先程と同じ位置に腰を下ろした。


(お姉さん、ドレスちょっと汚れてるけど大丈夫かな……)


 気にはなったものの、アルベルトから指摘するのはあまりにも失礼なので口にはできない。幸い、夫人が気付いて着替えを促してくれた。

 抜けた二人が戻ってくるまでの間、ウィーバー子爵が彼らの話をする。まずは遠方にいる長男。名はレベリオ。魔導院を終学した後、地域性のある魔導についての研究のため、現在は遠方にある知り合いの伯爵領に身を寄せている。早くから子爵家の後継者としての座を降りたらしく、「ウィーバー家は、みんな結構、家とか関係なく好き勝手生きてるんだよね」とリュシアンが補足した。次男のライズは一代限りの騎士爵として独立。子爵家の女性と結婚している。奥方もアルベルトに会いたがっていたが、懐妊したばかりとのことで、屋敷で安静にしているのだという。

 ロキシアの方も、事前にリュシアンに聞いていたように、作家として活躍。王都最大手の出版社と契約し、活動をしているのだと説明された。

「リュシアンから話を聞いて書き上げた、『リストニア侯爵と腐死の魔導師の戦い』が大当たりしまして。本人は、趣味の時間がなくなる!と憂いていました」

「あの本は、ご息女が書かれたものだったのですか……」

 リストニア侯爵と腐死の魔導師の戦い。グシュタールのタングリストが取り寄せてまで読んだと言っていた本だ。どんな内容かと気になってはいるのだが、まだ読めてはいない。知らないところで書籍になっているという点については、この世界の出版業界の緩さを考えれば仕方がないと言えた。ペンは剣よりも強しではないが、民衆の娯楽として、よほど過激であったり、嘘が含まれていたり、あるいは犯罪を示唆するものでない限りは内容を問わず出版されている。アルベルトもその辺りは割り切って、明日の買い物の際にでも手に入れようかと考えていたところだった。

 ウィーバー子爵から「ご存知でしたか」と問われ、先程浮かんだ考えをそのまま伝える。

 すると子爵は「なんと、他国の王族の方が……」と驚いた後、慌てて立ち上がり「よ、予備がありますので、お持ちします!」と走って出て行ってしまった。

「五人いた家族が三人もいなくなるの、面白すぎるんだけど……」

 リュシアンがポツリと呟く。

 アルベルトも、その突っ込みはもっともだと思った。


次回「初めての休暇④」は10月8日17時更新です。

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