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初めての休暇②

 翌朝。

 自室で目を覚まし身支度を整えたアルベルトは、朝食に迎えに来たヴォルフガングを見て、初めて完全に個人的な理由で叱った。

 内容は、


 今度勝手に追跡効果を付与したら、一日口をきかないからな。


だった。

 昨夜のあの後、酸欠で顔を真っ赤にしつつ息も絶え絶えにベッドから下りて、ヴォルフガングに「ついてくるな」と言いつけ、フラフラと自室へと戻った。

 そしてもう一度、少しぬるめの湯を浴びてからベッドに潜り込んだ。

 ……明け方まで、眠れなかった。

 

(ひ、ひどすぎる……!何回も、恥ずかしいからやめてくれって頼んだのに!)


 何なら途中から、わざとゆっくりやっていた感じでさえあった。

 叱ってから念のため尋ねると、本人は「重ね掛けでしたので、より慎重に」と真面目な顔で答えた。なるほど、一理ある。だが絶対に違うと断言できた。

 なぜなら真面目な表情の瞳の奥に、輝かんばかりの笑顔が見えたからだ。

「君は案外意地悪だ」

 思わずそう零すと、日頃忠実であるはずの騎士は一転して、甘い笑みを浮かべた。

「……あなたにだけですよ」

 それはそれでどうかと思う、本当に。

 だが、嬉しくないのかと聞かれたら、否なわけで。

 アルベルトは頬に集まる熱を隠すようにヴォルフガングに背を向け、先に食堂に向かったカルナヴァスの後を追って歩き出した。




 午前の時間は、王都に来た際に片付けなければいけない仕事によって、あっという間に消費された。

 仕事の中身は、タウンハウスの維持にかかる費用の報告や今後の修繕計画、模様替えなどから、釣書や各種招待状の返信まで様々である。

 封書に関しては、屋敷の管理を任されている老執事が一度目を通してはいる。緊急性のあるものは先にリストニアへと送られているため、ここに残っているのは「気が向けばお返事を」くらいのものだ。だがそれでも、返事はしなければならない。釣書へは一律同じ文章で断りの旨を送り、茶会や夜会の招待状へは多忙を理由に不参加の返事を送っている。せめて上手く隠してくれればまだ考えようもあるのだが、送られてくる招待状は、アルベルトやヴォルフガングを自身の家の格上げに利用しようとしていることが透けて見える内容ばかりだった。


「溜まっていた分は、こちらが最後でございます」

 老執事が、最も優先度が低いと判断した封書の束を書斎の椅子に座るアルベルトに手渡した。

 絹の刺繍入りのビロードを張った椅子に、細かい彫刻の溝に金が流し込まれた黒檀の机。真鍮の枠で飾られた薄いガラス窓。タウンハウスにある書斎は、リストニア城の執務室に比べると柔らかい雰囲気がある。アルベルトの父の代からのものをそのまま使っているからだろう。

 シンプルで色味の少ない物を選ぶ傾向にあるアルベルトの趣味は母親譲りだと、執政官から聞いたことがあった。

「これでまたしばらくは、大丈夫かな」

 受け取った封書を上から順に見ていく。

 茶会、舞踏会、茶会、同窓会。

「……同窓会?」 

 初めて見る文面に、手が止まった。

 それはアルベルト個人宛の、魔導院と貴族院、連名での同窓会への案内状だった。

 内容に目を通してみると、今までは貴族院だけで行っていた同窓会を今年からは魔導院と連名で開催する旨が記されていた。場所は中央魔導院の大ホールで、日程は明後日になっている。

「……!も、申し訳ございません!そちらは、姫様の分と合わせて先にリストニアへお送りしたはずの……!」

「いや、元々出席するつもりはないから大丈夫だ」

 どうやら、手違いで最後の束に分類されてしまっていたらしい。

 とは言え、どちらでも同じことだ。魔導院に在籍はしていたが、サイネケンから直接指導を受けていたため、授業などは受けていない。交流も、偶然出会ったリュシアン以外とは皆無だ。


(あの頃は本当に必死だったから気にしてなかったけど、学生時代と呼ぶには疑問が残る在籍の仕方だったからなぁ……)


 そんな存在が急に参加しても、まわりも扱いに困るだろう。

 せっかくの思い出交流の場に、異物を紛れ込ませたくはない。

 招待状は要返信タイプではなく、来られる人はどうぞ、くらいのものだった。

「この封書には、返信は必要ない。そのまま片付けておいてくれ」

「かしこまりました」

 あとは、茶会と夜会に断りを入れて終了だ。

「お疲れ様でした」

 後ろに控えてきたヴォルフガングから、柔らかい声がかけられる。

「数日だが、初めてのちゃんとした休暇だ。お互い、羽を伸ばそう」

 振り返り答えると、騎士はその目を優しく細め微笑んだ。


(え、笑顔が眩しい……!最近、本当によく笑ってくれるなぁ。って、執事さんが驚いてる。わかる、レアだよ。私は見慣れてきたけど)


「まずはウィーバー家への挨拶だ。キース」

「用意はできてございます。リストニアの特産品を中心に、閣下のご指定のものを加えてお品をご用意いたしました」

「ありがとう。では昼食が終わったら出発するとしよう」

「かしこまりました。では一度失礼いたします」

 頭を深く下げた老執事が退室していく。キースというのは、彼の家名だ。古くからリストニア家に仕えてくれている、男爵家である。

 

(今日はリュシアンの家に遊びに行って、明日は甘い物を食べに行ってからお買い物。楽しみだー!)


 リュシアン宅への訪問については、残念ながらカルナヴァスは留守番となる。腐死の王との決着がついていない状態で下手にカルナヴァスを知る存在を増やさない方がいいと、リュシアンからも提案された。彼には、午後は老執事と過ごすように伝えている。本を読んでもらってから昼寝をすると言っていた。

 一方でアルベルトの方は、たった三日とは言え丸々オフというのは初めてだった。これが出来たのも、実はカルナヴァスのおかげであったりする。彼の転移術で、移動の日数が大幅に短縮できた。リストニア、ステルビア、王都の三つの場所を転移で行き来できるようになったのは、今後の戦いを考えると大きすぎる利点だった。

 もちろん、アルベルト自らが王都に来た理由はレナードを護衛する以外にもあった。ウィーバー家への挨拶もそうだが、サイネケンから頼まれごとをされていたからだ。


(魔導院にあるお爺ちゃんの私室から、タイトルのない白い本を取ってくる、だっけ。行くとしたら明後日だから同窓会と被っちゃうけど……、見つからないように帰ればいいか。その日の夜にはリストニアに戻らないといけないし)


 明日と明後日の予定を入れ替えれば良いのだろうが、行きたい甘味店の予約が明日を逃すと来月になってしまうのである。そして明日の予約も、ウィーバー家が譲ってくれたものだった。


(リュシアンのお姉さんが、せっかく王都に来たんだからって譲ってくれた、貴重な一枠!ウィーバー家の人たち、みんな良い人すぎる!)


 まだ会ったことはないが、すでにアルベルトの中で好感度が爆上がりである。事前にリュシアンから家族の好みなどをリサーチして贈り物を準備してある。彼女へは、リストニア産の宝石と織物、そして書物だ。

 本が好き、という辺りでさらにアルベルトからの好感度が上がる。


(リュシアンに聞いた感じだと戦記物や英雄譚が好みみたいだから、用意した本も喜んでくれるといいな)


「楽しそうですね、閣下」

「そうだね。今日と明日のことを考えて、ワクワクしているよ」

 机の上を片付けてから、立ち上がる。

「君も、明日の甘味屋が楽しみだろう?」

「ええ。全メニューを制覇しようかと」

 リストニア騎士団の団長らしからぬ可愛らしい返答に、アルベルトは「見物させてくれ」と笑った。





リストニア家の紋章入りの馬車が三台、ひび割れ一つない石畳が敷かれた街道を進んでいく。

 たまたまそれを見た者たちが驚き、ざわめき、それでも侯爵家の後をつけるわけにはいかず「どこに向かっているのだろう」と囁き合いながら最後尾を見送っていた。


(……お土産が馬車二台分って、大丈夫だよね?少なくないよね?もっといっぱい用意するべき?でもあんまり多くても迷惑だろうし……)


 馬車の中でヴォルフガングと向かい合って座りながら、アルベルトは今更になって準備した土産物に不足はなかったかと悩み始めていた。

 何しろ初めての友人宅。失礼があってはいけない。手土産は手頃で、かつ相手が受け取りやすいもの。


(遠方にいる長男さんには別途贈って、次男さんと長女さん、それと子爵と奥さんへの贈り物に、女性たちへはまた別で使える品を入れて……)


「……ウィーバー家への贈り物、少なすぎないだろうか」

 ここまで来てそれを聞くのもどうかと思ったが、対面に座る騎士につい問うてしまう。

 リストニアで事前に執事長と相談して決めていたはずだが、目的地が近づくにつれて不安が増していく。

「リュシアンにはいつも面倒をかけているし、そのお礼と挨拶に馬車二台分の品だけというのは、やはり……」

 悶々としていると、騎士が息だけで笑う音が聞こえた。

「な、なんで笑うんだ」

 軽く睨むと、ヴォルフガングは口元に笑みを浮かべたまま「申し訳ありません」と謝罪してから、さらに表情を和らげた。

「あまりに、可愛らしくて」

「——……」

「今までの閣下でしたら、それを私に相談されることなく、お一人で解決されていたでしょうから。嬉しくて笑ってしまいました」


(た、確かに……!今までなら、自分の中でちゃんと結論出してたのに!)


 戸惑いと驚きが顔に出ていたのか、「決して悪い意味ではございません」と前置きをしてからヴォルフガングが腰を上げ、アルベルトの前に片膝をつき手を取った。

「自分は何と幸運な男かと、胸が震える心地です」

「……そ、そんな……大袈裟な」

「ただ、今のような表情は、私だけに向けていただけると有り難く」

「……表、情?」

 どういう意味だろう。アルベルトが首を傾げると、ヴォルフガングは恭しく捧げ持っていた傷跡が残る手に、そっと口付けを落とした。

「私の理性が危うくなるほどの、……甘く憂いを帯びたお顔です」

「……っ!」

 はわっ、と。身体も心の中も、一斉に固まった。

「ご質問にお答えするのであれば、ご用意されたお品で充分かと。追加されたいのでしたら、また後日、今日のもてなしの礼として差し上げるのはいかがでしょうか」

「……そ、そうだな。そうする……。ありがとう……」

「いいえ」

 そっと手を離し、再び向かいに腰を下ろしたヴォルフガングが、こちらを優しく見つめてくる。


(か、神様、仏様、エルシオラ様。無理です……!心臓がもちません……!)


 見つめ返すなんて、できるはずもなく。

 散々目を泳がせてから「……あまり見ないでくれ」と頼んでみたのだが、ヴォルフガングは「ウィーバー子爵邸に着くまでは」とアルベルトからの頼みを聞いてはくれなかった。



 

 しばらく街道を進み、王都の中心部から少し離れた場所までやってくる。目的地となる屋敷が見えて来た。

 ウィーバー子爵家は、領地を持たない貴族だ。

 代々学問に優れる者を輩出しており、教師として貴族院や魔導院に勤めたり、王城へ仕官したりなどして、後継者以外は、それぞれ家から独立していく。

 リュシアンには、兄が二人と姉が一人いる。長男は、現在王都から離れて暮らしている。次男の方はウィーバー家にしては珍しく剣の才があり、騎士爵を得て家を出ている。そのため後継者は、リュシアン、もしくは彼の姉のどちらかになるらしかった。


(でもリュシアンが言うには、お姉さんは子爵家を継ぐ気はないらしいし。この世界の女性としては珍しく、作家業で生計を立ててるって言ってた。本当にすごい)


 アルベルト自身は男性の身体ゆえに感じにくいが、この世界では未婚の女性が一人で生計を立てるような生き方は、まだまだ珍しいとされている。

 家父長制が強く残っているからというのもあるのだろう。 

 とは言え、『このとわ』の世界観として同性婚も異性婚と同じ率で存在しているため、性別が女だからという理由で婚姻に利用されることは少ない。むしろ見目がよければ男も女も関係なく、政略に組み込まれていた。それはそれで問題ではあるものの、今からすべての貴族の意識を変えることは難しいだろう。


 ウィーバー子爵邸は、リュシアンのイメージそのままに知的で柔らかい印象をしていた。

 周囲を囲む煉瓦の壁の上に、青銅の柵が嵌め込まれている。アーチ状の正門前には、リュシアンを先頭にウィーバー子爵夫妻と、次男のライズ・ウィーバー、そして長女のロキシア・ウィーバーが並んで立っていた。


「やぁ、アルベルト!いらっしゃい!」

 馬車から降りると、昨日ぶりのリュシアンが笑顔で手を振った。

「歓迎をありがとう、リュシアン。戻ってきて早々疲れているだろうに、すまない」

 目を合わせて微笑みあってから、彼の後ろにいる緊張感たっぷりの夫妻に視線を移す。

 子爵は背はさほど高くはないが、肩幅のある、がっしりとした体格をしている。髪と瞳はリュシアンと同じ色をしていた。隣にいる夫人は子爵よりも背が高く、ほっそりとしている。髪はリュシアンよりも暗く、緊張で伏せられた色味はリュシアンよりも淡い色をしていた。

 マナーとしてはアルベルトが許可を出してから夫妻が先に名乗る、が正しいのだが、親友の家族にそんな無粋な真似はできない。

「お会いできて光栄です、ウィーバー子爵家の皆様。初めまして、アルベルト・リストニアと申します」

 胸に手を当てて、軽く一礼をする。

 ヒェッ!と夫人が声を上げ、慌てて夫妻が揃って深い礼をした。

「ワ、ワクスタ・ウィーバーと申します。こ、こちらは妻のルーンです。この度のリストニア侯爵閣下のご来訪を、心より歓迎いたします……!」

 ガチガチに緊張している子爵が、歓迎の挨拶をしてから息子と娘を紹介する。二人とも髪はリュシアンと同じ色で、瞳は夫人の色を持っている。ライズ・ウィーバーは騎士として爵位を得ただけあって長身で体格がよく、ロキシア・ウィーバーは夫人に似て長身細身の美女だった。

 非常に洗練された動きでそれぞれ礼をしたが、やはり緊張しているようだった。


(リュシアンが初対面時から軽いノリだったから、似たような人たちだと思ってたんだけど……)


 どうやらリュシアンの胆力が、相当なものであったのかもしれない。

 しかしここで緊張しないように頼むのもおかしな話だ。会話をすればそのうち馴染んでくれるだろうと、アルベルトも後ろに控えていたヴォルフガングに視線を向けた。

「ご紹介感謝申し上げます。こちらは私の側近であり従兄弟のヴォルフガング・ツェベルク。今日は護衛として同行しております。ヴォルフガング、挨拶を」

「ウィーバー子爵家の皆様におかれましては、ご機嫌麗しく。本日はよろしくお願いいたします」

 短く口上を述べたヴォルフガングが頭を下げると、次男のライズが「ウハー!」と小さな声を上げた。目がキラキラしている。


(騎士の人たちから見たら、剣聖ヴォルフガング様ってやっぱり憧れなんだろうなぁ〜。看板に偽りなく、本当にめっちゃくちゃ強いもんね)


「みんな、君の話を聞きたがってるんだ。姉さんなんて、興奮しすぎて昨日眠れなかったー!って朝食の時に叫んでたんだよ?」

「ちょっと!リュシー!」

 淑女の仮面がポロリと落ちて、素なのだろう、挨拶時よりも低めのロキシアの声が響く。本人は慌てて口を押さえていたが、アルベルトとしては素で接してもらった方が嬉しい。

「どうか私のことは、ただ遊びに来たリュシアンの友人として扱ってください」

「そうそう。公式の場じゃない限り、アルベルトはマナーとか気にしないから楽にしてもらっていいよ。この間なんか、ソファに座ってたアルベルトの膝の上に頭乗せたら、そのまま膝枕してくれたし」

「すぐにサイネケンに魔法で落とされていたアレか……」

 最近の出来事だ。リュシアンに膝枕をしていたら、「リストニアに住む者全員の夢をあっさり実現するな、小童が」とサイネケンに風魔法で滑り落とされていた。

 些細な思い出ではあるのだが、ウィーバー子爵たちにとってはそうではなかったようだ。

「お前っ!侯爵閣下に何しとるんだ!」

「えっ?だって僕とアルベルトの仲だし」

「リュシアン……あなたは小さい頃から空気が読めなくて……」

「我が弟ながら、無礼がすごい」

「リュシー、後でその話詳しく聞かせて」

 そしてアルベルトとしては、リュシアンに詰め寄るウィーバー家の姉、ロキシアの言葉が引っかかった。ちょっと「あれ?」と思ったのだ。

 少し突っ込んで聞いてみたくはあったが、いつまでも門の前にいるわけにもいかない。なぜなら少しずつ周囲に人が集まって来ているからだ。

 チラリとリュシアンを見ると彼も気付いたのか、「とりあえず中に入ろう」と提案してくれた。

 ウィーバー子爵も気付き、執事に茶の用意を指示する。

「ところでアルベルト。一台は君たちが乗って来たものだとして、残り二台の馬車は何?」

 御者に待機場所を伝えようとしていたリュシアンが、馬車の数に気付く。

 アルベルトは「少ないとは思ったんだが」と前置きをしてから、申し訳なさそうに伝えた。

「日頃のお礼と挨拶を兼ねた手土産を……」

 その言葉に、リュシアンが馬車を見て、アルベルトを見てから何故かヴォルフガングを見た。

「少なくないかとご不安のようでしたので、充分だとはお伝えいたしました」

「……ありがとう、剣聖。中を見るのが怖いよ」

「やっぱり少ないだろうか……」

 友人と騎士の会話を聞いて、先程の不安が再び頭を擡げる。

 だが疑問が口から零れた瞬間、二人が揃ってアルベルトを見た。

「充分です」

「充分だよ」


(す、少なくないならいいんだけど……。なんで二人とも私を『何言ってんだコイツ』みたいな目で見るの……)

 

 馬車の扉を開け中を軽く調べたリュシアンが「うわぁ……」とドン引きしたような声を上げている。

「父さん、何人か呼んでくれる?中の荷を運んでもらわないと」

「あ、あぁ。……その、参考までに、何が入ってるんだ」

 ウィーバー子爵からの問いかけに、もう一度中を見たリュシアンが扉を閉める。

「すっごく高そうな布と、宝石箱が積まれてるのは確認できたよ。あとは何があるの、アルベルト?」

 話を振られて、アルベルトは素直に答えた。

「た、大したものでは……。遠方のご長男への馬は別便で贈るし、あとは、子爵用にリストニアの古書の写しと、奥方へは刺繍用の絹糸。子爵令嬢に戦記と冒険物の書物と、騎士(サー)ウィーバーに魔法剣を……」

「僕んちの家宝を爆誕させまくるの、やめてもらっていい?」

「えっ!?」

「あーもう、とにかく中に入ろう。姉さんが、黄金侯爵の英雄譚からかけ離れた可愛いところを初めて見て、めちゃくちゃ死にそうになってるから」

 さらに「えっ?」となって視線をロキシア・ウィーバーに向ける。長身美女はドレスが汚れることも構わず、その場に膝をつき、「かわいっ!すぎるっ!」と地面を叩いていた。

 その熱量のこもり過ぎている声に、わずかながら聞き覚えがあった。

 アルベルトのチートな記憶力が、昨年の王都での一場面を手元に引き寄せる。

 リストニアのタウンハウス前で、クリストフとレナードから見送りを受けていた時。クリストフがアルベルトの手のひらに口付けをした瞬間、観衆の黄色い歓声の中から聞こえて来た、ドラミングと「ウッホウッホ!」の声。


(あ、あの時のドラミングのゴリラーー!!)

 

 先程リュシアンの話に食いついていた理由が判明する。

 腐女子だ。

 ……つまり。


(お仲間だーー!!私に萌えてくれても、中身が私だからごめんなさい!だけど!)


 ロキシア・ウィーバーが腐女子なら、好むという戦記物や冒険譚も、つまりはそういうことなのだろうか。


(私が好きなタイプの戦記物と冒険譚持って来たんだけど、喜んでくれるかな!?)


 思わずこちらもテンション爆上がりである。

 それでも表面上はわずかな動揺もなく、アルベルトは家族に「いつものことだ」と生暖かく見守られているロキシアへと手を差し出した。

「こ、侯爵閣下……!」

「ご令嬢、よろしければ」

 差し出された手は、通常受け入れるのがマナーとされている。恐る恐る手を取ったロキシアが、ぎこちない動きで立ち上がる。手が触れた瞬間、彼女が「ふぐうっ」と呻いたのをアルベルトは聞き逃さなかった。

 長身ではあるが、それでもアルベルトよりは頭半分ほど低い位置から見上げられる。

「姉さん、今アルベルトのまつ毛を数えてるでしょ」

「リュシー、話しかけないで!何本まで数えたかわからなくなるから!」

 おもしれー親友の姉は、どうやらおもしれー女であるらしい。

 芽生えた仲間意識のせいか、一気に親近感が湧く。


(まつ毛数えたいのも、わかりすぎる。私も昔、自分で数えたもん)


「よろしければ、数えやすいように目を閉じましょうか?」

 純粋な親切心でそう尋ねると、ロキシアは一瞬固まってから、

「し、失礼いたしました!侯爵閣下!」

と慌てて淑女に戻った。


次回番外編③は10月7日17時更新です。

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