第四章番外編 初めての休暇①
ラブ要素がやや多めです。
季節が少しだけ進んだ。
リストニアはまだ冬の最中にあるが、王都は春の訪れを告げると言われる花がほころび始めていた。アルベルトの前世の世界で早春の頃に咲いていた、梅の花によく似ている。色は白と赤があり、その香りは柔らかい。だが名称は梅ではなく、ファンケンラートでは冬の終わりを告げる花として、冬明花と呼ばれていた。
温暖な南部に別宅を持つ貴族、あるいは裕福な商人たちは、この花の開花を合図にして王都に戻ってくるのが慣例となっている。自然と少なくなっていた旅人や行商人たちも再び動き始め、街道も少しずつ春に向けての賑わいを取り戻しつつあった。
リストニアを発ったのは、半月ほど前だった。アルベルトとヴォルフガング、カルナヴァス、リュシアンの四名と、リストニアの騎士十名による馬での移動となった。
一度ステルビア城に立ち寄り、レナードと合流。用意されていた二頭立ての馬車にレナードを乗せ、御者を騎士が担う形で王都へと向かった。
道中は何事もなく、ヴォルフガングの体調も問題はないようで、一行は無事に王都へと辿り着いた。
アルベルトが第二王子レナードを王城に送り届けたのは、春と呼ぶにはまだ短い陽が山々の間へと沈むよりは少し前の刻だった。
王子の帰還ではあったが、その出迎えは控えめで、華やかなものではない。
阻止されたとは言え、先の王妃の事件を含め、国家転覆の陰謀が立て続けに起きている。ましてや今回は犠牲者の数も、行方不明者も含めれば数百名に及ぶ。ステルビア公爵家は王家に次ぐ地位を持つ大貴族であり、それだけの悪行を隠すだけの財力も権力も持ち合わせていた。
すべてが王家の失態とは言えないが、それでも公爵家の手綱を握れていなかった現王に向けられる貴族たちの目は厳しい。今はまだ静観の構えを見せるだろうが、次の議会が憂鬱だと、クリストフが話していたことを、アルベルトは思い出す。レナードをステルビアへ迎えに行った際に、見送りに出てきたクリストフが状況の進捗と共に零した言葉だ。
だがそれでも、彼は立つのだろう。
長い歴史を持つ、強国の次世代の王として。
レナードを送り届けた後、リストニア騎士団の十名はそのまま帰領とした。アルベルトとともにタウンハウスに滞在するとなると、第二王子の護衛任務を完了した直後に再び護衛の任務につくことになる。それはさすがに気が休まらないだろうと、少しゆったり目の日数を組み、リストニアに戻るように告げた。
リュシアンとは、王都に入った段階で一度別れている。明日また会う予定になっていた。頻繁にリストニアへ呼び出しているため、ウィーバー家に直接挨拶に向かいたいとアルベルトから事前に申し出ていた。リュシアンからは「もちろん歓迎するけど、準備もあるから王都入りの翌日の午後でよろしく」と言われている。また明日、と手を振ってリュシアンが馬で去っていく。
彼の家に行くのは、初めてだ。
アルベルトは表面上は穏やかに手を振っていたが、心の中では「ヤッホーイ!」とはしゃいでいた。
浮かれる気持ちが漏れていたのか、馬に相乗りをしていたカルナヴァスが「嬉しそうな顔してるな」と声をかけてきた。「友人の家に行くのは初めてなんだ」と返して、赤い髪を撫でる。腕の中のカルナヴァスの姿は、本来の長身の大人でも、小さな虎でもない。彼の精神と同じくらいの、褐色の肌を持つ十歳前後の子どものものだった。
変化の魔法は、質量の変化さえ魔力で補える。アルベルトの幻影魔法とは違い、実態を持つ特殊な力だ。
カルナヴァスは今までの経験から、虎の姿にしかなれなかったが、サイネケンの手伝いもあり少年の姿にも変化できるようになった。子虎の姿でも馬に相乗りはできるが、動物を連れて行くと目立つ場所もある。王都などが、そうだ。そうした時に、少年に変化ができると便利だ。アルベルトは、できるだけ様々な場所に彼を同行させたいと考えていた。転移可能な場所を増やすためでもあるが、何よりずっとグシュタールで前王の奴隷だったカルナヴァスに新しい世界を見せてやりたかったからだ。
目立たないようにフードを被り、馬に乗ったままタウンハウスへと向かう。
王都の道は、リストニアよりもさらに広く大きい。両脇に歩道があり、その間を馬車や馬が行き来できる道が通っていた。
陽が暮れると、リストニアと同じように魔法灯で道が照らされる。家路に着く者、これから友人と出かける者。様々な表情が見えるが、皆どれも穏やかだ。ステルビア公爵家が起こした事件の概要くらいは王家からの発表で知ってはいるが、生活に今すぐ直結するわけではない。
それは無関心ではなく、彼らの中に当たり前に存在する王政への信頼なのかもしれなかった。
タウンハウスに到着した頃には、辺りはすっかり夜の様相をしていた。
主人の帰還を待っていた使用人たちが、老執事を先頭に一糸乱れぬ動きで頭を下げる。
「おかえりなさいませ、閣下」
「出迎えありがとう。先日滞在したアレクシアが、素晴らしい時間だったと褒めていたよ」
「望外の喜びでございます」
馬丁に手綱を預け、老執事とともに中に入る。
アーチ状の玄関を抜けると広々としたホールがある。中央に生けられた花は、咲いたばかりの冬明花を中心にした、春を思わせるものだった。長いリストニアの冬への祈りにも見える。
夏以来のタウンハウスは、塵一つなく美しく整えられ、切り出した大理石で作られた床も鏡のように磨き上げられていた。
「カルナヴァス様は閣下と同室とお伺いしておりますので、勝手ながらお部屋に予備のベッドをご用意しております」
老執事の報告を聞きながら、二階にある私室へ上がる。ヴォルフガングとは、玄関前で別行動となった。レナードを送り届けた後は、いつものようにアルベルトの護衛へと戻る。屋敷での警備の確認に向かったのだろう。
明るい廊下を歩き、私室の前に立つ。老執事が扉を開けた。
中は春先の冷え込みを忘れられるほど、充分に温められていた。
老執事が、食事の用意を始める旨を告げて去っていく。アルベルトはカルナヴァスを促して中に入った。
扉からすぐの部屋は、プライベートな応接室となっている。向かって左側に寝室があり、さらにその奥が浴室になっていた。
(これ言っちゃうと元も子もないかもだけど、この世界のお風呂概念は本当ありがたいよね)
入浴が不浄とされる世界観でなかったことは、個人的に非常に幸運だったと感じている。自身の衛生面に限らず、入浴が習慣化されていることにより、疫病の発生率も低く抑えられているからだ。
(給湯器っぽい魔道具を開発してくれた人、本当にありがとう〜!)
「アルベルト!窓から街が見える!すごく綺麗だ!」
窓際に走って行ったカルナヴァスが、キラキラとした眼差しで振り返った。
アルベルトは心の中で捧げていた給湯器開発者への感謝の祈りを切り上げて、何食わぬ顔でカルナヴァスの元へと歩み寄る。
「数日は滞在する予定だから、……そうだね、明後日にでも買い物に出てみようか」
「本当か!?」
「ちゃんとお行儀良く。人混みの中では走らない、前を見て歩くこと」
「はーい!」
姿が少年なせいもあるのか。カルナヴァスはまるで、本物の子どものようだった。環境が彼の精神の成長を抑えていたのだとしたら、今の彼はもう一度自身を育て直しているのかもしれないとアルベルトは思う。
透明なガラスが嵌め込まれた窓の前に立ち、ともに街の明かりを眺める。
リストニアに戻ったら、と考えていたが、『どうするか』を聞くとしたら、今のタイミングの方が良いのかもしれない。
「……カルナヴァス、少しまじめな話をしていいかな」
問いかけると、黒曜石のような瞳がアルベルトを見上げた。
「先日、とある場所で君の出自に関する手紙を見つけた。もちろん、出自がわかったからと言って、何が変わるわけでもない。君は、君が知る父君と母君の子だ。……ただ手紙には、君が知るべきことと、知らなければ良かったと感じるだろうことが、同時に書かれている」
カルナヴァスは精神は幼いが、知識や経験は年齢分、しっかり積み重ねられている。
「だから、手紙を読むか読まないかを、私は君の判断に任せたい。もし読みたいと思うのであれば、手紙はリストニアに戻った時に渡そう」
それはカルナヴァスの母親リリーナが、彼女の父である大魔導師カラトワ宛に送ったものだ。
カラトワの命を受け、呪の末裔が人知れず住む里に入り込んだリリーナは、そこで思わぬ事態に遭遇する。
里の長の息子と恋に落ちたのだ。
リリーナが秘術を盗みにきた間者だと見破られ制裁を加えられそうになった時、長の息子は自らの仲間に手をかけてでもリリーナを救った。
その後二人は、里から逃亡。この時には、リリーナはすでにカルナヴァスをみごもっていたと見られる。
ここまでが手紙の内容だ。
そしてここからは、アルベルトの想像になる。
里から逃げた二人は、山中に隠れ住むことになった。リリーナは手紙に書かれていた通り、呪の末裔の力に耐えきれず、出産後、カルナヴァスが物心つく前に他界。長の息子は、カルナヴァスを一人で育てていた。
しばらくは平和に暮らせていたのだろう。だがついに、カラトワに見つかった。
この時カラトワが何を考えていたのかは、もう本人に聞くことはできない。ただ娘を間者とし、長の息子を肉塊に変え、幼かったカルナヴァスを奴隷へと落とした事実から見るに、元々歪な精神性を持っていたのではないかと考えられた。
手紙を読めば、母親の愛情を知ることはできる。けれども同時に、「自分がいなければ両親は死なずに済んだのではないか」と考えてしまう可能性もある。
起きてしまった過去は、変えようがないのだから。
「……アルベルト」
見上げた視線のまま、カルナヴァスがアルベルトの手を握る。それを握り返すと、どこかホッとしたようにカルナヴァスが続けた。
「一緒に読んでくれるか?」
「……もちろん」
「だったら、……読む」
それは、アルベルトが想像していた通りの答えだった。
「俺自身のことだからっていうのもあるけど、俺は自分がどういう存在なのかちゃんと知って、もっとアルベルトの役に立ちたいんだ」
「——カルナヴァス」
だが続けられた意外な言葉に、目を丸くした。
「今はまだ無理だけど、たくさん練習して転移ももっと多く運べるようになる。変化魔法だって、強い竜とかになれば悪い奴らとも戦えるから。俺、頑張る!」
それは、と。アルベルトはカルナヴァスの手を握ったまま、その場に膝をつき、黒い瞳を覗き込んだ。
空いている手を、今は丸い頬に沿わせる。それからできるだけ、穏やかな声で伝えた。
「カルナヴァス……、私は君が役に立つから共にいるわけではないよ。君が好きで、大切に思っているからだ」
おそらくカルナヴァス自身は、気付いていない。本気の善意でそう思ってくれているだろう。
だからこそ、アルベルトにはそれが痛ましく見えた。
カルナヴァスは残虐な王の下で、常に成果を出し続けなければ酷い痛みを与えられていた。役に立たなければ、居場所がなくなると無意識に刷り込んでしまうほどに。
「もちろん、君が力を貸してくれたらとても嬉しい。君の力はとても特別で、強力なものだ。けれど……」
するりと頬を撫でる。
「私は君と対等な友人でありたい。だから、私の役に立つからという理由なら、無理して強くならなくていいんだ。竜になどならなくても、君の居場所はすでにリストニアにあることを忘れないでくれ」
目の前のカルナヴァスは、少し不思議そうな顔をして。それから恐る恐ると言った様子で頷いた。
無自覚な分、アルベルトの言葉の意味が完全には理解できなかったのだろう。
だが今はまだ、それで良いと思う。
何年か経てば、わかる日も来るのだろう。
「真面目な話をしたら、お腹が空いたね。荷物を片付けたら食事に行こうか。ここの料理長のメニューも、リストニア城と同じくらい豪華で美味しいよ」
「本当か!?すごく楽しみだ!」
パッと表情を輝かせたカルナヴァスが、アルベルトたちが部屋に入る前にはすでに運ばれていた荷物へと向かう。荷物とは言っても、旅に使用した分は使用人たちによって片付けられている。部屋にあるのは、カルナヴァスが道中見つけた変わった形の石や綺麗な木の実が入った袋だ。
「カルナヴァス、君のコレクションを入れる箱も買おうか」
提案に、カルナヴァスは笑顔のまま頷いた。
弟がいればこんな感じだろうか、とふと思う。
アルベルトには妹のアレクシアがいるが、前世での家族構成などはもう思い出せなかった。
いつから忘れてしまっていたのかも、わからない。前世がどんな世界で、『この忠誠は永久に』がどんな内容だったのかは思い出せるのに、自身のことだけが手で掬った水が指の隙間から零れるように消えていく。
ひょっとすると前世の世界など存在せず、単なる夢だったのかと考え、けれどもその度にまだうっすらと思い出せる鏡に映る自分の顔がそれを否定していた。
(……がっつり別人だもんね。夢だっていうなら、こっちが実は夢だっていう可能性も……)
「アルベルト、どっか痛いのか?」
カルナヴァスに下から覗き込まれ、思考に沈んでいたことに気付いた。
なんでもないよと首を振り、片付けを手伝う。箱を用意するまで、チェストの引き出しを一つカルナヴァスのコレクション用にした。
「さぁ、夕食にしよう」
「うん!」
「そういえば、身体の大きさで食べる量が変わったりはするのかな」
ちょっとした疑問を口にすると、すでに扉の前まで走っていたカルナヴァスが、大きな発見をしたかのように振り返った。
その姿がみるみるうちに大きくなっていく。
身長は長身のアルベルトよりもさらに高く、腕周りも太く。
そこには、あちこち裂けて布のようになった服を身につけた、元の身体になったカルナヴァスが立っていた。ちなみに、服も一緒に変化させるやり方はまだ成功していない。
念のため、こちらの屋敷にも大人カルナヴァスの服を用意しておいてもらって良かったと息をつく。
「……大きくなる時は、服を脱ごうか」
「ごめんなさい……」
低い声と、高い目線。
それでも中身は、カルナヴァスだ。
アルベルトは高い位置にある頭を軽く撫でると、クローゼットへと向かった。
夕食の後、アルベルトは入浴を済ませカルナヴァスを寝かしつけてから、静かに自室を出た。
カラトワの屋敷で見つけた手紙についての話を、ヴォルフガングにもしておくためだ。
カルナヴァスが手紙を読まないのであれば誰にも言わずに処分する予定だったが、読むのであれば他にも理解者がいた方が良い。そう考えた時に真っ先に浮かんだのが、カルナヴァスもよく懐いているヴォルフガングの顔だった。
(原作では、ヴォルフガング様とカルナヴァスが特別仲良くしていた描写はなかったけど、この世界だと兄弟とか父子みたいな雰囲気があるんだよね)
周囲には寡黙で近寄りがたい雰囲気を持つと言われるヴォルフガングだが、実際のところは物腰も柔らかく、口調も丁寧で穏やかだ。騎士たちからの「普通に怖いですけど」という評判は、別枠として考えておく。
ヴォルフガングの部屋は、二階の最奥のアルベルトの私室の二つ手前にある。アルベルトの部屋の隣は、アレクシアの部屋だ。
廊下には、誰もいなかった。
この屋敷にも警備兵は常駐しているものの、正面と中門、そして裏門に二名ずつ配置されている程度で、交代要員と合わせても十数人ほど。これは通常は屋敷に貴人がいないことに起因している。夕食時も老執事は警備に関する不安を口にすることはなかった。
(そもそも警備いらないくらい強いからなぁ。私もヴォルフガング様も)
厚い木でできた扉の前に立ち、ノックをする。
少し間を開けて、扉が開く。黒い騎士服姿のままのヴォルフガングが、少し驚いた顔をして立っていた。
「閣下、どうされましたか?」
「夜分すまない。カルナヴァスのことについて、少し話しておきたいことがあって」
答えると、黒き騎士は躊躇うことなく「どうぞ」とアルベルトを室内へと招き入れた。
仕事をしていたのか、小さなテーブルの上に書類の束がある。
アルベルトは、この騎士はいつ休んでいるのだろうと疑問に思った。今のアルベルトは、夜着ではないが、騎士服でもない部屋用の衣服だ。時間も、やや遅い。さすがに入浴は済ませている頃かと尋ねたのだが。
「すまない、仕事中とは知らず。手短に済ませるよ」
「お気にならさず。ちょうど終わったところです」
ヴォルフガングは表情を和らげてそう言うが、申し訳ないと思いつつあまり信用はできない。何しろ、アルベルトのためなら何日でも寝ずに動き回ることさえ厭わない男なのである。
とりあえず礼を伝え、勧められた来客用のソファに腰を下ろす。お茶の用意を断ってから、対面の席を勧めた。
「先日、大魔導師カラトワの屋敷を調べた際に、ある手紙を見つけたんだ」
持参してはいないが、内容はすべて頭に入っている。
手紙の中身からカルナヴァスがそれを読む選択をしたことまで伝えると、ヴォルフガングはしばらく考え込み、それからゆっくりと口を開いた。
「彼の能力が呪術と魔法、どちらにも特化している理由がわかりました。手紙の内容は、彼を無条件に喜ばせるものではないでしょうが、私が彼の立場でも読むことを選択するでしょう」
「……私も、そう思うよ」
同じことを考えていた。もし自分がカルナヴァスの立場であったとしたら、アルベルトも手紙を読む選択をしただろう。
「君に先にこの話をしたのは、腐死の王がカラトワの身体から記憶を読み取っているかもしれないと考えたからだ。カルナヴァスは憑代の血縁者で、呪術と魔法の両方を使える存在。……今後、状況によっては狙われる可能性もある」
「リストニアを離れても同室にされているのは、それが理由ですか?」
「理由のすべてではないが、一つではあるかな」
転移術を使える分、襲撃者からの逃亡には有利だが、寝込みを襲われてしまえば終わりだ。
それも合わせて伝えると、「ですが」と騎士が言葉を返してきた。
「その場合、腐死の王の手の者と最初に対峙するのは、閣下ということになりませんか?」
質問形ではあったが、納得していないニュアンスだ。しかしアルベルトは、あえて「そうだ」と頷いた。
「能力的に、私が適している」
「危険です」
「私以外の者では、もっと危険だ。それに狙われると決まったわけじゃない。あくまで、念のため、だよ」
言ってはみたものの、正面に座る騎士の表情は変わらなかった。しかしそれでも反論をしてこないのは、アルベルトの説明に穴がないからだろう。
しばらくアルベルトを見つめていたヴォルフガングが、「でしたら」と口を開く。
「同魂の魔法の痕跡による追跡付与を、強化させてください。あなたに何があっても、どこにいるのかすぐにわかるように」
「追跡付与、って……」
例のGPS機能か、と思い出す。
ヴォルフガングの話では、同魂の魔法によりアルベルトに預ける形となった自身の痕跡を辿るのだということだった。ただしそれを実行するには条件付けが必要で、それはアルベルトが知る限りでは服越しではあるが、詠唱者が相手の心臓の上から直接術を送り込む、というものだった。
(あ、あれをまた……!?)
無理無理無理無理ッ!と。心の中で絶叫する。
身体が子どもの姿になった時に、一度経験した。あの時は、やり方までは知らなかった。
(あ、あんな……、ヴォルフガング様の、く、唇が……、む、胸に……っ)
「無理ッ!」
思わずきっぱりと叫んでいた。その勢いたるや、正面に見えるヴォルフガングの目が驚きで丸くなるほどだった。
「あっ、その、嫌だからではなく……!」
妙な誤解、——例えば『触られたくないから』などというネガティブな可能性を思いつくなど——をされる前に、先回りして否定はしておく。
「……その、触れられる場所が……」
視線がどんどんと下を向いていく。
「は、恥ずかしいから無理だ……」
(ほ、本当に無理……、あんなのをもう一回なんて、私には耐えられ——)
ふわりと、身体が浮いた。
何がいつどうなったのか。
騎士によって、横抱きにされていた。
「……えっ?」
驚いている間に軽々と運ばれ、ベッドの上にそっと下ろされる。ぎしり、と肩の辺りのシーツが沈む。
決して体重はかけないようにして、ヴォルフガングが覆い被さってくる。
「な、なにして……」
「大丈夫です」
良い笑顔だった。
正直言って、初めて見るレベルの。
「おまかせください」
何をだ!?と聞こうとして、アルベルトは慌てて自らの口を手で塞いだ。
ヴォルフガングの頭が、胸元に下りてくる。
(わあぁぁぁ!!やめてぇぇぇ!!恥ずか死ぬうぅぅぅ!!)
心の中の絶叫など、届くはずもなく。
結果アルベルトは、前回よりもさらに倍ほどの時間をかけて、ヴォルフガングから追跡付与の効果を追加されるはめになったのであった。
次回番外編②は10月6日17時更新です。




