第二話 リュシアンからの連絡
冬の陽が短いこともあり、宿泊のための町に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
旅程の一日目と二日目は、リストニア領内の宿を利用する予定だ。
季節によっては夜のリストニアの危険度は跳ね上がるが、冬の、特に今年のリストニアは安全に過ごせている。
アルベルトを探しにステルビアの運河を目指した騎士団や魔導師大隊の者たちも、「夜通し駆けましたが、一度も魔物に遭遇しませんでした」と報告を上げていた。
ずっとこうなら良いとは思うが、春にどうなるかは、まだわからない。
クリストフが身を休めるのは、町で最も上等な宿の最上級の部屋だ。あまり大きくはない町だが、リストニア城下よりも南に下ったところにあり、この町で冬を過ごす富裕層も多い。
アレクシアが王都へ向かう際も利用し、またリストニアへ戻る際にもクリストフとレナードとともに宿泊した場所だった。
当然ながら、貸切である。
(クリストフの部屋の前には常に近衛兵が二名立つけど、彼らも貴族だから一人一部屋。うちの騎士団が魔物討伐で遠征する時は、訓練を兼ねて野営するから新鮮だなぁ)
宿の馬丁に馬を預け、近衛兵たちを手伝って馬車から荷を下ろす。
「見かけによらず、力持ちだな」
「ありがとうございます」
近衛隊長に褒められる。肉体強化の魔法をかけたアルベルトは、怪力どころか剛力レベルの力がある。だがそれでも、腕相撲でヴォルフガングに勝てたことはない。
いつか絶対勝ってやろうと、決意している。
荷を全て下ろした後は、割り当てられた自分の荷物を部屋に運ぶように指示される。荷物と言っても着替え程度のものだ。床に置いて集合場所に戻ろうとしたアルベルトは、そこでふと胸元に入れていた小さな石板が振動していることに気が付いた。
写し鏡の魔道具からの呼び出しだ。
こういう時はホログラムが出ない方が便利かもしれないな、と考えながら、取り出し通話に切り替えた。
少しの沈黙。
「大丈夫だ、周りには誰もいない」
声をかけると、「リュシアンだよ」と少し緊迫した声が返ってきた。
〈そっちは順調?〉
「あぁ、特に問題は起きてない。……そちらは、何かあったのか?」
いつもはのんびりとした口調の友人らしからぬ硬い声音に、聞き返す。
一拍空けて、「施設長が死んだ」と返ってきた。
〈遺体が発見されたのは、今朝。事情を聞くためにやってきた兵が、留置牢内で死亡している施設長を発見した〉
「……死因は?」
〈毒殺。僕が直接行って確認したから間違いない。……毒の解析に手間取って連絡が今になった。ごめん〉
真面目なリュシアンらしい言葉だ。おそらく先に一報を入れるべきか迷い、闇雲に知らせるよりはと考え直したのだろう。
「気にしなくていい。君の判断に任せている」
そう返すと、いくらかホッとしたようにリュシアンが続けた。
〈毒は、魔力による生成毒だ。かなり、というか今まで見たことがないくらい強力だね。揮発する性質はないみたいだけど、室内にあった施設長のものと見られる血液からも同じ成分が検出されてる。多分、摂取と同時に体内の魔力と混ざって全身に回るようになってるんだ〉
まず間違いなく、口封じだろう。
だが問題は、どうやって施設長に毒物を摂取させたのか、だ。
アルベルトがその疑問を口にする前に、リュシアンが答えた。
〈施設長の指先に不自然な傷があった。それと今朝施設長に食事を運んだ者が、そのまま行方不明になってる〉
「……内通者」
〈だろうね。唯一の朗報は、成分的に何かに混ぜられるタイプの毒じゃないってことくらいだよ〉
その情報は、アルベルトをいくらか安堵させた。
もしも水に混ぜても殺傷力が変わらないものであれば、リストニア全体が危険に晒されてしまうからだ。
〈床の血液は必要な分を採取して、同行してくれた魔導師隊の人に魔法で燃やしてもらった。今からお城に戻って、今後のためにも治療師長に解毒剤の相談しようとしてるところ。何か指示はある?〉
「……同じ内容を、サイネケンとグウィン陛下にも伝えてくれ。それと君やレナード殿下、アレクシアの護衛を増やすように」
〈了解。外だから、もう切るよ。君も気をつけて〉
プツ、と音を立てて会話が終了する。
アルベルトは魔道具を再び胸元にしまうと、部屋を出て集合場所へと向かった。
「団長、お忙しいところ失礼いたします」
ここでのアルベルトは、リストニアから派遣された一兵士にすぎない。
近衛隊長と話をしているヴォルフガングに声をかけると、普段アルベルトが見ているものとは少し違う、上司としての表情で返事をされた。彼の足元にいた子虎がアルベルトを見て嬉しそうな顔をしたので、ほんの少しだけ微笑み返す。
「閣下からの、ご伝言をお預かりしております」
言わずもがな自分のことなのだが、こう言えば「話があるから時間を作ってほしい」の意味だと伝わるだろう。
「わかった。では私の部屋に——」
「アルからの伝言か?俺にも聞かせてくれ」
いったいどこから見ていたのか。悪気など何もないという顔で、クリストフがやってきた。
朗らかかつウキウキとした様子に、近くにいた近衛隊長が苦笑している。
(ひょっとして、クリストフからアルベルトへの矢印って、近衛兵の中では周知の事実って感じだったりする?)
もちろんこうしたクリストフの態度は、彼の内面の計算高さを見せないために用意された面にすぎないのだろうが。
現にこの場の護衛責任者でもある近衛隊長さえ、「剣聖が側にいれば大丈夫でしょう。部屋で話をされますか?」とクリストフに尋ねている。
「そうしよう。剣聖よ、彼とともに俺の部屋に来てくれ」
「かしこまりました」
すでに歩き出していたクリストフの提案に頭を下げたヴォルフガングが、虎を連れてその後を追う。
アルベルトも同じく頭を下げると、二人の後を追った。
「防音効果のある隠匿魔法をかけた。元の姿で話してもらって大丈夫だ。……カルナヴァスは、全裸になるからそのままでいてくれ」
「慣れると楽だぞ、裸」
「……俺は遠慮する」
計算高いクリストフを一言で黙らせる子虎に、無垢の勝利、という言葉が浮かぶ。
前世の世界で言うところのロイヤルスイートと呼ばれる最上階の部屋に入った途端、腕の中に飛び込んできた虎を受け止め、アルベルトは自身の幻影を解いた。
「近衛服も似合うな、アル」
王家が白を基調とした服を身につけているからか、近衛隊の服も、白に薄い青を混ぜた色合いの生地をベースにしている。そして実際それは、アルベルトの黄金色の髪によく合っていた。
「ありがとうございます」
賛辞に礼を述べてから、本題に入る。
「リュシアン・ウィーバーから連絡が入りました。留置牢に移送した施設長が毒殺されたとのことです」
遺体の様子、毒の解析結果、暗殺として考えられる手段など、リュシアンからの報告を全て伝える。
聞き終えたクリストフが、わずかに眉をひそめた。
「想像以上に敵の手足が多く、牙も長いな。公爵家の名は伊達ではないということか」
「殿下が迎えに行くと仰らなければ、運河で保護された十二人も、同じ運命を辿っていたことでしょう」
施設長暗殺の件は、アルベルトたちにいくつかの情報を与えていた。
一つは、相手は殺人を躊躇わない性質であること。
一つは、敵の中に強い毒を生成できるだけの魔力と制御力がある者がいるということ。
そしてもう一つは、アルベルトたちがどれだけの情報を持っているのかを未だに掴めてはいない、ということだ。
本音を言えば、拘束した施設長の証人としての価値は、それほど高くはなかった。
指示を受けて船に積み込む人間を集めていたのだとしても、末端である施設長からステルビアまでの糸を辿るのは不可能だ。だがそれでも彼は、拘束されて数時間のうちに暗殺された。おそらくは『念のため』に。
なぜなら敵は、——ステルビアは、そもそもアルベルトが攫われていたことさえ知らないからだ。
知っていれば、あらゆる手を使って、捜索を邪魔していただろう。
アルベルトが行方不明になった時点で、リストニア城には緘口令が敷かれていた。同時に、クリストフやレナードとともに王都を発ったアレクシアも、王子二人とファンケンラート王以外にはこの件を秘匿するよう願い出ている。これに関しては、近衛隊もアルベルトの不在を魔物討伐と伝えられていたほどだ。
ゆえに当然、ステルビア運河がアルベルトの移動、引いては奴隷の運搬に使用されていたとリストニア側が把握していることも知らず。ましてやグシュタールと連携が取れているなど、夢にも思っていない。
さらに加えてリストニアには、カルナヴァスの証言がある。これらを重ね合わせた時に、ステルビアが裏で糸を引いていることは事実として確定していた。
つまり今この状況下で王家が必要としているのは、『人身売買をしている者は誰だ』という犯人の証拠ではなく、『ステルビアを弱体化させられる材料』そのものなのである。
「明日以降、隊列も組み直しましょう。殿下の馬車の横にヴォルフガングを配置するよう、お願いいたします」
「わかった、隊列の件は近衛隊長に話をしておこう」
アルベルトの提案に頷いたクリストフが、微かな溜息をついた。
「……そうであってほしくないとは願うが」
クリストフの視線が窓へと向けられた。
町の明かりの遥か向こうに、ステルビアの領地がある。
「今回の件ですら、何かの隠れ蓑である可能性は、持っておかねばならんのだろうな」
それはこの場にいるアルベルトたちだけでなく、リストニア城にいるリュシアンたち、そしてダルド家に向かったサイネケンたちも、同じように感じていることだろう。
すでに一人の命が失われている。あまりにも、簡単に。
「——巣穴に潜んだ熊を、引き摺り出しましょう」
虎をそっと床に下ろしたアルベルトは、自らに再び幻影魔法をかけるとヴォルフガングとともに頭を下げ、貴人用の部屋を後にした。
「それでは団長、自分も失礼いたします」
部屋の扉を開けると、すでに見張りとして二名の近衛兵が立っていた。
アルベルトはヴォルフガングにも一礼をすると、階段を使用して階下へ降りていく。
宿は四階建てになっており、二階から四階までが客室で、一階部分は富裕層向けの食堂になっていた。クリストフは部屋での食事となるので、一階を利用するのは近衛兵たちだ。夜の交代に向けて仮眠を取るのだろう者たちが、先に食事を始めていた。
(こういうところで食べるのは、アルベルトとしては初めてだ。宿だと警備の都合上、上の立場の人は部屋食になっちゃうしね)
しかし食事については何も聞いていない。まさか実費だろうか。万が一に備えて持ち合わせはあるが、と悩んでいると、「こっちに来ないか?」と、時々声をかけてくれていた近衛兵が椅子に座って手を振っていた。
「俺たちのメニューは決まってるから、座っているだけでいい。おっ、きたきた」
近衛兵の前に、大きなプレートが置かれる。普段はコース料理がメインなのだろうが、さすがに今日は違うらしい。
プレートの中央にはこんがりと焼かれた大きな塊肉があり、野菜を裏漉ししたソースがかけられている。横には蒸した芋。カップには具沢山のスープがなみなみと注がれ、別皿で丸い食事パンが三つ乗せられていた。
(こ、これは……!肉好きの私にはご馳走すぎる!)
「追加は自由だ。食事が終わったら菓子や果物もある。こちらも好きなだけ」
「……仕事中でなければ、歓声をあげていたところだ」
「わかる。俺は貧乏な男爵家の出でな、近衛兵として初めて殿下のお供をした時、嬉しくて飛び上がったよ」
どうやら彼は男爵家出身らしい。近衛兵になれたということは、貴族が学ぶ学舎で騎士の道を選んだのだろう。
「俺はギリだ。よろしくな」
「ウィドだ、よろしく」
咄嗟に浮かんだ元の顔の持ち主の名前を告げて、軽く握手をしてからアルベルトも向かいに座った。
すぐに同じプレートが運ばれてくる。香ばしい肉の香りが、食欲を刺激した。
(食は体の屋台骨!いただきます!)
この世界ではいただきますの代わりとなる女神への祈りを捧げ、切り分けた肉を口に入れる。
この後アルベルトは肉を三回おかわりし、ギリと名乗った近衛兵に「結構食うな……」とドン引きされていた。
次回第三話は8月27日17時更新です。




