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序話② 「頑張れ」と言われても

「——……じゃあ、残りはみんなリストニア城で待機?僕とアレクシアちゃんと、第二王子殿下と、魔導師大隊長さん。まぁ、アレクシアちゃんは待機組っていうか、安全な場所にいてください組だけど」

 アルベルトを始め、ヴォルフガングやサイネケン、副団長などの主な者たちが城からいなくなる。アルベルトが行方不明となっていた間は、グウィンが居城から見守ってくれていたらしいが、さすがに留守番感覚で頻繁に頼むわけにはいかない。

 そこで今回は騎士団と魔導師大隊は全てリストニア城に残すこととなった。代わりに、クリストフたちを護衛している近衛兵を、ステルビアの視察に同行させる予定でいる。

「余裕があれば、アレクシアにも写し鏡の魔道具の使い方を教えてやってほしい。魔力の制御は充分なはずだ」

「了解。出立はいつ?」

「朝食を終えたら発とうと思っている。カルナヴァスも連れて行くよ」

「そうだ、新加入の彼。すっかり忘れてた」

 本当に今思い出したらしく、リュシアンが、ぽん、と手を打った。

「……言い方が悪いのは自覚した上で、あえて言うけど。ずっと獣の姿で生きてきたせいか、彼は見た目に比べて思考がかなり幼いね」

 言われて、アルベルトはベッドで眠っているだろう虎を思い出しながら、頷いた。

「——……アレクシアが聞いた話では、物心ついた時には母親はすでに他界していて、父親と二人で暮らしていたらしい」

 それはアレクシアが、お菓子を食べさせながらアルベルトの話を交えつつ聞き出してくれたカルナヴァスについての話だった。


 山の中で父親と二人暮らしをしていたカルナヴァスの元に、ある日、父親よりはかなり年上に見える見知らぬ男がやってきた。

 カルナヴァスの父親は男と話をしてくると言い、二人で出かけて行った。この時カルナヴァスは小さな子どもで、久しぶりの来客に好奇心を芽生えさせていた。

 こっそりと後をつけ、話を聞こうとしたのだ。

 だがそんな小さな好奇心は、真っ赤な光景に塗りつぶされた。

 木々の間で、ほとんど原型を留めていない父親を見つけた。着ていた服を覚えていた、その程度の情報だけで何とかそれが父親であると気付けた。

 あまりの恐怖に足元に水たまりができ、腰が抜けた。ぱきり、と落ちていた小枝が音を立てた。

 見知らぬ男が、カルナヴァスに気付いた。 


「……その男は……泣いて逃げようとするカルナヴァスを執拗に暴行し、『母親の血族魔法を見せろ』と迫った」

 ふ、と。アルベルトは息を吐いた。意図せず自身から滲んでいた冷たい気配を抑えるためだ。

「カルナヴァスは父親から『優秀な魔導師だった母さんの魔法だ』と教えられていた力を使った。それは変化の魔法で、カルナヴァスの身体は、小さな赤い獣に変わった」


 獣となったカルナヴァスを見て、見知らぬ男は満足気に笑うと、痛みに動けずにいるカルナヴァスの首に隷属の魔道具をはめた。すると何度元に戻ろうとしても、彼の体は人間にはなれなくなっていた。

 見知らぬ男は山を降りて、別の男にカルナヴァスを引き渡すと立ち去っていったという。


「別の男というのは、おそらくグシュタールの前王に取り入っていた自称呪術使いのオーズだ。カルナヴァスはオーズによってグシュタールに運ばれ、そしてそこで、人語を理解する獣奴隷として長い時間を過ごすことになった。——……使うといい」

 アルベルトは懐から取り出した刺繍入りのハンカチを、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしているリュシアンに手渡した。

 鼻声で礼を言ったリュシアンが、ハンカチで顔を擦る。それを見ながら、静かに続けた。

「……カルナヴァスの父親を殺害した男が何者かは、わからない。ただ、カルナヴァスが変化魔法を継ぐと知った上で、彼らを害する目的があったことは確かだろう」

 カルナヴァスが殺されずに済んだのは、見知らぬ男が納得する魔法を彼が使えたからかもしれない。その後の人生を考えると、それが良かったのかどうかは第三者が判断できることではないとしても。

「私のように使用する機会が多いと、さすがに周知されてしまうが……。本来血族魔法というものは、秘匿されている場合が多い」

「……け、血族魔法目当てに、こ、子どもを産まされるケースが、……グスッ……、ふ、増えるから、だよね」

「あぁ、貴族の中には逆にそれを強みにして、政略結婚を優位に進める家系もありはするが」

 ——しかしながら、その家系に生まれたとして、全ての者が全ての血族魔法を継げるわけではない。


 それはまず、個人の魔力量に大きく左右される。脈々と受け継がれてきた魔法は、高位の貴族になるほど膨大な数になっている。だが、ほとんどの者はその中から一つもしくは二つしか継承できないと言われていた。

 イメージとしては、魔力量に応じた空のスロットを用意して、その中に魔法を嵌め込んでいくようなものだ。一つでスロットが埋まってしまう者もいれば、複数継承できる者もいる。

 そしてその次に必要なものが、制御力だ。たとえば、リストニア家の当主にのみ継承される紫紺の魔法。これは継いだとしても、制御力が水準に達していなければ発動しない。

 かつて、アルベルトの初陣が惨憺たる結果で終わってしまった原因の一つである。

 

(原作を楽しんでる時はあんまり気にしてなかったけど、継承系の魔法ってかなり危ういバランスの上に成り立ってるよね。ヴォルフガング様の一族も、同魂の魔法が原因で狙われたみたいだし……)


「じ、じゃあ……、転移魔法は、お父さんの方の血族魔法なのかな。現存する魔法書には転移魔法の構築法なんてないし、その見知らぬ男はカルナヴァスくんと転移魔法の関係性を知らなかったんだよね?」

 疑問というよりは確認に近い問いかけに、だがアルベルトは首を横に振った。

「カルナヴァス自身が把握しているかはわからないが……、彼は、彼らの言語で『呪の末裔』を意味する『カーサス』の民だ。腕に黒紋があるのを確認した」

「……え?……えっ!?」

 驚きすぎたのか、リュシアンの涙が止まる。

「み、見間違いとかじゃなく?カーサスって、前に君が教えてくれた魔法の代わりに呪術を使う人たちのことだよね」

「あぁ。正確には、その血の半分が、ではあるが」

 アルベルトの脳裏には、『今までと同じように一緒のベッドで寝たい』とアルベルトに縋り付くカルナヴァスの姿が浮かんでいた。


 今後についての話し合いが終わり、明日に備えて解散となった直後のことだ。

 アルベルトに「歯を磨いておいで」と言われて一度部屋から出ていたカルナヴァスは、専用の部屋を用意してある旨を執事長から伝えられ、「アルベルトと一緒に寝る!ずっと、そうしてた!」と爆弾発言をかましてくれたのである。

 もちろんすぐに、その時のカルナヴァスは獣の姿であったこと、輸送船の中でアルベルトの体温が下がらないように寄り添っていてくれていたことなどを伝えたものの、あの時の部屋にいた全員からの「えっ!?」みたいな目が忘れられない。特に、二名。剣聖と王子からの驚愕の視線が。

 その後は色々とあり、最終的にカルナヴァスが「これならいいだろ?」と小さな虎に変身して、「それなら……」とアルベルトを納得させた。この時にはカルナヴァスの境遇がアレクシアによって共有されていたため、反対の声を上げる者もいなかった。

 またその際に、魔力量に応じて大きさを変えられることと、変身してからも言葉が話せることを知った。今までは隷属の魔道具の効果により、魔力が枯渇寸前になるまでは大きな姿で固定され、さらに意思の疎通ができないように声を封じられていたらしい。

 それを聞いたアレクシアが、「ぐぅっ……」と小さく呻いて口を『へ』の字にして涙を我慢していた。

 アルベルトも泣きそうではあったが、とりあえず耐えて子虎を抱き上げる。それから床に落ちていたカルナヴァスの服を拾い上げると、自室へと戻った。

 黒紋を確認できたのは、部屋に入って「脱いだ服はちゃんと畳むように」と教えていた時のことだ。

 アルベルトに言われたとおり服を畳もうと人間の姿になったカルナヴァスは、やっぱり全裸だった。細部に違いはあれど、アルベルト自身、前世の記憶を思い出してからも毎日六年間見てきた男の身体だ。特に何か思うこともなく、ついでとばかりに黒紋があるかを確認した。そして、左上腕部に探していた模様を見つけたのである。

 黒のトライバル柄の紋様は、原作にも描かれていたカルナヴァスが呪の末裔である証だった。


「カルナヴァスの父親にも同じ紋様があったと、本人から聞いている。……つまり彼は魔導師と呪術使いの子どもというわけだ」

「ということは、あの転移魔法は……」

「呪術、だろうな。転移術と呼んだ方が良いのかもしれない」

 魔法を使えない者たちがカミラの黒樹の元に集まり、カミラの力を得て作り上げたのが呪術だ。魔力の代わりとなるものを代償に、彼らは呪術という特殊な能力を持っている。

 原作小説のカルナヴァスは、魔力自体を消費して呪術を使用することが可能だった。呪術の余波も、黒紋に刻まれた術式で中和してしまえる。

 双方の術を少ないリスクで使用できるハイブリッドなキャラクター、それがカルナヴァスだった。

「……カルナヴァスの力は希少性が高い。王家に報告はするが、彼を保護する意味でも身柄はリストニアで預かるつもりだ」

「戦力過剰だ、って言われたりしない?」

「リストニアが王家に忠誠を誓っている限り、その心配はないと考えているよ。皮肉な話だが、大魔導師カラトワが当てにならない現状、王家はリストニアを頼らざるを得ない」

「第一王子殿下が、君を危険視するはずもないしね」

「…………」

 やっぱり話をそちらに持っていったか、とアルベルトは少し恨めしげにリュシアンを見た。


 魔道具は受け取った。

 今後の予定や役割も伝えた。

 カルナヴァスの事情についても話した。

 となると、残るはアルベルトとクリストフについての話だ。


「聞かせてくれるよね、親友?」

 物で溢れた机に両肘をついたリュシアンが、こてんと首を傾けた。

「……興味本位で聞かせる話じゃない」

「ちゃんと真面目に考えた結果さ。世の中には『リストニア領主に傾倒した第一王子』に悪い印象持つ者もいる。俗な言葉で言うと、色ボケになったら困る、ってやつだね。だから僕は、王都防衛の第一壁となる中央魔導院に属する者として、殿下のお気持ちを確認する義務がある」

 向かいに座る親友からの真剣な眼差しに、アルベルトは少し驚いた。

 

(お、思ってたより、ちゃんとした理由だった……。クリストフに申し訳ないから、あんまり人には言いたくなかったんだけど)


 しっかりと理由まで述べられてしまうと、感情だけのアルベルトは口を閉ざせない。

 仕方なく、昨日バルコニーであったことを、リュシアンに話した。



「——あの顔面に見つめられて『愛している』って言われるとか、普通の人なら即落ち案件だね」

 話を聞いたリュシアンは、アルベルトの前世の記憶の中にあるチベットスナギツネのような顔をしていた。

「お、落ちるわけないだろう。そもそも殿下と私は王都での一件以降、昨日まで会ってもいなかったわけだし」

「向こうはその間、ずっと想いを募らせてたんだろう?おめでとう、アルベルト。君は王子殿下に熱い視線を向ける同年代の子息と令嬢、全員の夢を叶えた存在だ」

「……嬉しくないんだが」

「まぁ、君には剣聖がいるからね。もし君が満更でもない顔をしてたらどうしようかと思ってたけど、その心配は杞憂だったみたいだ」

 ヴォルフガングの名前も出されて、アルベルトは思わず気恥ずかしさに顔を伏せた。実際、あの時クリストフに「愛している」と言われ、真っ先に浮かんだのがいつも傍にいる騎士の顔だったからだ。

 クリストフの気持ちが本気であればあるほど、決して応えることができない事実に心苦しくなってしまう。

「……殿下のお人柄を知り、尊敬もしているし、敬愛もしている、これからもファンケンラート王家に剣を捧げる気持ちにも変わりはない。けれど、お気持ちに応えることはできない。それはあの方を苦しめるのではないかと……」

「殿下が自分で、返事は必要ないけど本気だと伝えたかった、って言ったんでしょ?ならそれで本人が苦しもうと、自己責任なんじゃない?」

 一方で、リュシアンの意見はかなりドライだった。

「ていうか、多分それも込みの絡め手なんだろうね。君に戸惑いと考える時間を与えることで、少しずつ君の中に自分のスペースを作っていく。本当に本気で、君の気持ちを手に入れようとしている。その上で、第一王子としての責務はしっかり果たしているなんて。色ボケどころか、がっつり策略家だ。君の次くらいに敵に回したくないかな」


(……そ、そうだったのか……!確かに、あれ以降クリストフのことをよく考えてたけど……)


 さすが分析と解析のプロである。

 そして今その話をアルベルトに聞かせたということは、「だから相手に悪いと思う必要はない」と伝えたかったからだろう。

「……話してみてよかった。ありがとう、リュシアン」

「礼の必要はないよ。多分、これからが本番だと思うから」

「本番?」

 何のだろうかと疑問を浮かべると、リュシアンが眉を下げて笑った。

「第一王子殿下からの、アプローチ。彼はまさに、ファンケンラートの獅子だ。僕からは『頑張れ』としか言えないよ」

「……諦めてもらう方法とか」

「ないね」

 そんな、と、言おうとしたアルベルトの耳に、ふと扉をノックする音が届いた。


〈ウィーバー様。こちらに閣下はおいででしょうか?〉


 メイドの声だ。

 いるよ〜どうぞ〜、と間延びした声でリュシアンが答えると、少し間を空けて扉が開いた。

「失礼いたします。カルナヴァス様が扉の前でお困りのようでしたので、お声をかけさせていただきました」

 メイドのスカートの後ろから、赤い虎がヒョッコリと顔を出していた。


(本当の姿は大人の男性だってわかってるけど、かんわいっ!)


「おいで、カルナヴァス」

 声をかけると、「アルベルト!」とコロコロした見た目からはあまり想像できない良い声を出しながら、小走りでやってくる。

 用を終えたメイドが一礼をして、扉を閉めた。

 足元まで来た虎を抱き上げて、膝に乗せる。実年齢は、昨日一緒に寝ると決めた段階で気にしないようにしていた。

「起きたらいないから、探しに来た」

 どうやら、心細い思いをさせてしまったらしい。

「すまない。まだ朝早かったから、君を起こしたくなかったんだ」

 頭を撫でてやると、ゴロゴロと虎の喉が鳴った。

 まだ肘をついたままのリュシアンが、そんな虎の様子を眺める。

「こうして見ると猫に似た造形だけど、本当に不思議な模様だなぁ。ねぇ、カルナヴァスくん。君の姿は何かモデルになっている動物はいるのかい?」


(そういえば、それも聞こうと思って忘れてた。リストニアやグシュタールには虎はいないみたいだから、不思議だったんだよね)


 返答が気になり、腕の中の虎を覗き込む。

 虎は髭をぴくぴくと動かすと、事もなげに「虎だけど」と答えた。


「とら?それがその動物の名前?」

「あぁ。オレがいた山で一番強かった奴だ。本当に時々魔物も出たけど、虎には勝てなかった」


(おぉ……!本当に虎だったんだ……!て言うか、魔物に勝つとか虎さんつよっ!)


 驚きつつ納得していると、「だから山で危ない目に遭ったら、虎に変身するようにしていた」と続けられ、机を挟んで向かい側にいたリュシアンが「ふぐうっ……」と涙ぐんだ。もちろんアルベルトも、思わず虎をぎゅっとしてしまう。

「……カルナヴァス、お腹は空いていないか?朝食の前に、厨房にハムを貰いに行こうか?」

 過去を思い出す子虎が虎以外の記憶を浮かべてしまう前に、声をかけた。

「ハム!?」

「三人だけの秘密だ。何枚食べたい?」

「六枚!」

 アルベルトの腕からピョンと飛び降りた虎が、スキップのような軽い足取りで扉へと歩いている。

 それを見てリュシアンが、「本当は僕と同じくらいの年齢の男の人なのに、めちゃくちゃかわいい!」と机に突っ伏す。

 アルベルトも同じ気持ちだったが、リストニア侯爵としての精神で耐え、心の中だけで


(かわいいよぉぉーー!!)


 と、叫んでいた。


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